「怖い思いをしたこと、覚えているよ。覚えていて、私はここにいる。誰かがチェシャ猫に石を投げるなら、私は石を弾きたい。チェシャ猫は私を何度も守ってくれたように、私もチェシャ猫を守りたい。私を傷付けたくないって言ってくれるチェシャ猫の優しさを踏みにじらないよう強くなるから、お願い。突き放さないで。一人きりになろうとしないで。私はチェシャ猫が一人きりのほうが辛いよ。そっちの方が痛いよ」
どうしたら伝わるだろう。どうしたら一緒にいられるんだろう。
濡れた頬に、髪が張り付いてくる。少し不快なのに、涙はとまらない。とめることが出来ない。
「君は忘れていいんだよ。忘れてオシマイ、辛い思いなんてしなくていいんだ。僕のことを忘れてもかまわない。君が僕を忘れても、僕は君を忘れない。君を好きだったことも、君との旅も」
「私はチェシャ猫を忘れたくない。忘れられないよ。私だって」
私だって、チェシャ猫が好きだから。
視界を埋める鮮烈な赤が揺れる。チェシャ猫の髪、アネモネの花。城の庭に咲くような薔薇のような。忘れられないよ、こんな鮮烈な色も、想いも。もう二度と忘れたくない。
鼻水を奥に戻すように鼻から空気をとりこむ。深呼吸して、流れた涙を拭った。まだ涙は出てくるけど、私は覚悟したんだ。言わなきゃ、ここまできた意味がない。
これは私の我が儘。気持ちが受け入れられなくても。
「チェシャ猫、私、チェシャ猫のことが好き。大好き」
言葉にすると、また涙が零れる。声が掠れる。手が痺れて、気が遠退きそう。涙と一緒に言葉も零れて。
「大好きだよ、チェシャ猫」
行かないで。一人きりになろうとしないで。
「チェシャ猫に笑っていてほしいよ」
一緒に不思議の国に帰って、呪いの解けた皆とお茶会をしたい。お城でパーティーだって、女王様にお願いすれば叶えてくれるかもしれない。
「一緒に帰ろうチェシャ猫。皆も待ってるよ。だから」
「アリス」
言葉がチェシャ猫に遮られる。チェシャ猫が私の腕を引っ張ったのは一瞬のことだった。身体の場所に意識が追い付いた時には、ぎゅっと抱き締められていて。
「本当は、君と離れるなんて嫌だって思った。今も、昔も、嫌だったんだ。怖かったんだ。君と一緒にいたかった。案内人として再び出会えたとき、不謹慎だけど嬉しかった」
「チェシャ猫」
「君ともう一度会えて幸せだった。忌み嫌われた僕が、一瞬でも君の傍にいることができて幸せだったんだ」
チェシャ猫の声が、いつの間に鼻声になっていた。チェシャ猫が、泣いている。
「何も言わず僕が君の前から消えたら、優しい君は悲しむと思ったんだ。だから、僕のことは忘れてほしかった。君が笑えるようになるならそれでいいと、思っていたのに」
「私はチェシャ猫を忘れたくないし、チェシャ猫がいない世界じゃ心から笑えないよ」
背中に回っているチェシャ猫の腕が力を込める。お腹が圧迫されて少しだけ苦しい。
でもこの苦しみは、チェシャ猫の悲しみだ。葛藤だ。
「ねぇチェシャ猫、これを覚えている?」
ポケットにしまっていたアネモネの小瓶に触れる。手に持っていたはずの懐中時計はいつの間にか消えていた。アネモネを手のひらに乗せて、チェシャ猫に見えるように顔の前に差し出す。
チェシャ猫は腕を少しほどくと、涙で濡れた目を見開いて、私の手のひらにあるアネモネを見つめた。
どうしたら伝わるだろう。どうしたら一緒にいられるんだろう。
濡れた頬に、髪が張り付いてくる。少し不快なのに、涙はとまらない。とめることが出来ない。
「君は忘れていいんだよ。忘れてオシマイ、辛い思いなんてしなくていいんだ。僕のことを忘れてもかまわない。君が僕を忘れても、僕は君を忘れない。君を好きだったことも、君との旅も」
「私はチェシャ猫を忘れたくない。忘れられないよ。私だって」
私だって、チェシャ猫が好きだから。
視界を埋める鮮烈な赤が揺れる。チェシャ猫の髪、アネモネの花。城の庭に咲くような薔薇のような。忘れられないよ、こんな鮮烈な色も、想いも。もう二度と忘れたくない。
鼻水を奥に戻すように鼻から空気をとりこむ。深呼吸して、流れた涙を拭った。まだ涙は出てくるけど、私は覚悟したんだ。言わなきゃ、ここまできた意味がない。
これは私の我が儘。気持ちが受け入れられなくても。
「チェシャ猫、私、チェシャ猫のことが好き。大好き」
言葉にすると、また涙が零れる。声が掠れる。手が痺れて、気が遠退きそう。涙と一緒に言葉も零れて。
「大好きだよ、チェシャ猫」
行かないで。一人きりになろうとしないで。
「チェシャ猫に笑っていてほしいよ」
一緒に不思議の国に帰って、呪いの解けた皆とお茶会をしたい。お城でパーティーだって、女王様にお願いすれば叶えてくれるかもしれない。
「一緒に帰ろうチェシャ猫。皆も待ってるよ。だから」
「アリス」
言葉がチェシャ猫に遮られる。チェシャ猫が私の腕を引っ張ったのは一瞬のことだった。身体の場所に意識が追い付いた時には、ぎゅっと抱き締められていて。
「本当は、君と離れるなんて嫌だって思った。今も、昔も、嫌だったんだ。怖かったんだ。君と一緒にいたかった。案内人として再び出会えたとき、不謹慎だけど嬉しかった」
「チェシャ猫」
「君ともう一度会えて幸せだった。忌み嫌われた僕が、一瞬でも君の傍にいることができて幸せだったんだ」
チェシャ猫の声が、いつの間に鼻声になっていた。チェシャ猫が、泣いている。
「何も言わず僕が君の前から消えたら、優しい君は悲しむと思ったんだ。だから、僕のことは忘れてほしかった。君が笑えるようになるならそれでいいと、思っていたのに」
「私はチェシャ猫を忘れたくないし、チェシャ猫がいない世界じゃ心から笑えないよ」
背中に回っているチェシャ猫の腕が力を込める。お腹が圧迫されて少しだけ苦しい。
でもこの苦しみは、チェシャ猫の悲しみだ。葛藤だ。
「ねぇチェシャ猫、これを覚えている?」
ポケットにしまっていたアネモネの小瓶に触れる。手に持っていたはずの懐中時計はいつの間にか消えていた。アネモネを手のひらに乗せて、チェシャ猫に見えるように顔の前に差し出す。
チェシャ猫は腕を少しほどくと、涙で濡れた目を見開いて、私の手のひらにあるアネモネを見つめた。

