桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

 城よりずっと小さくてささやかな、薔薇の咲く庭。チェシャ猫はキョロキョロと周りを見渡しながら歩いていく。私もつられて周囲を見渡すと、視界の端で草影が揺れた。よく見ると、いつしか見かけた白いウサギと黒いウサギがこちらを覗いている。二羽は目が合うとくるりと丸い背を向けた。
「いたね。追いかけよう」
『追いかけなきゃ』
 走り出していく二羽のウサギ。好奇心と、帰りたい想いと、嬉しさと、寂しさと、愛しさと。まだアリス達の想いが胸の中にあるようで、追いかける足が強く跳ねる。
 二羽を追いかけていくと、庭の中心にぽっかりと空いた穴があった。二羽は迷うことなく穴に飛び込み、姿が見えなくなる。覗き込むと、まるで庭の地下に不思議の国があるみたいに、城や迷いの森、帽子屋達が住む街やダイヤの城が見えた。雲の上から不思議の国を見下ろしているみたいで新鮮だ。
「これ、この穴に飛び込むんだよね。落ちるためにあるんだよね」
「そうだよ。落ちるためにあるよ」
「死んじゃわないかな」
「大丈夫だよ」
 でも、地面までの距離はかなりあるし、普通に落ちてしまったら死んでしまうのでは、とはチェシャ猫には言えず。覚悟を決めて、チェシャ猫にしがみつく。チェシャ猫の片足が、地面を離れて――
「待って! アリス!」
 駆け寄ってくるその人達を見て、白昼夢から引き戻されたみたいに思えた。二人は息を切らせて、必死に私に手を伸ばす。でも、私の身体はもう穴へと傾いていた。二人も触れることは間に合わないと判断したのか。
「愛しているわ! アリス!」
 青空も薔薇も、視界に映る世界が揺らぐ中、想いをのせた言葉だけがまっすぐと私に届いた。桃色のアリスとしての私が、ずっと胸に抱えていたほんの小さな刺が昇華されていく。女王様が埋めてくれていた、小いさな穴。家族の元に戻っても、現実味が欠けていた二人の存在。それが今、確かなものになった。
「はい、お母様、お父様!」
 どこかで三時を知らせる音がなる。二人の姿が消え、音が消え、空が消える。でも、チェシャ猫の温もりだけは傍にある。この先きっとこの命が消えるまで、傍にいたいと想い続ける人の温もりを感じながら、私は深い眠りについた。