桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

2 君を想う花

「まぁ、ようこそ、ピンクちゃん」
 目が覚めると、馬車は目的地に着いたようだった。隣に座っているリティアがこちらを見て微笑むと、馬車を降りるよう促してくる。
 髪色は、桃色ではなく香色に戻っていた。元は薄茶色の香色だったのに、今では桃色じゃないと違和感があるのが不思議。
 リデル家と比べると小さくて質素な、けれど季節の花達が家の周りを彩っていて可愛らしい館。扉を叩くと、マルガレーテ夫人が顔を出して、快く迎え入れてくれた。家の中でも、ベールは夫人の顔をそっと守っている。
「あらあら、ピンクちゃん。遅いと思ったら貴女、金色の魔女と一緒だったのね。そう、そう、そうなのね」
 マルガレーテ夫人は、私の顔を両手で包み込む。
「あの」
「お顔を見たら分かるわ。貴女はここでの自分を取り戻せたのね。そして、呪いを解いた。涙がついているわ。大変だったでしょう。辛かったでしょう。ごめんなさいね、貴女にばかり辛い想いをさせてしまって」
 自分でも気付かなかった涙が拭われて、塞き止めていた感情が溢れだしそうになる。でも、今はきっと泣くときじゃない。まだ、私は不思議の国の無事も確かめていないし、チェシャ猫を迎えにいけていない。
 それでもどこか、あぁ、私のアリスとしての使命は終わったんだなって。実感なんてわかなかったのに、怖かったこと、我慢したこと、辛かったこと。『アリス』としての私の感情が一気に身体の奥から溢れてくる。
「終わったんだよね。暗黒の魔女の呪いがもうウサギ達を消すことはない、皆が笑える国に、なったんだよね。もう、誰かが辛い想いをすることは、ないんだよね」
 早く確かめたい。白ウサギや黒ウサギ、皆が笑えているのか。
「えぇ、きっと。おかげで私の呪いも解けたわ。頑張りましたね、偉いわ、私達のアリス」
 ほんの少しだけ零れてしまった涙が、夫人の手袋に吸い込まれていく。力を込めたら折れてしまいそうな、細く華奢な手を包むレースの手袋。
「ありがとうございます、マルガレーテ夫人。でも、呪いを解けたのも、私一人じゃ出来なかったから」
「それでも、貴女が諦めていたら成し得なかったことではなくて? ね、ロリーナ」
 夫人が後ろにくるりと向きを変えると、ここに来てから見慣れた、そして懐かしい姿がゆっくりと私達に歩み寄った。
 アリス・リデル・プレザンスとしての記憶が戻って、私は私を取り戻した。その姿は毎日顔を合わせていた女王様やジャックさんと同じくらい馴染み深く、忘れていたのが嘘みたいに思えるのに、姿を見ることも声を聞くことも出来なくなっていた、私のお姉様。
「ロリーナお姉様! どうしてここに?」
 姿を見つけた嬉しさと、戸惑いと。
「貴女が心配で、居てもたってもいられなくて。行動するところは、私達正真正銘の姉妹ね」