桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

1 魔女の火炙り

 肌が焼ける。痛い。痛い。痛い。誰にも迷惑なんてかけていない。痛い。熱い。なぜ。熱い。私はそっと暮らしてきた。家族からの愛もなく、他者の暴力に怯え、痛い。ただ一人の毎日を。熱い。だというのに、なぜこのように炎に焼かれなければならないの。やめて。熱い。痛い。悪いのは私? なぜ。熱い、熱い、熱い。私はただの村八分にされた村娘。痛い、肌が、髪の焼ける臭いがする。大衆が見ている。磔にされた私を! 痛い、笑っている。私を罵倒する言葉が聞こえる。死を願う呪いが私を焼く。痛い、熱い熱い熱い、憎い。憎い。憎い。他者が憎い。人間が憎い。こんな最悪な日も清々しく青い空が、世界が憎い。助けて、助けなんてこない。熱い。炎を消して。雨よ降って。熱い、痛い、苦しい! 
 苦しい、どうして今日なのよ。やっと、やっと。
 やっと貴方と。あぁ、アーサー! 
 息を吸おうとすれば火の粉が喉を焼き、悲鳴をあげることも叶わない。磔にされた身体はもがく。けれど、『魔女』を断罪するその印は逃げることを許さなかった。
 雲ひとつない青空が、『魔女』を焼いた煙を吸い込んでいる。
 有象無象の大衆が怒りと恐怖で身体を奮わせた。男から、女から、子供から、老人から、順々に、絶え間なく呪いの言葉が紡がれ、『魔女』に投げつけられる。そしてその呪いは、魔女の心に宿っていった。
 黒く、黒く、黒く。暗黒に等しいほどの呪いを『魔女』飲み込んだ。生前、真珠のように艶やかで美しかった髪も、キメの細やかな白い肌も、すらりとした手足も、豊満な胸も、全てが大衆の呪いによって焼かれようとしている。
 ――涙が出る。これが真実なはずがない。これはきっとただの夢。『彼女』は生きていたし、生きて私に触れていた。彼女からこんな悲惨なことを語られたことはない。なのになぜ、これが真実だと思うのだろう。
 大衆の中で、呆然と立ち尽くす。これは夢で、これは記憶。半透明に透けている手で、桃色の髪を掬った。
 私は確かに貴女と共にあった。この色が失われようと、愛された十四年間は存在する。
「女王様!」
 声を張り上げても、焼かれ続ける彼女には届かない。絶望が彼女を覆い尽くすと思ったその時、救いの手が彼女に差しのべられた。赤いマントが翻り、大衆の意思をものともしない英雄の顔が火に照らされる。その横顔は悲しみと悔しさで歪んでいた。
 助けられた女性は、辛うじて息がある。加護を受けた身体は美しさを完全には失わなかったけれど、その心は黒く焼けてしまった。大衆は今だもって罵詈雑言をやめない。英雄が彼女の身体を抱えてその場を立ち去ろうとすると、大衆の中から飛び出した一人が英雄の背中に斬りかかった。赤く飛び散った鮮血。崩れ落ちる身体。
 滴る闇のような血を彼女は飲み込んだ。世界の彩度が薄らいでいき、呪詛が舞い落ちる。彼女は闇に溶けていく。誰にも邪魔されない眠りの底へ。

 目を覚ますと、枕元に本が置いてある。読みかけのはずなのに、栞が布団の中に紛れていて、本を読みながら寝てしまったことをさしていた。
 分厚い本をめくり、読み途中のページを探す。古ぼけた紙は少し埃臭くて、年月を感じさせる。ページを捲っていくと、昨日まで読んでいたタイトルが目に入ってきた。
「魔女と、火炙り」