そうだ、私は確かに、違和感があったんだ。けれど深く聞くのはいけない気がして、聞くのを止めたんだ。
『ここは遠慮して海ガメさんで行くべきだったかな。海ガメ君? 海ガメ様? 呼び方の違和感じゃない』
『そう、まるで違う人の名前を呼んでいるような』
「もしかして名前、違うの?」
うやむやにされてしまった疑問が、今になって完全な質問となって絞り出される。今度はもう口を塞がれることはなかった。海ガメはただ笑うだけ。このことに関係するのであろうグリフォンを見れば、先程の夢と重なった
魔女の呪いで力を失ったはずのグリフォン。その力を得た海ガメ。
けれど先日、魔物と戦ったのはグリフォンで、海ガメスープを作るのもグリフォン。グリフォンが作るのに名前は『海ガメスープ』
一代目の二人とは真逆の目の前の二人。矛盾が、もう答えを指していた。
「僕の名前を呼んでくださいー。さぁ、僕の名前は?」
「貴方の、名前は」
『名前を、守る。だから、今日から私が――』
グリフォン。
「グリフォン、なの?」
今まで海ガメと呼んでいた、糸目の彼がいつもの悪戯な微笑みを作る。僅かに一瞬、金色の瞳を覗かせて。
海ガメが本当はグリフォンで、グリフォンは海ガメ。
未だに信じられなくて、メアリーのメイド服をギュッと握った。すると、メアリーから小さく言葉が漏れる。天使の笑顔を持つ彼女からは想像も出来ない、ちょっと物騒な言葉が聞こえたけど、気のせいにしておくことにした。
黄金の瞳を覗かせながら、嘘の名前を剥がした彼は、準備運動をするように、翼を羽ばたかせる。
ハラハラと、茶色の羽根が目の前を舞い落ちる光沢のある羽は消え入りそうな幻想のようにも思えた。だから最初は夢みたいに思えて、嘘みたいに思えて、けれど腕を、頬を掠めた羽根の擽ったさだけは本当で。
「何ぼーっとアホ面して立っているんですかー?」
「あーあ、本当、感謝されてもされきれねーな! 茶番、大変だったし、本当にさ」
大きく張り上げられた声は、どこか無理をしているように聞こえた。震える声帯。震える言葉。翼を取り戻した彼を見て、グリフォンは泣いている顔を腕で隠しているけど、全ては隠しきれてなくて。
懸命に泣き顔を隠す男の子。そんな彼の前に、メアリーが立つ。
「茶番なんかじゃないでしょ! 私のことを騙しておいて、後でスライスにしてあげるんだからね! バカグリフォン!」
呼び慣れた偽りの名前を呼んだメアリー。海ガメに戻った彼は、一瞬だけ大きく目を見開く。瞳から零れた涙は頬を伝い、やがて彼の腕で拭われた。
「カメをスライスしたって食えねーし。こっち、見るな、バカ」
腕を交差して彼は顔を隠す。けれどメアリーはそれを許さず、腕を掴んで顔の前からどかした。
「ばっか! 何すんだよ!」
「ほら、ちゃんと顔を見せて!」
じー、っと穴が空きそうなほど、泣いている彼を見つめるメアリー。男の子の腕力なら振りほどけるはずだけど、メアリーが怖いのか、されるがままに腕を拘束されている
「うん、泣いている顔の方が情けなくてヘタレっぽくって男前なんじゃない? グリフォン」
「なんだよ、それ」
「もう呼び慣れちゃったじゃない、バカバカバカっ!」
メアリーは本来の彼の名前で呼ばず、偽りの名前で呼ぶと、グリフォンの胸をバシバシと叩く。涙が止まらないまま困惑する彼を、私達は顔を合わせて笑った。
早く、皆でこうやって笑えるといいな。
「アリス!」
「は、はい!」
『ここは遠慮して海ガメさんで行くべきだったかな。海ガメ君? 海ガメ様? 呼び方の違和感じゃない』
『そう、まるで違う人の名前を呼んでいるような』
「もしかして名前、違うの?」
うやむやにされてしまった疑問が、今になって完全な質問となって絞り出される。今度はもう口を塞がれることはなかった。海ガメはただ笑うだけ。このことに関係するのであろうグリフォンを見れば、先程の夢と重なった
魔女の呪いで力を失ったはずのグリフォン。その力を得た海ガメ。
けれど先日、魔物と戦ったのはグリフォンで、海ガメスープを作るのもグリフォン。グリフォンが作るのに名前は『海ガメスープ』
一代目の二人とは真逆の目の前の二人。矛盾が、もう答えを指していた。
「僕の名前を呼んでくださいー。さぁ、僕の名前は?」
「貴方の、名前は」
『名前を、守る。だから、今日から私が――』
グリフォン。
「グリフォン、なの?」
今まで海ガメと呼んでいた、糸目の彼がいつもの悪戯な微笑みを作る。僅かに一瞬、金色の瞳を覗かせて。
海ガメが本当はグリフォンで、グリフォンは海ガメ。
未だに信じられなくて、メアリーのメイド服をギュッと握った。すると、メアリーから小さく言葉が漏れる。天使の笑顔を持つ彼女からは想像も出来ない、ちょっと物騒な言葉が聞こえたけど、気のせいにしておくことにした。
黄金の瞳を覗かせながら、嘘の名前を剥がした彼は、準備運動をするように、翼を羽ばたかせる。
ハラハラと、茶色の羽根が目の前を舞い落ちる光沢のある羽は消え入りそうな幻想のようにも思えた。だから最初は夢みたいに思えて、嘘みたいに思えて、けれど腕を、頬を掠めた羽根の擽ったさだけは本当で。
「何ぼーっとアホ面して立っているんですかー?」
「あーあ、本当、感謝されてもされきれねーな! 茶番、大変だったし、本当にさ」
大きく張り上げられた声は、どこか無理をしているように聞こえた。震える声帯。震える言葉。翼を取り戻した彼を見て、グリフォンは泣いている顔を腕で隠しているけど、全ては隠しきれてなくて。
懸命に泣き顔を隠す男の子。そんな彼の前に、メアリーが立つ。
「茶番なんかじゃないでしょ! 私のことを騙しておいて、後でスライスにしてあげるんだからね! バカグリフォン!」
呼び慣れた偽りの名前を呼んだメアリー。海ガメに戻った彼は、一瞬だけ大きく目を見開く。瞳から零れた涙は頬を伝い、やがて彼の腕で拭われた。
「カメをスライスしたって食えねーし。こっち、見るな、バカ」
腕を交差して彼は顔を隠す。けれどメアリーはそれを許さず、腕を掴んで顔の前からどかした。
「ばっか! 何すんだよ!」
「ほら、ちゃんと顔を見せて!」
じー、っと穴が空きそうなほど、泣いている彼を見つめるメアリー。男の子の腕力なら振りほどけるはずだけど、メアリーが怖いのか、されるがままに腕を拘束されている
「うん、泣いている顔の方が情けなくてヘタレっぽくって男前なんじゃない? グリフォン」
「なんだよ、それ」
「もう呼び慣れちゃったじゃない、バカバカバカっ!」
メアリーは本来の彼の名前で呼ばず、偽りの名前で呼ぶと、グリフォンの胸をバシバシと叩く。涙が止まらないまま困惑する彼を、私達は顔を合わせて笑った。
早く、皆でこうやって笑えるといいな。
「アリス!」
「は、はい!」

