桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

二章 ウサギを追いかけて


『――待って! ――ウサギ――』
 鈴の音のような声が耳に響く。
 意識がはっきりとしないまま、一つの映像の中に飛び込んだような感覚があった。光の世界に、ウサギを追う金髪の少女が浮かび上がる。空色のエプロンドレスが、ふわりと揺れた。
『――アリスは――だけ追いかけて――ばいいんだ!』
 金髪の少女には見覚えがある気がした。
 女王様? ううん。違う。似ているけど、あれは女王様じゃない。大きな瞳と、綺麗な顔立ちはまだ幼さを残している。時計のメロディーが先程の記憶を呼び覚ます。
 そう、あれはきっと、女王様の前からいなくなってしまった十三代目のアリス。女王様の妹。
『行か――で――私は――が――」
 彼女達の声がよく聞きとれない。映像も途切れ途切れで、視界から彼女達は遠ざかり、小さくなっていく。
 これは、時計の記憶? もしかして時計が見せているの?
「――ス」
 誰?
「――アリス」
 聞き覚えのある優しい声が呼んでいる。映像が薄くなって、一瞬だけ暗闇が訪れる。
「起きて。アリス」
「ん、チェシャ猫……?」

 体を起こして周りを見渡すと、辺り一面に木が生い茂っていた。無造作に生えた草や花が、お尻の下で苦しそうにしている。城の薔薇や、丘の花畑のような鮮やかさや優しさはなく、花が歌いだす様子もない。動物の鳴き声ひとつ聞こえない、不自然で静かな森。太陽は出ているはずなのに、薄暗い雰囲気が漂っている。お化けが出てきても不思議じゃなさそうだ。
「どこか痛いところはないかい?」
 穴から落ちたのに、不思議とどこも痛いところはない。妙な浮遊感はあったけど、森に落ちた衝撃がそもそもないし、どうなっているんだろう。
「痛くないのは、もしかしてチェシャ猫がクッションになってくれたの? 痛くない?」
「僕も痛くないよ」
「良かった。ところでチェシャ猫、ここって」
「迷いの森だよ。その名の通り、森に入ったら最後、どんなに方向感覚のいい人でも迷って出られなくなる」
 昔、城で教わった授業の中に、チェシャ猫が言うような森があると教わった。
 もしかして、それが此処なのかもしれない。
「じゃあ私達ここから出られないの? どうしよう……」
「そういう事だよ。でも、大丈夫。行こう」
「うん」