桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

 二人が本当に消えてないか確かめたかった。私の旅はきっと、白ウサギと黒ウサギ、二人が揃った場所にある。そして、私の傍にいない人を探さなければ。
 扉を開けると、廊下の向こうに中庭が広がっている。ハートの城の中枢にある一階の中庭は、薔薇だけではなく、噴水を中心にコスモスやフクシア、様々な花が彩りを添えている。
 そのなかに、求めた姿が二つ。急いていた足取りは緩やかになって、思わず立ち止まってしまった。
「白ウサギ、黒ウサギ」
「アリス!」
 どちらが発したのか、それともどちらもか、私の名前を呼んだ二人は、花の彩りを避けてこちらへ駆けてきてくれた。
「気を失って驚いたんだぞ。体調は大丈夫なのか?」
「そうですよ、いきなり意識を失って驚きました」
 不安そうに眉を寄せる黒ウサギと、白ウサギ。離ればなれのはずだった二人が全く同じ表情をしているのを目の前に、泣きそうになって鼻がつんとした。
「私も目を覚ましてびっくりしちゃった。緊張が解けたのかな。二人とも無事で良かった」
 私が笑うと、白ウサギがほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。僕との約束を守ってくれて」
「白ウサギが気付かせてくれたからだよ。それに、黒ウサギが私を信じてくれたから。私一人だけじゃ、二人の呪いは解けなかった。ありがとう、二人とも」
 手を取り合ってもう一度二人の存在を確認する。
 アリスの使命を聞いたときは、こうして二人の手をとれるなんて思わなかった。不安でいっぱいで、迷って、挫けて、狂って、泣いて。短い旅は終わってみると、とても長い物語になった気がする。
「チェシャ猫は一緒じゃないの?」
 二人が顔を合わせ、苦い紅茶を飲んだような顔をする。わざと気付かないようにしていた不安が、一気に胸に押し寄せる。
「チェシャ猫はどこ?」
 白ウサギを追いかけていた時のような、あの焦りが背中に張り付いていく。胸の振動が早まって、中庭の彩りがぼやけていく。
「アイツは俺達にお前を任せるって、言って」
 黒ウサギの淀んだ声がきれ、唇を噛み締める。
「アリス、今すぐ女王陛下の元へ行ってください。消えたチェシャ猫のことを、知っているはずです」
 白ウサギが急くように私を見つめる。私は言葉もなく、城の廊下を思い切り駆けた。
 廊下を必死で走った。ウサギの時計を止めてから、どのくらい時間が経ったのかは分からないけれど、太陽がもう仕事を終えようとしていた。世界を染めるオレンジ色に、城が染まっていく。
 いつもなら兵士が城のいたるところにいるのに、誰にもすれ違わない。人の気配は所々にあるけれど、まるで寝静まった夜のように城の中は静寂に包まれていた。世界の崩壊が止まった今、多くが非番を貰っているのか、それとも壊れた地域の修繕に走り回っているのか。
 古城のあった場所は暗黒の魔女の影響でかなり崩壊が進んでいたはずだ。
大なり小なり、狂気に当てられた人がいるのも事実。呪いを解いても、誇らしい気持ちにはなれない。
「ダメだ私、向き合わなきゃ」
 思考は目の前の事実を認めたくなくて、どうにか事実を反らそうと周囲に注意を向けてしまう。
 嫌な予感があった。予感は消えず、女王様の間に近付く度に強まっていく。
 最初から、私は知っていた。幼い頃に知った真実が現実になることを。旅をして目の前にそれがまた突きつけられて、アリスの使命も終わって、もしかしたら、だなんてもう誤魔化せない。
 女王様の間の扉を前に、躊躇うことはもうしない。