桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

3 あなたの夢の続き

「お帰りアリス」
「えっ?」
 目覚めると、帽子屋が紅茶を準備しているところだった。茶葉の香りが鼻に届く。優しい日差しに頭をあげると、青空が広がっている。見渡すと帽子屋の館があって、周回は青い薔薇が咲き誇っていた。私はテーブルに伏せて寝ていたようで、枕代わりにしていた腕が痛い。
「帽子屋?」
「お茶会の準備は出来ている。さぁ、身嗜みを整えて」
「クッキーも焼いてあるぜ。焼いている間、寝過ごして焦げたのもあるがな」
「眠りネズミ」
 長テーブルに、クッキーやスコーン、ケーキが並べてある。気だるそうに机に肘をつく眠りネズミは今にでも寝てしまいそうで。
「アリス。クッキー、そこ」
「三月ウサギ!」
 帽子屋が紅茶を注ぎぐためにティーカップを手に取る。帽子屋と眠りネズミに気をとられていたけれど、三月ウサギが端の席に着いてケーキを頬張っていた。スペードのエースに斬られた怪我が頭を過ったけれど、大怪我をしている様子はない。
「三人とも、どうして? ここは、私達、穴に落ちたはずじゃないの?」
「うん、落ちたよ」
「チェシャ猫、無事だったんだね」
 気づけば隣にチェシャ猫が座っていて、悠々と紅茶に口をつけている。その姿に、ほっと安堵の息がもれる。
「寝起きだな、アリスは。んー、俺も眠いし、一緒のベッドで寝るか?」
「眠りネズミ、永遠の眠りがお望みかい?」
「あ? やんのか?」
「まだまだ、タベレル、帽子屋、おかわり」
「にんじんケーキはこれで最後だぞ。にんじんクッキーに、にんじんスコーン、にんじんスープ。毎日にんじん尽くしで気がやられてしまいそうだ。三月ウサギが帰って来たのは、いいんだが」
「気なら元々やられてんだろ、ま、三月ウサギが喜ぶんならいーんじゃねーか」
 紅茶が人数分注ぎ終わり、眠りネズミと三月ウサギの前に差し出される。その時も三月ウサギは幸せそうにオレンジ色のケーキを頬張っていて。チェシャ猫と眠りネズミは火花を散らし、呆然と見つめる私に帽子屋はコップを手渡してきた。
「不安があるなら飲むといい。オレンジピールの紅茶だ。気持ちが落ち着く」
「ありがとう」
 湯気が柑橘の香りを連れてくる。口をつけると、茶葉とオレンジの甘味が下の上に広がる。舌を火傷しない飲み頃の温度に、お腹だけではなく心も温まっていく。
「落ち着いたか? ほら、次は俺と手を繋いでみるか?」
「あー、手が滑ったよ。爪が伸びていて悪いね、ドブネズミ」
「クソ猫! 指を切り落とす気か!」
 チェシャ猫が爪で切り裂こうとする攻撃を、眠りネズミはすらりと避ける。二人を見かねた帽子屋が、二人の頭をお盆で叩く。帽子屋は猫とネズミを掴むみたいに二人の首根っこを掴むと、席に座らせた。ついでに三月ウサギの頬についたケーキのクリームを拭って自分も席に着く。
「おい! 帽子屋! 紅茶を飲ませていていいのか?」
「優雅ですねー」
 飲み終わった紅茶がひょい、と手から取り上げられ、驚いて振り向いた先にはグリフォンと海ガメがいた。
「二人とも」
「このあとスープを飲んでもらう予定なのでー。あまりお腹に水を溜められたら困るんですよー」
「珍しく、海ガメが厨房に立ったんだ。ソワソワして落ち着きなかったというか、そんなコイツをみるの、初めて、ってか、アリスが消えてよっぽど心配んごぉ!」
「余計なことは言わなくていいですよー」
「暴力反対!」
 横からストレートにパンチを受けたグリフォンは、パンチされた頬を押さえる。
「あ! 仲良ししている! ボクもいれて」
 後ろから迫った誰かが、グリフォンの首に腕を巻き付ける。グリフォンより背の高いその青年は、私が出会った覚えのない人だ。長い緑色の髪を遊ばせた青年の歳は、今ここにいる人の中で最年長にも思える。おじ様、というわけじゃないけれど。
「ビル! 遊びじゃない! 離れろ!」
「え? ビル?」
 私の知る名前が飛び出して目の前の人物を見つめていると、青年はにこりと笑った。
「ボクはビルだよ。お姉ちゃんにもまた、抱きついていいかな? それとも、小さいボクじゃないとダメ?」
 試すように微笑まれ、その瞬間、小さなビルと出会った時のことが甦る。白ウサギと一緒に、橋で出会った小さな男の子。白ウサギが川に落ちた後、子供らしさを消したあの時の声色と表情が、今ここにある。
 確信はあるけれど、返答には困るので言葉が出てこない。
「呪いが、解けたんだよ。ボクはずっと、大人になれない呪いだったんだ」
「呪いが、解けた? 本当にビルなの? 本当に、呪いは解けたの?」
 周囲を見渡すと、皆が私に注目していた。昔なら少し恥ずかしくなるとこだけど、今は気にならないし、そんなこと気にしていられない。帽子屋は目が合うと、カップを置いて一息吸った。