父親の仕事で海外に引っ越したのだそうだ。ショックだった。

 当時は、今みたいにメールのやり取りなんてこともできない。それも海外なんて、二度と会えないと思った。

 まだ恋にはなっていなかった。
 ただ特別だった。


 その後何度か恋をしたけれど、やたら英語の成績を上げたのは、ひそかな下心があったせいかもしれない。

 でもその下心は、十二年後に浮かばれる。

 会社で再会した一花は、想像よりも綺麗になっていた。憧れていた背中はそのままで、恋に落ちるなんてあっという間だったから、必死で捕まえに行った。


「お父さんて、ほんと、お母さんのこと大好きだよね」

 今日も娘たちが呆れたようにそんなことを言う。

「内緒だぞ」

 そう嘯く万里に、娘たちが「はいはい、バレバレだけどね」と頷くのもいつものことだ。

 妻はそんな娘たちに、
「お父さんみたいな人を見つけなさい」
と言ってくれる。

「お父さんはね、お母さんの初恋なのよ」

 リビングでうたた寝をしているとき、妻子の楽しそうな女同士の内緒話というやつが聞こえてしまったけれど、万里は今日も寝たふりをしておことにした。