桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

 私はチェシャ猫を助けるために鏡を割ったはずだ。私がどうなろうと、必ず助けるって。
「私はアリス。呪いを解く、最後のアリス」
 自分に言い聞かせるように呟く。もう、忘れはしない。もう迷わない。
 いつの間にか震えは止まっていて、足に力が戻ってくる。今度は牢の前にしっかりと立つことが出来た。
「あんた、本当になんなわけ? 震えていると思えば妄言吐いて、泣いて」
「びっくりさせてごめんね。でも、思い出したよ。私はアリス。チェシャ猫を探しにきたの。そして、夢魔。貴方を暗闇から助けるために此処にきた」
 目の前の少年は、夢魔だった。小さなシルクハットを頭に乗せていないし、傷だらけだけ、なぜ鏡の世界とは違う牢獄にいるかは分からないけれど、話し方も顔も夢魔そのものだ。
 意図してここに来たわけではないけれど、鏡を割って此処に来たのはチェシャ猫を探す為、呪いを解く為だ。
「は? 猫を探している? 僕をここから出す? 何で僕と何の関係もないアンタが、そんなことするわけ?」
「夢魔は私こと、覚えてないの?」
 此処で顔を合わせてからというもの、夢魔は知り合いらしい素振りはおろか、私に名前を聞いてきた。私の髪色も桃色から香色に変わってしまっているからだろうか。染めた覚えがないのだけれど。
 考えてみれば、不自然なことだらけだ。私が目を覚ました時、私は目の前にいた女の人をお姉様と言った。私は女王様の城で育ったはずなのに。
 それに、ロリーナお姉様だけではなく、ハリーお兄様やイーディス、家族が存在する。
 誰一人、私を家族だと疑わず会話を進めていた。私も疑うことなく、家族と思い、行動した。
「覚えていないもなにも、あんたと会ったことないよ。それに僕は夢魔って魔物みたいな名前じゃない」
「ご近所さん、なんだよね? ロリーナさん、ロリーナお姉様は知っている?」
「ロリーナは知っている。よく本を読んでくれた」
「なら、ハリーお兄様は? イーディスやローダ、ジェームズお兄様、ヴィオレッドやフレディックは?」
「知っている。あんた、あそこの家族の知り合い?」
 夢魔、ではない少年の言葉を聞いて、益々分からなくなる。私はあそこの家族ではないの?
 存在しないはずの私の家族。もしかしたら、私の本当の家族かもしれないけれど、あの家族が赤ん坊の私を捨てたとは思えない。
 それに見知らぬ土地。星のない青空。歌わない花達。此処はきっと、不思議の国ではない別の国だ。けれど、不思議の国以外に国があるなんて初めて知った。此処は一体どこで、私は誰なのだろう。
「主、迷わないで。主自身を見失えば、不思議の国のこと、忘れてしまう。そうしたら、もう、戻れない」
 ダイナが頬を嘗める。少年にはダイナの言葉は聞こえていないようだった。不思議そうにダイナを見つめる。
 もう戻れない。「お別れじゃないわよね」と言った女王様の言葉を思い出す。女王様は予感していたのかもしれない。
「黙んないでよね。それに、猫、いるじゃん。見つかったんじゃないの?」
「この子じゃなくて、チェシャ猫って名前で、赤い髪の青年なの」
「は? 猫なんじゃないの?」
 少し不機嫌そうに少年が眉を寄せる。確かに、猫だけれど青年、青年だけれど猫というのはおかしい気がする。今まで何の疑問もなかったのが今となっては不思議なくらいだ。
「アンタの言うこと、分かんないけど。そろそろ叔父さんが来る頃だよ。逃げないと、アンタも牢に入れられるよ」
「そんな」