桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

「これ、ジャックさんがずっと枯れないように、ってガラスに閉じ込めてくれたの。チェシャ猫が取ってきてくれたアネモネだよ。渡してくれた時、街で買ったって言っていたけど、嘘だったんだね。崖から取ってきたなんて、私が心配するって思ってくれたのかな」
「君は、優しい子だからね」
「ジャックさんから赤いアネモネの花言葉も聞いたの。私もチェシャ猫と同じ気持ちだよ」
「アリスも、僕と同じ気持ち、なのかい?」
「うん、私も」
 アネモネを髪に挿してくれた貴方を。怖がる私の手を繋いでくれた貴方を。魔物から、魔女から、女王様から、毒の脅威から、様々なモノから守ってくれた貴方を。こんなにも優しい貴方を、今度は私が守っていきたい。
 私は貴方を――
「愛しているよ、チェシャ猫」
 チェシャ猫の表情が崩れて、瞳から涙が流れる。
 チェシャ猫がアネモネを包むように手を被せる。私はその手を包みこんだ。まるで幼い頃、初めて手を繋いだ時のように、チェシャ猫の指先は少しだけ冷たい。
「おかしいね。君が手を繋いでくれたのに、涙が溢れてとまらないよ」
『じゃあ、手を繋ぐのならいい? 手を繋ぐとね、安心するの。怖いことも悲しいことも、なくなりはしないけれど。私は味方だよ、側にいるよって言われてる気がするの。涙が出た時はね、手を繋いでもらえるとちょっとおさまるよ』
 そっか、旅の間、チェシャ猫は私のあの時の言葉を、ずっと覚えていてくれていたんだ。
「私も、涙がどんどん溢れてくるよ」
 チェシャ猫のことを思い出すと、止めどなく涙が溢れてくる。胸の内から想いが込み上げてきて、上手く笑うことが出来ない。最初から、泣いてばっかりで、もう涙が枯れてもおかしくないのに。
「僕の手を繋いでくれてありがとう、アリス」
 僕は、あの時から、ずっと君のことが好きだよ。君の優しさがいつだって手のひらから伝わってきていた。離したくないと、ずっと繋いでいたいと思った。呪いが願いを砕くとしても。
 でも今は、優しくて強い君がいる。大好きな君が。僕が愛している君が、僕の手を繋いでくれている。
「僕も、君を愛しているよ」
 強い風が吹いて、思わず目を伏せる。次に目を開けた時には、巻き上げられた赤い花弁が、青空に舞い上がっていた。アネモネの花が散ったのかと思ったのに、チェシャ猫の髪の上に落ちてきた花弁はふくよかで、重みがある。城の庭で落ちている花弁。
「薔薇の、花弁?」
 チェシャ猫も顔をあげて、花弁が舞う様子に目を見開く。
「祝福してくれているってことなのかな」
 ふと、城での誕生日パーティーを思い出す。このアネモネを貰ったのは、薔薇の庭が見えるテラス。もう遠い昔のようにも思える。あの時のチェシャ猫はまだフードを被っていたし、チェシャ猫のことをよく知らなかった。
「ねぇ。お城でパーティーがあったら、今度は私と踊ってくれる?」
 チェシャ猫は少し悩むように視線をそらしたけれど、再び視線が交わった時には微笑んでくれた。
「勿論だよ。僕も君と踊りたかったんだ」
 最後の涙の一粒が頬から滑り落ちる。もう私達は泣かなくていい。これからはずっと一緒に手を繋いで未来を歩けるから。
「ニャーン」
 チリンチリンと透き通る鈴の音に振り向くと、アーチの前にダイナが佇んでいる。ユウリの館で別れたきり会えてなかったから、不思議の国へ帰ったのかと思っていた。猫ではなく、ダイヤモンドのように輝く銀色の髪を靡かせて人の姿で立つダイナは、目が合うともう一度鳴いた。
「ダイナ!」
「主、主、喜んでいるノネ。ダイナ嬉しい」