桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~

『クックック』
「何が面白いと言うの」
 城の地下、女王以外誰も入れぬ場所に、耳障りな女の声が反響する。壁に触れると、指の先が冷えていく。城の象徴である赤と白のコントラストは此処にはなく、壁も床も氷に覆われ、氷は真実を閉ざしている。
 此処は私にとって呪われた場所。
 目の前にある鏡をみると、全身が映し出された。凍てつく地下では、煌びやかな赤のドレスもその輝きを失っている。鏡の表面が漣のように揺らぐと、鏡にうつる自分の姿が暗黒に染まっていくように見えた。闇をからめる黒い髪が、ふわりと揺れる。
 忌々しいことに、女が尚も笑っている。
『女王よ、妾は桃色のアリスを好むぞ』
 暗黒の気配に息を詰まらせる。流石の私も、鏡の中で笑う女、暗黒の魔女の威圧感には敵わない。
「アリスを、好むですって?」
『あぁ、あのアリスは妾の好奇心を掻き立てる。さぁ次。さぁ次、とな。この局面まで進んだのも、感情の揺れも非常に刺激的だ。妾は愉しいぞ。次の局面が楽しみで仕方ない』
「アリスがあんたの呪いを解こうともがくのが、そんなに楽しい? いい加減にしなさいよ」
 アリスを、私達を玩具にして、赦せない。けれどそれを言える権利など私にはない。
『貴様も見ていて愉しいぞ。鏡を持ち、苦悩と罪の意識に苦しむサマは甘美だ。さっさと黙秘を解けば良いものを。女王も残酷だな。その黙秘は妾と同等の罪なのではないか? クックック、アハハハハ!』
「黙りなさい!」
 暗黒の魔女のいるソレを叩くと、魔女は口元を隠した。
「おやおやおやおや、いいのか? お前が世界よりも大事にしているこの、鏡が壊れてしまうぞ。残酷なる女王よ」
「そうよ、私の方が残酷だわ」
 そう呟くと、暗黒の魔女は満足げに微笑んで消えた。鏡は、悲痛な顔をした私を映していた。
 こんなものがなければ、と何度思ったことか。元凶が暗黒の魔女だと分かっていても、不思議の国の崩壊は、自分が起こしている錯覚を幾度となく覚えた。自分のしていることを許せるわけではない。けれど、世界を壊しかけてでも、他の者がどれだけ犠牲になろうと、譲れない想いがある。
 決して赦されることはない。何故なら黙することが最大の罪であるのだから。