「うるさい、わね。私は、この悪夢を終わらすのよ。アンタが言う、本当の悪夢なんて、知らないわ」
女王様は剣を振り下ろす。けれど、剣は鏡を砕かず、女王様の手を離れて床に転がった。女王様は踵をかえすと、剣はそのままに走ってこちらへ駆けてくる。
思わず身体を縮めたけれど、女王様は勢いのまま私達に気づくことなく、階段をかけあがる。重い岩を落とすような音が聞こえたかと思うと、再び静寂が訪れる。
あの鏡はなに? 女王様は、ここで何をしていたの?
もう分かってしまったはずなのに、分かりたくない。信じたくない。もう何度もしてきた現実逃避。だけど今回ばかりは、逃げてはいけないと、受け止めなければならないと思う。
「チェシャ猫、鏡のところに行こう」
「うん」
鏡のところまで、音を殺して歩く。この空間には誰の気配もないけれど、音が響く。念のため。そう言いながら、慎重なふりをして、私は知りたくないだけなのかもしれない。知るのが怖い。信じたくない。暗黒の魔女の言葉よりも、この真実を暴いてしまう方が、ずっとずっと怖い。
チェシャ猫の手を握って、鏡の前に立つ。
ダイヤの王子は言っていた。『鏡だけあっても無駄だ。アレはウサギが揃わねば意味を成さない。忌まわしい魔女がそういう呪いをかけた』のだと。
その言葉を証明するかのように、鏡の装飾には時計の模様があり、明らかに欠落した部分があった。欠落しているのは、時計の秒針。時計の模様は二つある。その二つとも、秒針はなかった。
呪いを解く鏡は、女王様が持っていたの?
「これが、ダイヤの王子が私に知らせたかった真実なのかな?」
「まだそうだと決まったわけじゃないよ」
「でも、白ウサギが以前から探し回っても鏡は見付からなかったんだよね。どこを探していたのかは分からないけど、不思議の国で唯一隠せるとしたら、城じゃないのかな?」
「悪い想像をし過ぎだよ。この鏡が呪いを解ける鏡だとは限らないからね。ただの鏡かもしれないよ」
「女王様は、鏡はないって、言っていたのに」
裏切られた気持ちでいっぱいで、憤りが身体を巡る。
炎のように燃え上がった感情を吐き出してしまいたかった。チェシャ猫はそんな私の心情を理解してか、頭を撫でてくれる。
「例えばこの鏡が呪いを解く鏡だったとして、女王が真実を隠していたとして、君はどうするんだい?」
「そんなの」
分からないよ。
「今のことを見なかったことにして、ウサギの時計を止めてしまうかい? 君が城に帰る為に。それとも、怒りのまま女王を断罪するのかい?」
怒りのまま。女王様を断罪。私を育ててくれた女王様を。
出来ない。女王様を裁く力は私にない。歯向かうことは出来ても、女王様の首をはねることなど絶対に出来ない。でも、見なかったことにして、ウサギの時計を止めることはしたくない。
なら、事実を受け止めて考えるしかない。
「チェシャ猫、私、女王様が鏡を持っていることを受け止める。呪いを解くために目をそらさない。でも、どうしたらいいのか分からない。だから一緒に考えてほしいの」
「うん、一緒に考えよう」
もう一度鏡に向き合って、絶対に呪いを解くと決めて手で触れてみる。すると、鏡の私がぶれて、女の子が現れた。私と同じ顔。でも、香色の髪に、水色のエプロンドレスを着た女の子。驚いた表情の女の子は、私をうつすようで。
「アリス、どうしたの?」
「鏡の中に、私と同じ顔の女の子がいるの!」
女王様は剣を振り下ろす。けれど、剣は鏡を砕かず、女王様の手を離れて床に転がった。女王様は踵をかえすと、剣はそのままに走ってこちらへ駆けてくる。
思わず身体を縮めたけれど、女王様は勢いのまま私達に気づくことなく、階段をかけあがる。重い岩を落とすような音が聞こえたかと思うと、再び静寂が訪れる。
あの鏡はなに? 女王様は、ここで何をしていたの?
もう分かってしまったはずなのに、分かりたくない。信じたくない。もう何度もしてきた現実逃避。だけど今回ばかりは、逃げてはいけないと、受け止めなければならないと思う。
「チェシャ猫、鏡のところに行こう」
「うん」
鏡のところまで、音を殺して歩く。この空間には誰の気配もないけれど、音が響く。念のため。そう言いながら、慎重なふりをして、私は知りたくないだけなのかもしれない。知るのが怖い。信じたくない。暗黒の魔女の言葉よりも、この真実を暴いてしまう方が、ずっとずっと怖い。
チェシャ猫の手を握って、鏡の前に立つ。
ダイヤの王子は言っていた。『鏡だけあっても無駄だ。アレはウサギが揃わねば意味を成さない。忌まわしい魔女がそういう呪いをかけた』のだと。
その言葉を証明するかのように、鏡の装飾には時計の模様があり、明らかに欠落した部分があった。欠落しているのは、時計の秒針。時計の模様は二つある。その二つとも、秒針はなかった。
呪いを解く鏡は、女王様が持っていたの?
「これが、ダイヤの王子が私に知らせたかった真実なのかな?」
「まだそうだと決まったわけじゃないよ」
「でも、白ウサギが以前から探し回っても鏡は見付からなかったんだよね。どこを探していたのかは分からないけど、不思議の国で唯一隠せるとしたら、城じゃないのかな?」
「悪い想像をし過ぎだよ。この鏡が呪いを解ける鏡だとは限らないからね。ただの鏡かもしれないよ」
「女王様は、鏡はないって、言っていたのに」
裏切られた気持ちでいっぱいで、憤りが身体を巡る。
炎のように燃え上がった感情を吐き出してしまいたかった。チェシャ猫はそんな私の心情を理解してか、頭を撫でてくれる。
「例えばこの鏡が呪いを解く鏡だったとして、女王が真実を隠していたとして、君はどうするんだい?」
「そんなの」
分からないよ。
「今のことを見なかったことにして、ウサギの時計を止めてしまうかい? 君が城に帰る為に。それとも、怒りのまま女王を断罪するのかい?」
怒りのまま。女王様を断罪。私を育ててくれた女王様を。
出来ない。女王様を裁く力は私にない。歯向かうことは出来ても、女王様の首をはねることなど絶対に出来ない。でも、見なかったことにして、ウサギの時計を止めることはしたくない。
なら、事実を受け止めて考えるしかない。
「チェシャ猫、私、女王様が鏡を持っていることを受け止める。呪いを解くために目をそらさない。でも、どうしたらいいのか分からない。だから一緒に考えてほしいの」
「うん、一緒に考えよう」
もう一度鏡に向き合って、絶対に呪いを解くと決めて手で触れてみる。すると、鏡の私がぶれて、女の子が現れた。私と同じ顔。でも、香色の髪に、水色のエプロンドレスを着た女の子。驚いた表情の女の子は、私をうつすようで。
「アリス、どうしたの?」
「鏡の中に、私と同じ顔の女の子がいるの!」

