仕立て屋は縄を引っ張ると、私の歩幅なんか気にせずにぐいぐい進んでいく。縛り目が固定されているおかげで、締め付けられることはないけれど、引っ張られているせいで背中が痛い。
「いたたたたた! 強引すぎだよっ」
こんな時だけど、せめて痛くないようにはしてほしい!
相変わらず強引で愉快そうな仕立て屋。赤い隊服に包まれた背中を睨むけど、止まる様子はなかった。
「おい、お前! 計画と違うぞ!」
「やっべバレたか!」
仕立て屋の不信きわまりない、逸脱した行動に気付いた兵士が声をあげる。周りも私達に注目しはじめ、事態は先ほどと同じ状況になった。
「変装ばっちりだったのに何でだ!」
「いくら何でもバレるよっ!」
「ちぇっ、作成変更だ!」
縄がはらりと緩み、切れたことがわかる。仕立て屋の手には針が握られていて、その早業に目を見張った。けれどすぐに引っ張られ、仕立て屋に背を押された。トン、と押された先には、ダイヤの城に行く前に別れた姿があった。
「ジャックさん!」
「ふぉっふぉっ、監獄は楽勝でしたぞ、アリス殿」
「オイラが助けたんだろー。ほら行けよ! ウサギーズが待っているぜ」
「うん!」
兵をどけるジャックさんの背中と距離をとらないよう走り、いまだに鳴る銃声を追いかける。
もうすぐ、もうすぐだよ! 白ウサギ、黒ウサギ!
駈ける一歩は一瞬だけど、足裏が衝撃を踏むたびに息が詰まる。これは、アリスが踏み出したくても踏み出せなかった一歩だ。どんなに望んだって、叶うことがなかった想いを私は今運んでいる。
「アリス! こっち!」
トランプ兵を包丁で切り裂いて、メアリーが包丁を持った手を振る。両刀使いなのか、手を振っていない方の手は攻撃してくる兵士を弾いていた。メアリーのすぐ近くでは、ハンプティが剣を抜いて戦っている。
「黒ウサギは!」
「すぐそこだよっ!」
メアリーに駆け寄ると、メアリーは出会った時と変わらない、天使の微笑みで返してくる。ふわり、と金色の髪が靡いて甘い香りが漂う。チョコレートや生クリームの、お菓子の甘い香り。
「アリス、大好きだよ」
「メアリー? どうしたの?」
優しい声で囁いてきたメアリー。こんなこと初めてで、私はメアリーに問いかける。
「私の呪いはね、大好きが大嫌いになることなの。大嫌いが大好きになることなの」
「メアリー」
大好きなの。でも大嫌い。
その言葉の意味がわかってしまって、私は手の行き場をなくした。抱き締め返したいけど、今は抱きしめてはいけない気がする。だって、本来の彼女はアリスが嫌いなのだから。
呪いを解いたら、メアリーは。
「私がアリスを大嫌いになっても、アリスは私を好きでいてくれる?」
「うん、好きでいるよ。メアリーに私を好きになってもらえるように頑張る。だから、怖がらないで」
「ありがとう、アリス」
感情が真逆になるって、どんな感覚なのだろう。想像しようとしても、わからない。わからないけど、ただただ怖い。自分が自分でなくなってしまう。自分の存在が曖昧になる。今ここに存在する自分は何?
メアリーはそっと私を離すと、それ以上何も言わず、真っ直ぐ前方を指した。
トランプ兵が道をうめつくしていて、すぐには気付けなかったけれど、メアリーがさす方向には黒いウサギ耳が見える。
黒いウサギ耳を目印に真っ直ぐ駈けると、トランプ兵士が行く先を塞ごうと前に出てきた。けれど鋭い斬撃が道を切り開き、怯えた兵士は後ずさる。
「君を守るよ、お姫様」
「いたたたたた! 強引すぎだよっ」
こんな時だけど、せめて痛くないようにはしてほしい!
相変わらず強引で愉快そうな仕立て屋。赤い隊服に包まれた背中を睨むけど、止まる様子はなかった。
「おい、お前! 計画と違うぞ!」
「やっべバレたか!」
仕立て屋の不信きわまりない、逸脱した行動に気付いた兵士が声をあげる。周りも私達に注目しはじめ、事態は先ほどと同じ状況になった。
「変装ばっちりだったのに何でだ!」
「いくら何でもバレるよっ!」
「ちぇっ、作成変更だ!」
縄がはらりと緩み、切れたことがわかる。仕立て屋の手には針が握られていて、その早業に目を見張った。けれどすぐに引っ張られ、仕立て屋に背を押された。トン、と押された先には、ダイヤの城に行く前に別れた姿があった。
「ジャックさん!」
「ふぉっふぉっ、監獄は楽勝でしたぞ、アリス殿」
「オイラが助けたんだろー。ほら行けよ! ウサギーズが待っているぜ」
「うん!」
兵をどけるジャックさんの背中と距離をとらないよう走り、いまだに鳴る銃声を追いかける。
もうすぐ、もうすぐだよ! 白ウサギ、黒ウサギ!
駈ける一歩は一瞬だけど、足裏が衝撃を踏むたびに息が詰まる。これは、アリスが踏み出したくても踏み出せなかった一歩だ。どんなに望んだって、叶うことがなかった想いを私は今運んでいる。
「アリス! こっち!」
トランプ兵を包丁で切り裂いて、メアリーが包丁を持った手を振る。両刀使いなのか、手を振っていない方の手は攻撃してくる兵士を弾いていた。メアリーのすぐ近くでは、ハンプティが剣を抜いて戦っている。
「黒ウサギは!」
「すぐそこだよっ!」
メアリーに駆け寄ると、メアリーは出会った時と変わらない、天使の微笑みで返してくる。ふわり、と金色の髪が靡いて甘い香りが漂う。チョコレートや生クリームの、お菓子の甘い香り。
「アリス、大好きだよ」
「メアリー? どうしたの?」
優しい声で囁いてきたメアリー。こんなこと初めてで、私はメアリーに問いかける。
「私の呪いはね、大好きが大嫌いになることなの。大嫌いが大好きになることなの」
「メアリー」
大好きなの。でも大嫌い。
その言葉の意味がわかってしまって、私は手の行き場をなくした。抱き締め返したいけど、今は抱きしめてはいけない気がする。だって、本来の彼女はアリスが嫌いなのだから。
呪いを解いたら、メアリーは。
「私がアリスを大嫌いになっても、アリスは私を好きでいてくれる?」
「うん、好きでいるよ。メアリーに私を好きになってもらえるように頑張る。だから、怖がらないで」
「ありがとう、アリス」
感情が真逆になるって、どんな感覚なのだろう。想像しようとしても、わからない。わからないけど、ただただ怖い。自分が自分でなくなってしまう。自分の存在が曖昧になる。今ここに存在する自分は何?
メアリーはそっと私を離すと、それ以上何も言わず、真っ直ぐ前方を指した。
トランプ兵が道をうめつくしていて、すぐには気付けなかったけれど、メアリーがさす方向には黒いウサギ耳が見える。
黒いウサギ耳を目印に真っ直ぐ駈けると、トランプ兵士が行く先を塞ごうと前に出てきた。けれど鋭い斬撃が道を切り開き、怯えた兵士は後ずさる。
「君を守るよ、お姫様」

