放課後、元カレのノートを読んだ

 放課後の図書室は、いつも通り静かだった。
 窓から差し込む秋の夕日が、古い木製の本棚を照らしている。私——柚葉は、窓際の席に座って外を眺めていた。校庭ではサッカー部が練習していて、ボールを蹴る音や先輩の声が遠くから聞こえてくる。その中に、蒼井颯太の姿が見える。背番号10のユニフォームを着て、ボールを追いかけている颯太。私は無意識に彼を探してしまう自分に気づいて、慌てて視線を逸らした。
 半年前に別れた。理由は「なんとなく合わない」という曖昧なものだった。颯太から切り出されて、私は「うん、わかった」とだけ答えた。本当は引き止めたかった。でも、言葉が出てこなかった。喉の奥で何かが詰まっているような感覚があって、ただ頷くことしかできなかった。
 あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。放課後、颯太に呼び出されて屋上に行った。秋の風が吹いていて、少し肌寒かった。颯太は手すりに寄りかかって、空を見上げていた。
「柚葉、話があるんだ」
 颯太の声は、いつもより低くて、どこか遠い感じがした。私は嫌な予感がして、返事ができなかった。
「俺たち、なんとなく合わないと思うんだ」
 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。合わない——それは、別れようということだ。私は何か言い返そうとしたけど、言葉が出てこない。
「ごめん。でも、このままだと、お互いに辛いと思う」
 颯太は私の方を見なかった。ずっと空を見上げたまま、淡々と話している。私はその横顔を見つめながら、何を言えばいいのかわからなくて、ただ立ち尽くしていた。
「……うん、わかった」
 私が絞り出した言葉は、それだけだった。本当は「どうして?」と聞きたかった。「私、何か悪いことした?」と聞きたかった。でも、何も言えなかった。
「ごめん」
 颯太はもう一度謝って、屋上を出ていった。私は一人残されて、手すりに寄りかかりながら泣いた。
 それから半年。私は颯太のことを忘れようとしていたけど、忘れられない。校内ですれ違うたびに胸が痛くなって、放課後は颯太を見ないように図書室に逃げ込む日々が続いている。ここなら颯太に会わずに済む。ここなら、誰にも邪魔されずに本を読んでいられる。
 スマホが振動して、親友の美波からメッセージが届く。
『柚葉、今日も図書室? たまには一緒に帰ろうよ』
 私は短く返信する。
『ごめん、今日も本読んでる』
 美波は心配して声をかけてくれる。昨日も、一昨日も、「元気ない」「颯太くんのこと、まだ引きずってるでしょ」と言われた。でも、私は「大丈夫」と笑ってごまかす。本当は全然大丈夫じゃないのに。颯太のことを思い出すたびに胸が苦しくなるし、夜も眠れない日がある。でも、それを誰かに話す勇気がない。話したら、余計に辛くなる気がする。
 私はため息をついて、本棚の前に立った。何か読む本を探し始める。背表紙を眺めながら歩いていると、図書室の奥に「忘れ物コーナー」と書かれた古い棚があることに気づく。今まで気にしたことがなかったけど、そこには忘れ物が並んでいた。ペンケース、ハンカチ、消しゴム、定規——そして、ノートが五冊。
 ◇
 普通の大学ノート。表紙には何も書かれていない。私は何気なく一冊のノートを手に取って、パラパラとめくる。落とし主を確認するために名前を探そうと思ったのだが、表紙にも中にも名前は書かれていなかった。
 最初のページに、丁寧な字でこう書かれていた。
【国語ノート:言葉にしなかったこと】
 私は興味を持って読み始める。これは誰かの授業ノートだろうか。でも、タイトルが妙だ。「言葉にしなかったこと」——国語の授業で、そんなテーマを扱うだろうか。
 ページをめくると、箇条書きで文章が並んでいる。
■失敗①:告白が曖昧すぎた
・「好き」じゃなくて「気になる」と言った
・結果:「友達として?」と聞かれた
・学び:好きなら「好き」と言うべきだった
 私は息を呑む。これは——恋愛の失敗ノート? 誰かが自分の恋愛の失敗を記録しているノートだ。私は立ったまま、次のページをめくる。
■失敗②:LINEを既読スルーした
・忙しくて返信できなかった
・「後で返そう」と思って忘れた
・結果:「私のこと、どうでもいいんだね」と言われた
・学び:忙しくても「後で返す」の一言は送るべきだった
 胸がざわつく。これは、まるで颯太のことを書いているみたいだ。颯太もよくLINEを既読スルーしていた。私が「忙しいの?」と聞くと、「ごめん、忘れてた」と返ってくる。その度に、私は「大丈夫」と返していた。でも本当は、すごく寂しかった。
■失敗③:「なんでもいい」と言いすぎた
・デートの場所を決める時
・「君の好きなところでいいよ」と言った
・結果:「私ばっかり決めてる」と不満を持たれた
・学び:自分の意見も言うべきだった
 私はページをめくる手が止まらなくなった。次々と書かれている「失敗」が、私と颯太の関係と重なっていく。颯太も、デートの場所をいつも私に決めさせていた。「柚葉の好きなところでいいよ」と言って、自分の意見を言わない。最初は優しいと思っていたけど、途中から「なんで私ばっかり決めなきゃいけないの」と不満に思うようになった。
■失敗④:忙しさを理由に断った
・「今日、映画見に行かない?」と誘ってくれた
・サッカーの練習があって「ごめん、今日は無理」と答えた
・別の日も、また別の日も、同じように断った
・結果:誘ってくれなくなった
・学び:忙しくても、たまには予定を空けるべきだった
 ああ、これも覚えている。私が颯太を誘っても、いつも「サッカーがあるから」と断られた。三回、四回と断られて、私は誘うのをやめた。颯太は忙しいんだ、私が我慢すればいい——そう思っていた。
■失敗⑤:感謝の言葉を言わなかった
・試合の応援に来てくれた
・俺は「ありがとう」を言わなかった
・当たり前だと思っていた
・結果:「私、応援に来なくてもいいのかな」と不安になった
・学び:当たり前なんてない。ちゃんと感謝を伝えるべきだった
 私は窓際の席に戻って、ノートを読み続ける。外はもう暗くなり始めていて、サッカー部の練習も終わりに近づいているようだ。でも、私はノートから目を離せなかった。
■失敗⑥:変化に気づかなかった
・髪を切った
・俺は気づかなかった
・「髪、切ったんだけど……」と言っても、「ああ、そうなんだ」としか答えなかった
・結果:寂しそうな顔をした
・学び:相手の変化に気づくことは、相手を大切にしている証拠だった
 ああ、あの時。私は勇気を出して髪を切って、颯太に見てもらいたくて学校に行った。でも、颯太は全然気づいてくれなくて、私から言っても「そうなんだ」だけだった。すごく悲しかった。
■失敗⑦:「大丈夫」と嘘をついた
・本当は寂しかったのに「大丈夫」と言った
・結果:「あなたは強いから、私がいなくても平気だよね」と言われた
・学び:弱いところも見せるべきだった
 手が震える。心臓が激しく鳴り始める。これは偶然じゃない。このノートは、私との恋愛について書かれている。じゃあ、このノートを書いたのは——。
 私は慌ててノートの筆跡を確認する。丁寧な字で、でもどこか見覚えがある。この字、どこかで見たことがある。私は記憶を辿る。颯太の字? でも、確信が持てない。
 鞄の中を探る。颯太からもらった手紙——もう一年近く前、私の誕生日にくれた手紙を、私は今でも大切に持ち歩いている。捨てられなくて、鞄のポケットにずっと入れたままだ。
 手紙を取り出して、ノートと並べる。筆跡を比べる。
 似ている。いや、完全に一致している。
 このノートは、颯太が書いたものだ。颯太が、私との恋愛の失敗を記録したノート。
 胸が激しく鳴る。颯太も、あの時のことを振り返っていたんだ。反省して、記録して——。
 私はノートを抱きしめる。涙が溢れてきそうになって、慌てて目を拭う。図書室で泣くわけにはいかない。でも、涙は止まらなくて、私はノートを胸に抱えたまま俯いた。
 颯太も、私のことを考えていたんだ。別れた後も、あの時のことを振り返っていたんだ。
 私はノートをもう一度開いて、続きを読む。ページをめくるたび、颯太との思い出が蘇ってくる。付き合い始めた頃のこと。初めてのデートのこと。喧嘩したこと。仲直りしたこと。そして、別れたこと。
■失敗⑧:彼女の好きなものを覚えていなかった
・好きな食べ物は?
・好きな色は?
・好きな映画は?
・全部答えられなかった
・結果:彼女が「私のこと、ちゃんと見てくれてないんだね」と言った
・学び:相手のことを知ろうとする努力を怠っていた
■失敗⑨:約束を破った
・「今度の日曜、水族館行こうね」と約束した
・でも、サッカーの試合が入って行けなくなった
・「ごめん、また今度ね」とLINEした
・結果:彼女が「いつも後回しなんだね」と返信してきた
・学び:約束は守るべきだった。守れないなら、最初から約束すべきじゃなかった
 涙が溢れ続ける。それでも私は、ページをめくる手を止めない。国語ノートだけで二十ページ以上あって、全て「言葉にしなかったこと」の失敗が書かれている。
■失敗⑩:記念日を覚えていなかった
・付き合って3ヶ月の記念日
・彼女が「今日、何の日か知ってる?」と聞いた
・俺は「え? 何?」と答えた
・結果:彼女は悲しそうに「なんでもない」と言った
・学び:大切な日は覚えておくべきだった
■失敗⑪:「疲れてる」を言い訳にした
・サッカーの練習で疲れていた
・彼女が「今日、少し話したいことがあるんだけど」と言った
・俺は「ごめん、今日は疲れてるから明日でいい?」と言った
・結果:翌日、彼女は「もういいよ」と言った
・学び:大切な話は後回しにしてはいけなかった
■失敗⑫:彼女の不安に気づかなかった
・彼女が「私たち、このままで大丈夫かな」と言った
・俺は「大丈夫だよ」と軽く答えた
・でも、彼女の表情は不安そうだった
・結果:彼女の不安は消えなくて、どんどん大きくなった
・学び:相手の不安に、ちゃんと向き合うべきだった
 ページをめくるたび、胸が苦しくなる。颯太は、こんなにたくさんのことを覚えていたんだ。私との関係で起きた、小さな失敗の一つ一つを。
 そして、最後のページ。
■最大の失敗:別れを切り出した時
・「なんとなく合わない」と言った
・本当は「もっと話したい」「もっと一緒にいたい」と思っていた
・でも怖くて言えなかった
・彼女は「うん、わかった」と言った
・俺は「ごめん」と言った
・それだけで終わった
・学び:本当の気持ちを言うべきだった
・でも、もう遅い
 私は声を上げて泣きそうになって、慌てて口を押さえる。颯太も、本当は別れたくなかったんだ。でも、言えなかった。私と同じだ。私も、本当は別れたくなかった。でも「わかった」と言ってしまった。
 時計を見ると、もう六時を過ぎていた。図書室の閉館時間が近づいている。私はノートを閉じて、深呼吸をする。
 このノート、借りて帰りたい。家で、もう一度ゆっくり読みたい。
 私はノートを持って、図書委員のカウンターに向かった。カウンターには、図書委員の桐谷蓮が座っている。蓮は颯太と同じクラスで、サッカー部のマネージャーもしている。私とは挨拶程度しか話したことがないけど、真面目で優しい人だと聞いている。
「あの、忘れ物のノート、借りてもいいですか?」
 私が声をかけると、蓮は少し驚いた顔をする。
「あのノート? 誰のかわからないけど……まあ、いいんじゃない。忘れ物だし」
「ありがとうございます」
 私はノートを鞄に入れて、図書室を出る。廊下はもう誰もいなくて、静まり返っている。部活動も終わりに近づいていて、校舎全体が静かだ。
 昇降口で靴を履き替えて、校門へ向かう。外はもう暗くなっていて、街灯が点き始めている。校門を出ると、サッカー部の生徒たちが帰り支度をしているのが見える。その中に、颯太の姿があった。
 私は足を止める。颯太はまだ私に気づいていない。友達と笑いながら話していて、楽しそうだ。ユニフォーム姿の颯太は、昔と変わらない。私が好きだった、あの頃のまま。
 私は颯太に声をかけようかと思ったが、やめた。今、何を言えばいいのかわからない。「ノート、読んだよ」なんて言えるわけがない。
 私は颯太に気づかれないように、反対方向へ歩き出す。家までの道を急ぎ足で歩きながら、鞄の中のノートを意識する。このノートには、まだ続きがあるはずだ。颯太が書いた、私との失敗の記録。
 ◇
 家に着いて、玄関を開ける。
「ただいま」
「お帰り。遅かったわね」
 母親がリビングから顔を出す。エプロン姿で、夕食の準備をしているようだ。
「図書室で本読んでて」
「そう。夕飯、もうすぐできるから」
「うん」
 私は自分の部屋に入る。ベッドに座って、ノートを開く。さっき図書室では途中までしか読めなかった。続きを読もう。
 ページをめくると、また箇条書きで文章が並んでいる。
■失敗⑬:彼女の誕生日に何もあげなかった
・誕生日の一週間前に気づいた
・でも、何をあげればいいかわからなかった
・結局、当日に手紙だけ渡した
・結果:彼女は喜んでくれたけど、本当は何かプレゼントがほしかったはず
・学び:相手の好みを日頃から知っておくべきだった
■失敗⑭:彼女の話を最後まで聞かなかった
・彼女が「今日ね、学校でこんなことがあって……」と話し始めた
・俺は途中でスマホを見た
・彼女が「……聞いてる?」と聞いた
・俺は「聞いてる聞いてる」と答えた
・結果:彼女が話すのをやめた
・学び:相手の話は、ちゃんと最後まで聞くべきだった
 私は涙が溢れてくる。颯太は、こんなに細かいことまで覚えていたんだ。そして、反省していたんだ。
■失敗⑮:彼女の友達の名前を覚えていなかった
・彼女が「今日、美波とカフェに行ったんだ」と言った
・俺は「美波って誰だっけ?」と聞いた
・彼女が「……私の親友だよ。何度も話してるのに」と言った
・結果:彼女が「私の話、ちゃんと聞いてないんだね」と悲しそうにした
・学び:相手の大切な人のことは、覚えておくべきだった
 私はノートを読み続ける。颯太の反省が、ページいっぱいに書かれている。一つ一つが、私との思い出と結びついている。
 そして、最後から二番目のページ。
■失敗⑯:彼女が泣いているのに気づかなかった
・彼女の目が赤かった
・でも、俺は「どうしたの?」と聞かなかった
・結果:彼女は一人で辛さを抱えていた
・学び:相手の変化に気づいて、ちゃんと聞くべきだった
 ああ、あの時。私は家族のことで悩んでいて、一人で泣いていた。颯太に会った時、目が赤くなっていたけど、颯太は何も聞いてくれなかった。本当は話を聞いてほしかった。
 私は母親に呼ばれて、夕食を食べに行く。でも、食事の味がしない。颯太のノートのことで頭がいっぱいだった。
「柚葉、元気ないわね。何かあった?」
 母親が心配そうに聞いてくる。
「ううん、大丈夫」
 私はいつものように答える。「大丈夫」——この言葉、私はいつも使っている。本当は大丈夫じゃないのに。
 食事を終えて、私は部屋に戻った。ベッドに倒れ込んで、ノートを抱きしめる。颯太。颯太も、私と同じ気持ちだったんだ。
 私はスマホを取り出して、颯太とのLINEを開く。最後のやり取りは、半年前。別れた日のメッセージ。
『ごめん。でも、これでよかったと思う』
 颯太からのメッセージ。私は何も返信しなかった。
 今、何かメッセージを送ろうかと思ったが、やめた。何を送ればいいのかわからない。「ノート、読んだよ」なんて送れるわけがない。
 私はスマホを置いて、天井を見つめる。颯太は、あのノートを図書室に忘れたのだろうか。それとも、わざと置いていったのだろうか。
 答えはわからない。でも、一つだけわかることがある。颯太は、私との関係を大切に思っていた。だから、こんなに詳しく記録していた。
 私は起き上がって、机に向かう。ノートを開いて、最後のページを見る。そこには、何も書かれていない。
 私はペンを取って、何か書こうとして——やめた。まだ早い。まだ、颯太の気持ちを全部知っていない。
 図書室の忘れ物コーナーには、まだノートがあった。最初のページだけ他のノートも確認した。国語ノートの他に、数学ノート、理科ノート、社会ノート、そして白紙のノート。おそらく、全部颯太の物で間違いないだろう。
 私は決めた。明日、全部のノートを借りよう。颯太が書いた全てのノートを読もう。そして、あの時何が起きていたのか、全部知りたい。
 ◇
 翌日、私は学校に行くのが少しだけ楽しみだった。図書室に行って、残りのノートを借りる。颯太の気持ちを、もっと知りたい。
 教室に入ると、美波が駆け寄ってくる。
「柚葉、おはよう! なんか今日、ちょっと元気そうじゃない?」
「え? そうかな」
「うん。昨日までと顔が違う」
 美波は私の顔をじっと見つめる。
「何かいいことあった?」
 私は迷ったが、美波に全てを話すことにした。美波は私の幼馴染で、颯太との関係も全部知っている。もし誰かに相談するなら、美波しかいない。
 昼休み、私と美波は人気のない階段の踊り場で話した。私は国語ノートのことを全部話す。颯太の筆跡のこと。ノートに書かれている内容のこと。全て。
 美波は驚いた顔をする。
「それって……颯太くんが柚葉との失敗を書いてるってこと?」
「うん……」
「すごいじゃん! 颯太くんも反省してたんだ」
 美波は嬉しそうに笑う。でも、私は複雑な気持ちだった。
「でも、私も悪かったと思う」
「え?」
「私、颯太に本音を言わなかった。いつも『大丈夫』って言って、我慢してた」
 私は国語ノートの一部を美波に見せる。美波は真剣な顔で読んで、それから頷いた。
「それ、わかる。柚葉ってさ、いつも笑ってるけど、本当は我慢してることあるよね」
「……うん」
「でも、今からでも遅くないんじゃない?」
「え?」
「颯太くんに、本音を言うの。ノート読んだこと、話してみたら?」
 私は首を横に振る。
「無理だよ。今更、何を言えばいいの」
「『まだ好き』って言えばいいじゃん」
 美波の言葉に、私は顔が熱くなる。
「そんなこと……言えるわけないよ」
「なんで? 颯太くんだって、柚葉のこと考えてノート書いてたんでしょ? だったら、まだチャンスあるかもよ」
 私は何も言えなくなった。チャンス——本当に、あるんだろうか。
「それに、まだ他のノートもあるんでしょ? 全部読んでから考えてもいいんじゃない?」
「……そうだね」
 私は頷く。そうだ、まだ他のノートがある。全部読んでから、考えよう。

 午後の授業が終わって、私は真っ先に図書室に向かった。忘れ物コーナーを見ると、まだノートが残っている。
 私は全てのノートを手に取って、カウンターに向かう。蓮が不思議そうにこちらを見る。
「全部借りるの?」
「はい……読みたいので」
「そっか。まあ、誰も取りに来ないし、いいけど」
 蓮は貸出カードを作ってくれる。一冊ずつ、丁寧に日付印を押していく。
「これ、全部同じ人が書いたノートみたいだね」
「え?」
「筆跡、全部同じだから。しかも、内容が……なんていうか、恋愛のことっぽい」
 蓮は少し笑う。
「面白いノートだよね。こんなに真剣に恋愛の失敗を記録するなんて」
 私は何も言えなくて、ただ頷く。蓮は気づいているのだろうか。このノートが颯太のものだって。
「はい、どうぞ。返却期限は二週間後ね」
「ありがとうございます」
 私はノートを抱えて図書室を出る。廊下を歩きながら、ノートの重さを感じる。この中に、颯太の気持ちが全部詰まっている。
 昇降口で靴を履き替えて、校門へ向かう。外はまだ明るくて、部活動の声が聞こえてくる。
 私は五冊のノートを抱えて、家路につく。今日から、颯太の気持ちを全部読む。数学ノート、理科ノート、社会ノート——全部、読もう。
 そして、白紙のノートには、私も何か書こう。颯太への返事を。私の気持ちを。
 私はノートを抱きしめて、夕日の中を歩いていく。胸の奥が、少しだけ温かくなっている。
 颯太。私、まだあなたのこと、好きだよ。