桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

 白昼夢は消えて、アネモネの花畑に戻る。
 ダイナは、一代目アリスの猫なんだ。長い間、私達アリスを守ってくれていた猫。
 ダイナは猫の姿に戻り、アーチを潜ろうとしていた。振り返り、もう一度私達を見る。尻尾を横にふり、それを見たチェシャ猫が「僕達も帰ろう」と言った。
「僕の姿が変わっても、戸惑わないで。必ず迎えに行くから、一緒に不思議の国へ帰ろう」
「うん、今度は私が待っているね」
 チェシャ猫が帰ろうと言ってくれて、それがこれからも手を繋いでいけることが嬉しくて。胸が満たされたまま、アーチをくぐる。ここまで来るのに長い道のりだったアーチが、今度はすんなり現実に返してくれた。
「アリス!」
 館の扉の前に、ロリーナお姉様の姿が見えて手を振る。握っていたはずの手がなくなって振り返ると、チェシャ猫の姿はなく、ダイナは館へと駆けていた。
 不安の曇りなく返事したのに、チェシャ猫の姿がないと、心に穴が空いたみたいだ。
「会いかった人に会えた?」
 ロリーナお姉様が、息をきらして駆け寄ってくる。
「お姉様が汗だくなの、久しぶりにみた」
「あら、そうかしら」
 お姉様はハンカチを出して、額に流れる滴をポンポン、と叩くように拭う。私の記憶では、お姉様がこんなにも汗をかいたりするのは、小さい頃にかけっこをした時くらいな気がする。外で遊ぶよりも家の中で本を読んでいる方が好きなお姉様だ。拭ってもなかなかとまらない汗に、お姉様は困ったように微笑む。
「お姉様、私やっぱり」
「その先は、家に帰ってから聞くわ。ハリー達と一緒にね」
 ロリーナお姉様に手をひかれ、マルガレーテ夫人に挨拶をしてから館を出発する。リティアは帰ってしまったようだけど、マルガレーテ夫人は私を抱きしめて、チェシャ猫をよろしくね、と言ってくれた。チェシャ猫の想い、マルガレーテ夫人の想いを胸に抱きしめて、私は産まれ育った家に帰宅して。

 それから――
「やはり、俺はまだ早いと思う」
「まだ言うのかよ、納得してたじゃん」
 ハリーお兄様の呟きに、ジェームズが呆れ返る。私は身支度をしながら苦笑いをするしかない。
 今日は髪がうまくまとめられないなぁ。
「いや、それは。うーん。そうなんだが。ひとまず今は、少し待てないのか。急ぐ必要はないんだろう? お母様もお父様も直に帰ってくるはずだ」
「その事も五回はロリーナ姉さんが説明したよな? あと帰ってくるといいつつ、毎回二人の仕事が延長されてんじゃん。いつ帰ってくるか分からないぜ」
 ハリーお兄様は反論出来ず、唸りながら扉の前でいったり来たりを繰り返し始める。ハリーお兄様がここまで過保護だったなんて。
「だが! そのチェシャ猫とやらもまだ挨拶にも来てないんだぞ!」
「初めまして、ハリー。ハリーお兄サマ、って呼んだ方がいいかい?」
「うわぁ!」
「チェシャ猫!」
 ハリーお兄様の後ろから、ひょいっと顔を出したのはチェシャ猫だった。いつの間に背後に近づいたのか、いきなり現れたチェシャ猫に、ハリーお兄様は驚いた顔で硬直してしまった。五秒程度してやっと我に返ると、何か言わないといけないと思っているのか、口をパクパクさせる。その隙に、ジェームズがチェシャ猫の前に腕を伸ばした。
「初めましてチェシャ猫。俺はアリスの一個上の兄のジェームズ。末永くよろしく」
「こちらこそ末永くよろしく頼むよ、ジェームズ」