チェシャ猫も私も、黙って女王様の話を聞いた。女王様は悲しそうに眉を寄せる。こんなにも悲痛な表情の女王様を見るのはいつぶりだろう。
「世界は崩壊しなかった。けれど……」
女王様が俯く。
「妹は城に帰ってきた時、泣いていたわ。声も上げず、ただ静かに涙を流していた。妹は何も語らず、ただその時計を握りしめていただけだったわ。だから、誰も何があったか知らない」
彫られた文字を見る。アリスさんの持ち物。そのアリスさんは、今此処にはいない。
「アリスさんは……どうなったの?」
女王様が一瞬だけ唇を噛む。
「妹は自ら命を絶ったの。まるで誰かを追っているようだったわ」
言葉が出てこない。女王様にかける言葉がみつからなかった。
「あんたは元気で帰ってきて頂戴。約束して」
女王様の瞳は悲しげで、余計に胸が苦しくなる。涙が込み上げてきた。慰めの言葉が喉までこみあげてきたのを、ぐっと押し戻す。私がしなきゃいけないのは女王様を慰めることじゃない。この城に帰ってくることだ。
「約束する。ちゃんと元気で帰ってくるよ」
「絶対よ。約束破ったら、牢屋にぶちこむからね。覚悟しなさい」
「大丈夫! 牢屋になんか入りたくないもん!」
女王様は頷くとチェシャ猫の方を向いた。
「あんたは死んでもアリスを守りなさい。怪我をさせたらあんたも牢屋にぶちこむからね」
今まで黙っていたチェシャ猫が口を開き、私を見た。
「僕はアリスを守るよ。それが僕の役目だからね」
「チェシャ猫……」
「アリス」
女王様とチェシャ猫の声とは聞こえた別の声。立っていたのは黒髪の少女。大好きな親友の姿に、我慢していた涙が流れた。ぼろぼろと、瞳から零れていく。
「リズ」
「アリス、泣かれたら困ってしまうわ」
「どうして……」
出発の時間は教えてあったけど、今日は店番があるからリズには会えないと思っていた。
「店番なら弟達に任せてあるから大丈夫よ。ちょっと心配だけれどね」
リズは近づいてくると、そっと私の手を握り締めた後、再び手で私の頬を包み込む。涙の流れている頬を拭うと、少しだけ引き寄せられて、額がぶつかった。
「私達はずっと親友、でしょ?」
「うん」
「早く帰ってきてね。私、無事を祈って待っているわ」
「うん」
どうしよう。涙が止まらない。泣いていちゃいけないのに。さっき女王様に大丈夫、って言ったのに、リズの前だとどうしても気持ちを隠せない。
「ほら、情けない顔しないの。一生の別れではないのでしょう」
「だって、怖いし、皆と離れるのが寂しいんだもん」
「もう、泣き虫アリスね」
本当は、怖い。もしかしたら、ウサギを見つけられないかもしれない。こんな広い国の中で、二人のどちらかを見つけて時計を止める。それがどんなに大変な事か、考えるだけでゾッとした。もしも私が時計を止められなかったら。もしも私が、二人のどちらかを選べなかったら。崩れる世界。それは、彼女達との一生の別れ。崩壊が近づいている今は、危険な事もあると聞いた。だから旅に出て無事に帰れるかも分からない。
どうしてウサギは来なかったの?
選ばれなければ、命は消えてしまうのに。
どうしてなのか、どうしたらいいのか分からない。見つける手がかりなんて……
「大丈夫だよ」
チェシャ猫が不安を感じとったかのように私の頭を撫でる。
「僕がいるから。最後まで案内するから。心配しなくていいよ」
その言葉を聞いたリズは、チェシャ猫の方に向くと、頭を下げる。
「アリスをよろしくお願いします」
「必ず守るよ。君にも約束する」
「世界は崩壊しなかった。けれど……」
女王様が俯く。
「妹は城に帰ってきた時、泣いていたわ。声も上げず、ただ静かに涙を流していた。妹は何も語らず、ただその時計を握りしめていただけだったわ。だから、誰も何があったか知らない」
彫られた文字を見る。アリスさんの持ち物。そのアリスさんは、今此処にはいない。
「アリスさんは……どうなったの?」
女王様が一瞬だけ唇を噛む。
「妹は自ら命を絶ったの。まるで誰かを追っているようだったわ」
言葉が出てこない。女王様にかける言葉がみつからなかった。
「あんたは元気で帰ってきて頂戴。約束して」
女王様の瞳は悲しげで、余計に胸が苦しくなる。涙が込み上げてきた。慰めの言葉が喉までこみあげてきたのを、ぐっと押し戻す。私がしなきゃいけないのは女王様を慰めることじゃない。この城に帰ってくることだ。
「約束する。ちゃんと元気で帰ってくるよ」
「絶対よ。約束破ったら、牢屋にぶちこむからね。覚悟しなさい」
「大丈夫! 牢屋になんか入りたくないもん!」
女王様は頷くとチェシャ猫の方を向いた。
「あんたは死んでもアリスを守りなさい。怪我をさせたらあんたも牢屋にぶちこむからね」
今まで黙っていたチェシャ猫が口を開き、私を見た。
「僕はアリスを守るよ。それが僕の役目だからね」
「チェシャ猫……」
「アリス」
女王様とチェシャ猫の声とは聞こえた別の声。立っていたのは黒髪の少女。大好きな親友の姿に、我慢していた涙が流れた。ぼろぼろと、瞳から零れていく。
「リズ」
「アリス、泣かれたら困ってしまうわ」
「どうして……」
出発の時間は教えてあったけど、今日は店番があるからリズには会えないと思っていた。
「店番なら弟達に任せてあるから大丈夫よ。ちょっと心配だけれどね」
リズは近づいてくると、そっと私の手を握り締めた後、再び手で私の頬を包み込む。涙の流れている頬を拭うと、少しだけ引き寄せられて、額がぶつかった。
「私達はずっと親友、でしょ?」
「うん」
「早く帰ってきてね。私、無事を祈って待っているわ」
「うん」
どうしよう。涙が止まらない。泣いていちゃいけないのに。さっき女王様に大丈夫、って言ったのに、リズの前だとどうしても気持ちを隠せない。
「ほら、情けない顔しないの。一生の別れではないのでしょう」
「だって、怖いし、皆と離れるのが寂しいんだもん」
「もう、泣き虫アリスね」
本当は、怖い。もしかしたら、ウサギを見つけられないかもしれない。こんな広い国の中で、二人のどちらかを見つけて時計を止める。それがどんなに大変な事か、考えるだけでゾッとした。もしも私が時計を止められなかったら。もしも私が、二人のどちらかを選べなかったら。崩れる世界。それは、彼女達との一生の別れ。崩壊が近づいている今は、危険な事もあると聞いた。だから旅に出て無事に帰れるかも分からない。
どうしてウサギは来なかったの?
選ばれなければ、命は消えてしまうのに。
どうしてなのか、どうしたらいいのか分からない。見つける手がかりなんて……
「大丈夫だよ」
チェシャ猫が不安を感じとったかのように私の頭を撫でる。
「僕がいるから。最後まで案内するから。心配しなくていいよ」
その言葉を聞いたリズは、チェシャ猫の方に向くと、頭を下げる。
「アリスをよろしくお願いします」
「必ず守るよ。君にも約束する」

