「ユウリの館で案内してくれてありがとう。ダイナのおかげで、私は大切な記憶を思い出せたんだよ」
「忘れナイデ、良かった?」
『忘れなきゃ、忘れさせなきゃ、いけない。主、悲しんでいる。悲しいカラ、その記憶ハ主ガ悲しむモノだから。だから主ニハ魔法ヲかけてある。主ガ、悲しくないように』
受け継いだアリスの記憶。私の旅の記憶。ダイナは以前、私に魔法をかけようとした。私がこれ以上悲しまないように。ダイナはきっと、そのことも含めて聞いている。
「忘れないで良かったよ。アリスの記憶も、旅であった辛いことも、悲しくても私が未来を切り開くのに必要だったの。悲しいことがもう続かないように、誰かを大切にしたかった想いで、未来の誰かを救えるように。そう願ってこれまでのアリス達は託してきたんだと思うし、私はその願いを力に変えることが出来たから」
暗黒の魔女と、女王様。ウサギ達。不思議の国の皆も。悲しい記憶は未来の希望に変えて、これから物語を紡ぎ続ける。
「だから、大丈夫だよ」
「主」
「私、これからもアリス達の想いを忘れない。思い出すと悲しい記憶もあるけれど、向き合っていくよ」
「僕と一緒に、ね」
後ろからチェシャ猫に肩を抱かれ、お互い顔を見合わせて微笑みあう。
チェシャ猫が傍にいてくれて、一緒に笑えることが嬉しい。家族の元に帰ってからウサギの穴のようにぽっかりと空いていた心の穴が塞がって、今では木漏れ日の下で甘い甘いミルクティーを飲んでいる時みたいに胸が満たされている。
ダイナはアーモンドの虹彩に私を収めようとしているみたいにじっと見つめてくる。水晶のような金色の瞳は、見極めているかのようにも思えて。
「ナラ、ダイナ、帰る。ダイナは主の猫、ダカラ」
「ダイナ」
チリン、と鈴が鳴ると、頬にダイナの唇が当たる。くらりと目眩がしたかと思うと、ダイナの声が聞こえてくる。
『主、主、行かないで――』
金色の髪を光に煌めかせながら、少女は銀色の猫を抱き上げる。猫の首には鈴のついた大きなリボンが巻かれていた。艶やかな毛並みは、大切にされているんだとわかるには十分なほどに美しい。猫がどこ行くの、行かないで、と少女、一代目のアリスに求めても、一代目アリスには伝わっていないみたいだった。
『不思議の国にもう一度行ってくるわ。暗黒の魔女がかけた呪いを解かなきゃ』
一代目アリスは猫を庭に下ろすと、くるりとエプロンドレスを翻した。視線の先にあるのは、薔薇のアーチに立て掛けられた、庭に不釣り合いな鏡。一代目アリスの身長の半分くらいあるその鏡は、辛そうに顔を歪ませる一代目アリスを映す。
『私だけ帰ってきて、幸せになれるはずないのよ。だってここには、あの人はいないから。これは私への最後の奇跡。最後のチャンス。例えこの命と引き換えにしても、私は遂げなければ。ごめんなさい、ダイナ。最期まで飼ってあげられなくて。パパ達と幸せにね』
足を踏み出し、一代目アリスは思い切り鏡の中へ飛び込んだ。ウサギの時計を止めたアリスが、もう一度不思議の国へ。普通は激突してしまうのに、まるで枠だけがあるみたいに、鏡はアリスを拒絶することなくすんなりと受け入れた。
取り残されたダイナは、その後を追った。長い長い鏡の中を落ちていたアリスは、ダイナに気付いて抱き止める。
『付いてきてしまったのね。私の賢いダイナ、可愛いダイナ。私の願いが叶う時まで、一緒にいてね』
星空を凝縮させたような煌めきの中、一人と一匹は落下していく。深い深い夢の底。魔法を胸に携え、永遠の時間の中へ――
「忘れナイデ、良かった?」
『忘れなきゃ、忘れさせなきゃ、いけない。主、悲しんでいる。悲しいカラ、その記憶ハ主ガ悲しむモノだから。だから主ニハ魔法ヲかけてある。主ガ、悲しくないように』
受け継いだアリスの記憶。私の旅の記憶。ダイナは以前、私に魔法をかけようとした。私がこれ以上悲しまないように。ダイナはきっと、そのことも含めて聞いている。
「忘れないで良かったよ。アリスの記憶も、旅であった辛いことも、悲しくても私が未来を切り開くのに必要だったの。悲しいことがもう続かないように、誰かを大切にしたかった想いで、未来の誰かを救えるように。そう願ってこれまでのアリス達は託してきたんだと思うし、私はその願いを力に変えることが出来たから」
暗黒の魔女と、女王様。ウサギ達。不思議の国の皆も。悲しい記憶は未来の希望に変えて、これから物語を紡ぎ続ける。
「だから、大丈夫だよ」
「主」
「私、これからもアリス達の想いを忘れない。思い出すと悲しい記憶もあるけれど、向き合っていくよ」
「僕と一緒に、ね」
後ろからチェシャ猫に肩を抱かれ、お互い顔を見合わせて微笑みあう。
チェシャ猫が傍にいてくれて、一緒に笑えることが嬉しい。家族の元に帰ってからウサギの穴のようにぽっかりと空いていた心の穴が塞がって、今では木漏れ日の下で甘い甘いミルクティーを飲んでいる時みたいに胸が満たされている。
ダイナはアーモンドの虹彩に私を収めようとしているみたいにじっと見つめてくる。水晶のような金色の瞳は、見極めているかのようにも思えて。
「ナラ、ダイナ、帰る。ダイナは主の猫、ダカラ」
「ダイナ」
チリン、と鈴が鳴ると、頬にダイナの唇が当たる。くらりと目眩がしたかと思うと、ダイナの声が聞こえてくる。
『主、主、行かないで――』
金色の髪を光に煌めかせながら、少女は銀色の猫を抱き上げる。猫の首には鈴のついた大きなリボンが巻かれていた。艶やかな毛並みは、大切にされているんだとわかるには十分なほどに美しい。猫がどこ行くの、行かないで、と少女、一代目のアリスに求めても、一代目アリスには伝わっていないみたいだった。
『不思議の国にもう一度行ってくるわ。暗黒の魔女がかけた呪いを解かなきゃ』
一代目アリスは猫を庭に下ろすと、くるりとエプロンドレスを翻した。視線の先にあるのは、薔薇のアーチに立て掛けられた、庭に不釣り合いな鏡。一代目アリスの身長の半分くらいあるその鏡は、辛そうに顔を歪ませる一代目アリスを映す。
『私だけ帰ってきて、幸せになれるはずないのよ。だってここには、あの人はいないから。これは私への最後の奇跡。最後のチャンス。例えこの命と引き換えにしても、私は遂げなければ。ごめんなさい、ダイナ。最期まで飼ってあげられなくて。パパ達と幸せにね』
足を踏み出し、一代目アリスは思い切り鏡の中へ飛び込んだ。ウサギの時計を止めたアリスが、もう一度不思議の国へ。普通は激突してしまうのに、まるで枠だけがあるみたいに、鏡はアリスを拒絶することなくすんなりと受け入れた。
取り残されたダイナは、その後を追った。長い長い鏡の中を落ちていたアリスは、ダイナに気付いて抱き止める。
『付いてきてしまったのね。私の賢いダイナ、可愛いダイナ。私の願いが叶う時まで、一緒にいてね』
星空を凝縮させたような煌めきの中、一人と一匹は落下していく。深い深い夢の底。魔法を胸に携え、永遠の時間の中へ――

