桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

 慰めの言葉でさえ、淡々と言葉が紡がれる。この人は疑われて当然と言った。けれど、私には信じることも出来た。初対面であれ、レオナルド警官がスペードのエースに似ていたのであれ、彼を優秀だと言ったイーディスの言葉を信じることが出来たのに。
 三月ウサギを殺そうとしたスペードのエース。その彼に、レオナルド警官はとてもよく似ている。顔も、声も、仕草さえも。
 けれど、彼は別人なんだ。ユウリを助けてくれる人。人を斬ったりはしない人。
 そこで初めて、私はスペードのエースの立場を考えなかったことに気づく。スペードのエースも、理由もなしに人を斬ったりはしないはずだ。彼は女王様の命令で、国の為に動いていた。彼には彼の正義があり、使命があった。私がウサギの時計を止め、世界を救う使命があったように。
 一度深く息を吸って、冷ややかな空気を体に入れる。
 大丈夫、私はもうチェシャ猫に出会う前の私じゃない。
「案内します。でも、牢の扉は外からしか開けられません。さっきジェームズお兄様から受け取った鍵の一部はきっと」
「なるほど、理解した。ベン警官、こちらへ。この鍵を持ち、待機せよ。本部へ連絡し、家宅調査の許可を。合図はツーコール。それまでに済ませておけ」
 共に来ていたもう一人の警官に鍵を渡す。ベン警官は快諾の返事をすると、携帯を出してすぐにどこかへ連絡を入れる。
 レオナルド警官に促された私は、先ほど落ちた穴へと向かう。穴は塞がれないままそこにあった。私が落ちたことにより、大人でも人一人分が通れるくらいの大きさにはなっている。レオナルド警官が穴を覗きこむ。
「破片に気を付けなければならないが、真下にソファーがある。地下の高さも大したことはないな」
 レオナルド警官はマントを脱ぐと、腰についている拳銃が落ちないよう、確認する。そして帽子を深くかぶり直すと、こちらを一瞥した。
「案内感謝する。君は家に戻るといい」
 その言葉と視線からは、帰れという意思が感じ取れた。けれど、私はじっとなんかしていられない。考えることも必要だけど、行動することも必要だよね。
 私は家に戻るふりをして、レオナルド警官が牢へ潜入したのを合図に、穴へ近づく。
「わっ」
 下を覗き混むと、こちらを見上げるレオナルド警官と目があってしまった。こちらからでもその眉間には皺を寄せているのが分かり、体が硬直してしまう。怒っている。けれど、私が動かずにはいられないことを諦めているようだった。全てお見通しだなんて! 
 待っていてユウリ。必ず助けるから。
「ユウリ!」
「アリス!」
 牢へと再び落ちた私を、レオナルド警官は受け止めてくれた。私を非難する冷ややかな視線は、まるで絶対零度の氷のような煌めきで、ため息は吹雪のようだった。耐えた私を誰かに誉めてもらいたいけれど、無鉄砲なことは確かなので、誰かにこのことを言うわけにもいかなそうだ。
 ユウリを探すと、ユウリは牢の中で殴られた足を擦っていた。体のいたるところに鞭の痕がついていて、痣だらけの肌には更に傷がついている。あまりの痛々しさに、目を逸らしたくなる。でも、逸らすことは出来ない。逸らせばユウリの心が傷付いてしまう。
 私を見つけると、ユウリは牢の奥から鉄格子の方へと駆け寄ってくれた。
「ほんとに、助けにきたんだ」
「約束したから。ユウリ、もう大丈夫だよ」
「アリ、ス」
 鉄格子を握るユウリの手に、自分の手を重ねる。ボロボロで冷えきったユウリの手。まだ小さな男の子の手は、私の小さな手でも覆うことが出来た。また、この手をとることが出来て良かった。