四つ折りにされた紙を、ぴらっと広げてみる。
そこには『当たり』と書かれてあった。
わたしは自分の目を疑った。
目を閉じて、いったん深呼吸をして。
それから、もういちど見直してみた。
「あ、あれ……?」
なんど見ても、やっぱり同じ。
『当たり』って書いてある。
お、おかしいなあ……。
何かのまちがいじゃないだろうか。
すぐには信じられず、目をゴシゴシこすったり、パチパチまばたきをさせたりしているうちに。
「というわけで、うちのクラスの予餞会委員は、城山もも花さんに決定しましたー!」
学級委員の小林くんが、クラス中に響きわたるくらいの大きな声で、サッサと発表してしまった。
ちなみに予餞会とは、いわゆる“卒業生を送る会”のことだ。
生徒会が中心となって行なわれる学校行事であり、その準備にはとってもたくさんやることがあって、なかなか休めないし、いそがしいって聞いている。
できればやりたくなかった。
なのに、よりによって、のんびりやでおっちょこちょいなわたしが、予餞会の委員に選ばれてしまったんだ。しかも、三十二分の一の確率のくじ引きで。
「ええっ、ちょっと待って。わたし、まだやるって言ってないよ!」
おおいに焦ったわたしはすぐ、抗議の声をあげた。
だけど、その声は、
「ずるーい!」
「やだー!」
いっきにわいた、さけび声によって、あっというまにかき消されてしまった。
けんけんガクガク、ブーイングの嵐。
そのほとんどは、女の子たちからのものだった。
いきなりの集中砲火にビックリした。
知らなかった。
こんなにたくさん、予餞会委員をやりたがっている子がいるんだ。
だったら、よけい、わたしじゃなくてもいいような気がする……。
うん、そうだよ。
やりたくない人がシブシブやるより、やりたいと言ってくれている人に任せる方がだんぜんいいよね。
そう思って、
「あ、あの、よければ、くじ引き、やり直しでも……ね……?」
おそるおそる申しでようとしたら。
ダン!
小林くんは、机にコブシを乱暴にたたきつけた。
「うっせー! ずるいもやり直しもないの! どうせ、だれがなったって、文句でるだろーが! だったら、だれがなっても同じ! 収拾つけなきゃなんねーこっちの身にもなりやがれ!」
とたんに、あんなに騒がしかった教室は、水を打ったようにシーンと静かになった。
だれもが小林くんの啖呵にあ然としている。
彼はクラスのみんなに向かって睨みをきかせたあと、満足げに「よし」と言って、わたしをふり向いた。
「城山さん、あしたの放課後、さっそく集まりがあるからよろしくな」
うっ。
小林くん、口の端が上向きになっている。
笑顔の圧力とでも言うんだろうな。
何がなんでも、この結果をくつがえすつもりはないらしい。
「う……うん……わ、わかった……!」
わたしは抵抗をあきらめて、すごすごと引き下がるしかなかった。
*
放課後の清掃時間、校庭のすみっこで。
「あーあ、なんてくじ運がわるいんだろう……」
ため息をつきながら、竹ぼうきで落ち葉をはいていると。
同じクラスでいちばんの仲よし、大曽根美野里ちゃんがちりとりを手に寄ってきた。
「いっぱい集めたねー」
って、目を丸くする。
「へ?」
言われて足もとを見てみると、いつのまにか大きな枯れ葉の山が築かれていた。
「あ、えっと、ちょっと考えごとをしてたから……」
わたしは、美野里ちゃんが持ってきてくれたちりとりに落ち葉をはきいれた。
美野里ちゃんは、ちりとりの取っ手を持ったまま、わたしを見あげた。
「考えごと? どんな?」
「うん、わたしって世界一くじ運がわるい人間かもしれないなって……」
「そーお?」
「当たりたいときには当たらなくて、当たりたくないときには当たっちゃうんだよね。ふしぎなことに」
そうしたら、美野里ちゃんは、なんだろうって感じで首をかしげたあと、
「考えすぎだよ。たいてい、みんなそうだよ」
ポンポンとわたしの肩をやさしくたたいて、なぐさめてくれた。
「わたしね、いいこともわるいことも、一生のあいだ起きるのは半分ずつって、どっかで読んだことがあるよ」
美野里ちゃんは、読書家らしい発言をした。
「もしそれが本当だったら、これからはいいことがあるかな?」
「ぜったいそうだよ」
「そうだったらいいな……」
えへへ、と小さく笑う。
「ねえねえ、ももちゃん。そんなにイヤだったらさ、かわってあげようか? 予餞会委員」
わたしがしょんぼりしているわけに、美野里ちゃんは気づいていたみたい。
それはもう、めちゃくちゃうれしい申し出だった。
「美野里ちゃん……」
思わず、目がうるっとなっちゃった。
だからといって、ただ、それだけの理由でかわってもらうなんてこと、やっぱり気が進まないよ。公平にくじ引きで決まったのだ。わたしは、ただ、運がわるかっただけだし。
美野里ちゃんからの申し出を断ることにした。口をひらきかける。
すると、それよりはやく、美野里ちゃんは、わたしの手をガシッとにぎってきたんだ。
「ううん、ぜひ、かわりたい! だって、会長にお近づきになれるチャンスなんだもん!」
わたしは、きょとんとした。
「会長?」
どうして、ここで生徒会長がでてくるのかな。
などと、頭を悩ませるまでもない。
みちびきだされた答えは、ひとつしかなかった。
「美野里ちゃんも、会長のファンだったの?」
「うん、そうだよ。言ってなかったっけ?」
「えー、聞いてないよー」
「おかしいなあ。言ったと思ってた」
「ううん、ぜんぜん」
そんなやりとりが、まわりにも聞こえてしまったらしい。
近くではきそうじをしていた同じ班の子たちが、わあっと駆けよってきた。
「えー、いいなあ!」
「わたしもかわりたい!」
「ぬけがけ禁止!」
ひええ。
とんだことになってしまった。
できるものなら、わたしだって、だれかにかわってほしい。
けれど――。
脳裏に小林くんの顔が浮かんだ。
『うっせー! ずるいもやり直しもないの! どうせ、だれがなったって、文句でるだろーが! だったら、だれがなっても同じ! 収拾つけなきゃなんねーこっちの身にもなりやがれ!』
あの剣幕を思いだしたとたん、背筋がブルッとした。
わあっ、無理無理!
「あの、決まったことだし、やっぱり行くよ。これから居残りが多くなっちゃうし。申し訳ないもん……」
小林くんに怒られるかも、ってこともあるけど、こういう裏取引みたいなのもよくないものね。
そうしたら、みんなをゴカイさせてしまったみたい。
「そうだよね、城山さんだって会長たちに会いたいよね?」
「ゆずりたくない気持ちわかるよ。なんてたって、わが校のアイドルだもん」
「ねー?」
んんっ?
残念なことに、わたしの言い分はまちがって伝わってしまったらしい。
「そうだよ、ももちゃん。めちゃくちゃラッキーだよ!」
わわ、美野里ちゃんまで!
「あの、そうじゃなくて――」
みんなのゴカイを解こうと、口をひらきかけたときだ。
「あっ、あっち見て! 会長だ!」
同じ班の子がひとり、渡り廊下に向かって指をさす。
その声に、今ここにいるみんながいっせいに反応した。
指をさされた方向を見ると、渡り廊下のところに、ちょっとした人だかりができていた。
女の子たちの輪っかの中心に、彼女たちとなごやかに話をしている、背の高い男子がふたり。ネクタイの色で二年生だってひと目でわかる。
「キャー、ホントだ!」
「国竹会長、今日もカッコいい~!」
「わたしは、副会長の坂木センパイがいいな♡」
美野里ちゃんも、同じ班のみんなもそろって、目がハートマークだ。
わたしもいっしょに、上級生たちを観察した。
みんなが夢中になっちゃうのもわかるなあ。
国竹会長は黒髪で姿勢も正しく、メガネをかけているせいか、クールで少し近寄りがたい雰囲気。
一方、坂木副会長は栗色の髪に、いつもほほ笑みを絶やさず、やわらかな物腰だ。
並んで立っていると、まるで正反対のふたり。そこだけ、空気がちがっている。
どっちともカッコいい。
「ねえねえ、ももちゃんはどっち推し?」
とつぜん、美野里ちゃんが興味しんしんに聞いてきた。
「え?」
どっちもカッコいいとは思うけど、直接お話をしたことなんてもちろんないから。
ビジュアルと、雰囲気と、みんなからの話だけで判断するしかない。
「うーん、そうだなあ……」
美野里ちゃんは会長のファンだから、もし推しにするなら避けたほうがよさそうだな。
少し考えて、
「どっちかっていうと、副会長、のほうかな? 会長はなんか怖そう?」
って言ってみた。
美野里ちゃんは「へえー」と言ったあと、
「なんで語尾に、ハテナマークがついてるの?」
と、また質問をしてきた。
そこでわたしは、へラッと笑った。
「えへへ、よくわかんない。なんとなく?」
「もーう、ももちゃんってばー! 適当に話をあわせちゃって! そういう子は、おしおきです! くすぐってやるー!」
美野里ちゃんは言いおわるのと同時に、わたしの脇腹をくすぐってきた。
うひゃっ、くすぐったい!
「ごめーん、美野里ちゃーん!」
あまりのくすぐったさに、思わずあやまりながら逃げだした。
ホウキとちりとりを持ったまま、キャアキャアと鬼ごっこ。
バタバタ、走りまわっていたら。
「ひゃっ!」
地面のくぼみにつま先を引っかけたせいで転んでしまったんだ。
ひざに痛みが走って、思わずそのまま座りこむ。
「いったあ……」
「ももちゃん、だいじょうぶ!?」
美野里ちゃんが戻ってきて、わたしと同じ目線の高さにかがみこんだ。
「うん、なんとか……。心配かけてゴメンね」
と、笑いかけたら。
イヤホンを抜いたときのように、まわりの声がいっきに入ってきた。
「あーあ、転んじゃったの? 痛そうー」
「一年生? じゃれあっちゃって」
「かわいいんだー」
気づけば、走りまわっているうちに、上級生たちがいる渡り廊下に近づいてしまっていた。二年生たちがすぐ目の前にいて、わたしと美野里ちゃんを見てクスクス笑っている。
わわっ、国竹会長と坂木副会長まで!
女子のセンパイたちのようにあからさまな態度ではなかったけれど、ふたりとも口もとに笑みを浮かべているのがチラッと見えたんだ。
どどどっ、どうしよう!
こんなに大勢のセンパイたちに、子どもっぽいところを見られてしまって。
わー、恥ずかしい!
思わず、じゅわあっ、とほっぺが熱くなった。
となりを見ると、美野里ちゃんも顔が赤くなっている。
わたしもきっと、同じ顔をしているだろうな。
「え、ええと、そのう……うるさくして、すみませんでした……!」
とりあえずペコリと頭をさげて、美野里ちゃんのうでをつかむ。そして、
「美野里ちゃん、行こ!」
そのままダッシュして、ピューッとその場を逃げだした。
*
六時間目のホームルームがやっと終わった。
静かだった教室は、息を吹き返したかのように、にぎやかになった。
わたしも、ほかのみんなと同じように帰り支度をしていたら、例によって例のごとく、小林くんがやってきた。
片手を腰にあてて、すわっているわたしを見おろして、
「おい、ノンビリしてんなよ」
ボソッと言ってくる。
なんのことか、すぐにピンときた。
これから生徒会主催の予餞会委員の集まりがあるのだ。
「わかってるよ、今日からって覚えてるもん」
しゃべりながら手を動かして、机のなかのものをスクールバッグにしまう。
「わかってんならいいんだ。文句を言われるのは、おれだからな。頼むぞ、ぜったい出席してくれよ」
小林くんはそう言って念を押すと、自分の席へと戻っていった。
「………………」
わたしは小林くんの背中を見つめた。
グズグズしていたから声をかけてきたのかと思ったけれど。
変なの、まったく意味がわからない。
わたしが予餞会委員の集まりに出席しなかったら、どうして小林くんが文句を言われるんだろう。ふつう文句を言われるのは、この場合、委員であるわたしだよね?
んんー?
いくら首をひねって考えてもわからない。
そこへ、美野里ちゃんもやってきた。
「ももちゃん、いいの? 生徒会議室に行かなくて」
「え?」
教室の時計を見ると、集合時間である三時半をとっくに過ぎていた。
「わっ、いつのまに!?」
「ほらほら、はやく行きなよ。ますます遅れちゃうよ」
「う、うん!」
美野里ちゃんに急かされて、席を立つ。
「けど、行きにくいなあ。きのうのことがあるから……」
センパイたちに笑われたことを思いだしながら言うと。
「まだ気にしているの? だいじょうぶ、きっと覚えていないよ。下級生の顔なんて」
美野里ちゃんったら、あっさりしてる。
でも言われてみれば、そんな気がしてきたよ。
「そうだよね? 覚えてないよね?」
わたしがすがるような顔を見せたからだろうな。
美野里ちゃんは、わたしを安心させるように明るく笑った。
「うん、そうだよ。だから、ももちゃん。うちのクラスの代表としてがんばってきてね。会長の話、楽しみにしているから!」
わたしはやっと、ふに落ちた。
「なあんだ、励ましたりして……。ホントはそっちが目的なんだ」
美野里ちゃんは、「バレたか」と小さく笑った。それから「ゴメンね!」って、わたしを拝むように両手を合わせる。
わたしも「しょうがないなあ」って笑った。
「わかった。美野里ちゃんのためにも、できるだけがんばってくる!」
「うん、その調子だよ。ももちゃん、ファイト!」
「ありがと、またあしたね」
さよならのアイサツもそこそこに、わたしはスクバを持って教室を出ていった。
*
生徒会議室のとびらは、すでにピタッとかたく閉じられていた。
なかからは、だれかの話し声が聞こえてくる。
もう来ているひとがいるんだ。
どどどっ、どうしよう。もう始まっているんだ。
そう思ったとたん、胸が緊張でドキドキしだした。
初っぱなから遅れるなんてサイアクだよ。
こうなったら、正直にあやまりたおすしかないよね……。
どうするか覚悟を決めたあと、うしろのとびらをそっと開けて、猫背の姿勢でなかに入っていく。
「すみません、遅くなりました……!」
思いきって声をふりしぼったら、話し声がピタリとやんだ。
正面の長机の真ん中にすわっている国竹会長が、チラリと視線をあげて、するどい瞳でわたしを射抜く。
「……時間は守れ。きみひとりのために、全員の作業が止まっているんだ」
感情の読めない冷たい声。整った顔立ちは、まるで氷で作られた彫刻みたい。
美野里ちゃんの言っていた「憧れの王子様」とは程遠い、威圧感たっぷりの「皇帝」がそこにいたんだ。
「はやく席について。今後は遅れないように」
あたりまえだけど、事務的な口調だった。
整った顔の、その瞳には、何も感情はこもっていなかった。かたく真一文字に結ばれたくちびるにも。
美野里ちゃんの言うとおりだ。
きのう、鬼ごっこして転んじゃったわたしのこと、やっぱり覚えていないみたい。
ふうー、よかった。もし、覚えていたら、すごく恥ずかしいもん。
ひそかに胸をなでおろす。
そうしたら。
「まだ何か?」
国竹会長が首をかたむける。
あっ、こんなときだっていうのに、ワープしそうになっちゃった!
「は、はい! 本当にすみません! 以後、気をつけます!」
あわてて、会長から視線をはずす。
えーと、空いている席は……。
視線をさまよわせていると、
「一年三組さん、こっちこっち」
坂木副会長がニコニコと手招きしている。
「あ、はい!」
わたしは急いで、呼ばれたところへと向かった。
副会長のとなりの席がひとつ空いていた。
「ここ、いいよ」
って指をさされた。
「ここ、いいよ」って言われても……!
本当にいいのかな?
なんだか、まわりからの視線が痛い。とくに女の子たちからの視線が……!
けど、ここで断ってしまったら、「生意気な1年生」に見られ、もっと痛くなっちゃうかもしれない……。
だから、不本意ではあるけれど、
「え、と……よ、よろしくお願いします」
と言って、その席のイスを引いた。
「うん、よろしくね」
坂木副会長はニコッとほほ笑みかけてきた。
二重の瞳がスッキリとした、さわやかな笑顔だった。
こんなステキな笑顔が近くにあったら、特別な気持ちを持っていなくても、思わず見とれてしまうだろうなあ。
まるで、おとぎ話にでてくる王子さまみたいな笑顔だった。
氷の皇帝のような、どこかのだれかさんとはおおちがいだ。
王子さまのコスプレも、きっと、よくにあうにちがいない。なーんてね。ムフフ。
そんな想像をしているときだった。
「では以上の手順で、割り当てられた作業に入ってください!」
国竹会長の声がひときわ大きくなった。
上の空だったわたしは、その声にドキッとして、現実にひきもどされた。
いけない、見とれている場合じゃなかった。
気をシッカリ持って!
がんばって、遅刻した分を挽回しなければ……!
*
パチン、パチン。
ホチキスで冊子をつくる作業中。
ほかのみんなは先に終わらせて、「おつかれー」って次から次へと帰っていく。
気づけば、会議室に残っているのは、わたしと会長と副会長の三人だけ……。
ちょっと、ようすをうかがってみると。
坂木副会長が退屈そうに、ふわあ、とあくびしている。
国竹会長はというと、メガネのレンズを光らせながら、なぜかこっちを見ていた。
わたしは、その視線を受けて、背筋が縮みあがった。
ひいいっ。
会長、怒ってる……!
はやく、はやくしなくちゃ!
わたしは姿勢をただし、作業の続きに取り組んだ。
けれども、焦るばかりでいっこうに進まない。ホチキスの場所はずれちゃってるし、わたしに割り当てられた分だけ、未処理のまま、まだまだ残っている。
挽回するどころか、墓穴を掘っている状態だ。おまけに、
「いたっ!」
紙で親指の先を切ってしまった。
すると、会長が急に立って、わたしのところにスタスタとやってきた。
「やる気がないなら、今すぐ代わりの人間を探してこい。時間の無駄だ」
ビクッ。
「そんなに難しいことなら、ほかのだれかに替わってもらうか?」
また、メガネのレンズがキラリーンと光る。
「あ、あっ、あっ! すっ、すみません!」
申し訳なさすぎて、わたしはガバッと頭をさげた。
「よく言われるんです、鈍くさいって」
自分でもわかってるんだ。なんにもできないお荷物だって。小さいころからずっと言われていた。
でも、しょうがないじゃない。
くじ引きで当たったんだもん。好きで来たわけじゃないんだもん。
けど、けど。
だからって、言われっぱなしなのはくやしい!
「だいじょうぶです。ちゃんと、自分の分はやっていきます。どれだけ時間がかかっても……!」
「じゃ、ノルマをこなせるんだな?」
「がんばります!」
「ふうん、がんばるね……」
はっ!
わーん! わたしってば〜!
会長はわたしの鈍くささが気に入らないって言ってるのに……!
そのまま自分のつま先に視線を落としていたら。
「いい加減にしろよ、総司」
坂木副会長が、あきれたように口を挟んだ。
そして、つづけておどろくことを口にしたんだ。
「そんなつり目でにらんだら、もも花ちゃんが怖がるだろ。おまえ、さっきから彼女が指をケガしないかハラハラして見てたくせに」
――え。
おどろいてパッと顔をあげたら、国竹会長と目があった。
その瞬間、会長の顔は、みるみる真っ赤になった。
「っ、おまえ……!」
副会長に向かって声をあらげる。
「……ああ、そうだよ。不器用すぎて見ていられないだけだ!」
投げ捨てるように言って席に戻る会長の背中を見て、私はポカンとしてしまった。
「ゴメンねー、あいつ口ベタでさ。通訳がいるんだよねー」
坂木副会長がニヤニヤしながら小声で言った。
「はあ」
「じつはね」
と、急にささやき声が低くなる。
「あいつも、むかし疲労骨折で大変だったときがあったから、気になっただけだと思うよ」
「疲労骨折……」
病気やケガの知識にうといわたしでも、どこかで聞いたことがある言葉だった。
「あいつ、小1のころからサッカーやっててね、練習のしすぎで足を痛めたこともあったんだ」
やっと、ことの次第がのみこめて、「あっ」と気づいた。
もしかして、怒っていたんじゃなくて、心配していたの……?
それなのに、わたしときたら……。
ガタッと、イスをうしろに倒すような勢いで立ちあがる。
「心配かけて、すみませんでした!」
けれども、会長はこっちを見てくれなかった。
自分の作業に没頭しているような感じで、ノートパソコンとにらめっこしている。
そのまま画面から目を離さずに、ボソッとひと言。
「いいから仕事の続き」
「あ、はい……」
わたしは再び、イスに腰を下ろした。
気になってしかたなかった。
国竹会長って、どんなひとなんだろう。
結局わたしの作業が終わるまで、仕事をしながらずっといてくれたし(坂木副会長は居眠りしていた)。
てっきり怖いひとって思ってしまったけれど、じつはちがうみたい。
本当はやさしいひと、だったりするのかな……?
そこには『当たり』と書かれてあった。
わたしは自分の目を疑った。
目を閉じて、いったん深呼吸をして。
それから、もういちど見直してみた。
「あ、あれ……?」
なんど見ても、やっぱり同じ。
『当たり』って書いてある。
お、おかしいなあ……。
何かのまちがいじゃないだろうか。
すぐには信じられず、目をゴシゴシこすったり、パチパチまばたきをさせたりしているうちに。
「というわけで、うちのクラスの予餞会委員は、城山もも花さんに決定しましたー!」
学級委員の小林くんが、クラス中に響きわたるくらいの大きな声で、サッサと発表してしまった。
ちなみに予餞会とは、いわゆる“卒業生を送る会”のことだ。
生徒会が中心となって行なわれる学校行事であり、その準備にはとってもたくさんやることがあって、なかなか休めないし、いそがしいって聞いている。
できればやりたくなかった。
なのに、よりによって、のんびりやでおっちょこちょいなわたしが、予餞会の委員に選ばれてしまったんだ。しかも、三十二分の一の確率のくじ引きで。
「ええっ、ちょっと待って。わたし、まだやるって言ってないよ!」
おおいに焦ったわたしはすぐ、抗議の声をあげた。
だけど、その声は、
「ずるーい!」
「やだー!」
いっきにわいた、さけび声によって、あっというまにかき消されてしまった。
けんけんガクガク、ブーイングの嵐。
そのほとんどは、女の子たちからのものだった。
いきなりの集中砲火にビックリした。
知らなかった。
こんなにたくさん、予餞会委員をやりたがっている子がいるんだ。
だったら、よけい、わたしじゃなくてもいいような気がする……。
うん、そうだよ。
やりたくない人がシブシブやるより、やりたいと言ってくれている人に任せる方がだんぜんいいよね。
そう思って、
「あ、あの、よければ、くじ引き、やり直しでも……ね……?」
おそるおそる申しでようとしたら。
ダン!
小林くんは、机にコブシを乱暴にたたきつけた。
「うっせー! ずるいもやり直しもないの! どうせ、だれがなったって、文句でるだろーが! だったら、だれがなっても同じ! 収拾つけなきゃなんねーこっちの身にもなりやがれ!」
とたんに、あんなに騒がしかった教室は、水を打ったようにシーンと静かになった。
だれもが小林くんの啖呵にあ然としている。
彼はクラスのみんなに向かって睨みをきかせたあと、満足げに「よし」と言って、わたしをふり向いた。
「城山さん、あしたの放課後、さっそく集まりがあるからよろしくな」
うっ。
小林くん、口の端が上向きになっている。
笑顔の圧力とでも言うんだろうな。
何がなんでも、この結果をくつがえすつもりはないらしい。
「う……うん……わ、わかった……!」
わたしは抵抗をあきらめて、すごすごと引き下がるしかなかった。
*
放課後の清掃時間、校庭のすみっこで。
「あーあ、なんてくじ運がわるいんだろう……」
ため息をつきながら、竹ぼうきで落ち葉をはいていると。
同じクラスでいちばんの仲よし、大曽根美野里ちゃんがちりとりを手に寄ってきた。
「いっぱい集めたねー」
って、目を丸くする。
「へ?」
言われて足もとを見てみると、いつのまにか大きな枯れ葉の山が築かれていた。
「あ、えっと、ちょっと考えごとをしてたから……」
わたしは、美野里ちゃんが持ってきてくれたちりとりに落ち葉をはきいれた。
美野里ちゃんは、ちりとりの取っ手を持ったまま、わたしを見あげた。
「考えごと? どんな?」
「うん、わたしって世界一くじ運がわるい人間かもしれないなって……」
「そーお?」
「当たりたいときには当たらなくて、当たりたくないときには当たっちゃうんだよね。ふしぎなことに」
そうしたら、美野里ちゃんは、なんだろうって感じで首をかしげたあと、
「考えすぎだよ。たいてい、みんなそうだよ」
ポンポンとわたしの肩をやさしくたたいて、なぐさめてくれた。
「わたしね、いいこともわるいことも、一生のあいだ起きるのは半分ずつって、どっかで読んだことがあるよ」
美野里ちゃんは、読書家らしい発言をした。
「もしそれが本当だったら、これからはいいことがあるかな?」
「ぜったいそうだよ」
「そうだったらいいな……」
えへへ、と小さく笑う。
「ねえねえ、ももちゃん。そんなにイヤだったらさ、かわってあげようか? 予餞会委員」
わたしがしょんぼりしているわけに、美野里ちゃんは気づいていたみたい。
それはもう、めちゃくちゃうれしい申し出だった。
「美野里ちゃん……」
思わず、目がうるっとなっちゃった。
だからといって、ただ、それだけの理由でかわってもらうなんてこと、やっぱり気が進まないよ。公平にくじ引きで決まったのだ。わたしは、ただ、運がわるかっただけだし。
美野里ちゃんからの申し出を断ることにした。口をひらきかける。
すると、それよりはやく、美野里ちゃんは、わたしの手をガシッとにぎってきたんだ。
「ううん、ぜひ、かわりたい! だって、会長にお近づきになれるチャンスなんだもん!」
わたしは、きょとんとした。
「会長?」
どうして、ここで生徒会長がでてくるのかな。
などと、頭を悩ませるまでもない。
みちびきだされた答えは、ひとつしかなかった。
「美野里ちゃんも、会長のファンだったの?」
「うん、そうだよ。言ってなかったっけ?」
「えー、聞いてないよー」
「おかしいなあ。言ったと思ってた」
「ううん、ぜんぜん」
そんなやりとりが、まわりにも聞こえてしまったらしい。
近くではきそうじをしていた同じ班の子たちが、わあっと駆けよってきた。
「えー、いいなあ!」
「わたしもかわりたい!」
「ぬけがけ禁止!」
ひええ。
とんだことになってしまった。
できるものなら、わたしだって、だれかにかわってほしい。
けれど――。
脳裏に小林くんの顔が浮かんだ。
『うっせー! ずるいもやり直しもないの! どうせ、だれがなったって、文句でるだろーが! だったら、だれがなっても同じ! 収拾つけなきゃなんねーこっちの身にもなりやがれ!』
あの剣幕を思いだしたとたん、背筋がブルッとした。
わあっ、無理無理!
「あの、決まったことだし、やっぱり行くよ。これから居残りが多くなっちゃうし。申し訳ないもん……」
小林くんに怒られるかも、ってこともあるけど、こういう裏取引みたいなのもよくないものね。
そうしたら、みんなをゴカイさせてしまったみたい。
「そうだよね、城山さんだって会長たちに会いたいよね?」
「ゆずりたくない気持ちわかるよ。なんてたって、わが校のアイドルだもん」
「ねー?」
んんっ?
残念なことに、わたしの言い分はまちがって伝わってしまったらしい。
「そうだよ、ももちゃん。めちゃくちゃラッキーだよ!」
わわ、美野里ちゃんまで!
「あの、そうじゃなくて――」
みんなのゴカイを解こうと、口をひらきかけたときだ。
「あっ、あっち見て! 会長だ!」
同じ班の子がひとり、渡り廊下に向かって指をさす。
その声に、今ここにいるみんながいっせいに反応した。
指をさされた方向を見ると、渡り廊下のところに、ちょっとした人だかりができていた。
女の子たちの輪っかの中心に、彼女たちとなごやかに話をしている、背の高い男子がふたり。ネクタイの色で二年生だってひと目でわかる。
「キャー、ホントだ!」
「国竹会長、今日もカッコいい~!」
「わたしは、副会長の坂木センパイがいいな♡」
美野里ちゃんも、同じ班のみんなもそろって、目がハートマークだ。
わたしもいっしょに、上級生たちを観察した。
みんなが夢中になっちゃうのもわかるなあ。
国竹会長は黒髪で姿勢も正しく、メガネをかけているせいか、クールで少し近寄りがたい雰囲気。
一方、坂木副会長は栗色の髪に、いつもほほ笑みを絶やさず、やわらかな物腰だ。
並んで立っていると、まるで正反対のふたり。そこだけ、空気がちがっている。
どっちともカッコいい。
「ねえねえ、ももちゃんはどっち推し?」
とつぜん、美野里ちゃんが興味しんしんに聞いてきた。
「え?」
どっちもカッコいいとは思うけど、直接お話をしたことなんてもちろんないから。
ビジュアルと、雰囲気と、みんなからの話だけで判断するしかない。
「うーん、そうだなあ……」
美野里ちゃんは会長のファンだから、もし推しにするなら避けたほうがよさそうだな。
少し考えて、
「どっちかっていうと、副会長、のほうかな? 会長はなんか怖そう?」
って言ってみた。
美野里ちゃんは「へえー」と言ったあと、
「なんで語尾に、ハテナマークがついてるの?」
と、また質問をしてきた。
そこでわたしは、へラッと笑った。
「えへへ、よくわかんない。なんとなく?」
「もーう、ももちゃんってばー! 適当に話をあわせちゃって! そういう子は、おしおきです! くすぐってやるー!」
美野里ちゃんは言いおわるのと同時に、わたしの脇腹をくすぐってきた。
うひゃっ、くすぐったい!
「ごめーん、美野里ちゃーん!」
あまりのくすぐったさに、思わずあやまりながら逃げだした。
ホウキとちりとりを持ったまま、キャアキャアと鬼ごっこ。
バタバタ、走りまわっていたら。
「ひゃっ!」
地面のくぼみにつま先を引っかけたせいで転んでしまったんだ。
ひざに痛みが走って、思わずそのまま座りこむ。
「いったあ……」
「ももちゃん、だいじょうぶ!?」
美野里ちゃんが戻ってきて、わたしと同じ目線の高さにかがみこんだ。
「うん、なんとか……。心配かけてゴメンね」
と、笑いかけたら。
イヤホンを抜いたときのように、まわりの声がいっきに入ってきた。
「あーあ、転んじゃったの? 痛そうー」
「一年生? じゃれあっちゃって」
「かわいいんだー」
気づけば、走りまわっているうちに、上級生たちがいる渡り廊下に近づいてしまっていた。二年生たちがすぐ目の前にいて、わたしと美野里ちゃんを見てクスクス笑っている。
わわっ、国竹会長と坂木副会長まで!
女子のセンパイたちのようにあからさまな態度ではなかったけれど、ふたりとも口もとに笑みを浮かべているのがチラッと見えたんだ。
どどどっ、どうしよう!
こんなに大勢のセンパイたちに、子どもっぽいところを見られてしまって。
わー、恥ずかしい!
思わず、じゅわあっ、とほっぺが熱くなった。
となりを見ると、美野里ちゃんも顔が赤くなっている。
わたしもきっと、同じ顔をしているだろうな。
「え、ええと、そのう……うるさくして、すみませんでした……!」
とりあえずペコリと頭をさげて、美野里ちゃんのうでをつかむ。そして、
「美野里ちゃん、行こ!」
そのままダッシュして、ピューッとその場を逃げだした。
*
六時間目のホームルームがやっと終わった。
静かだった教室は、息を吹き返したかのように、にぎやかになった。
わたしも、ほかのみんなと同じように帰り支度をしていたら、例によって例のごとく、小林くんがやってきた。
片手を腰にあてて、すわっているわたしを見おろして、
「おい、ノンビリしてんなよ」
ボソッと言ってくる。
なんのことか、すぐにピンときた。
これから生徒会主催の予餞会委員の集まりがあるのだ。
「わかってるよ、今日からって覚えてるもん」
しゃべりながら手を動かして、机のなかのものをスクールバッグにしまう。
「わかってんならいいんだ。文句を言われるのは、おれだからな。頼むぞ、ぜったい出席してくれよ」
小林くんはそう言って念を押すと、自分の席へと戻っていった。
「………………」
わたしは小林くんの背中を見つめた。
グズグズしていたから声をかけてきたのかと思ったけれど。
変なの、まったく意味がわからない。
わたしが予餞会委員の集まりに出席しなかったら、どうして小林くんが文句を言われるんだろう。ふつう文句を言われるのは、この場合、委員であるわたしだよね?
んんー?
いくら首をひねって考えてもわからない。
そこへ、美野里ちゃんもやってきた。
「ももちゃん、いいの? 生徒会議室に行かなくて」
「え?」
教室の時計を見ると、集合時間である三時半をとっくに過ぎていた。
「わっ、いつのまに!?」
「ほらほら、はやく行きなよ。ますます遅れちゃうよ」
「う、うん!」
美野里ちゃんに急かされて、席を立つ。
「けど、行きにくいなあ。きのうのことがあるから……」
センパイたちに笑われたことを思いだしながら言うと。
「まだ気にしているの? だいじょうぶ、きっと覚えていないよ。下級生の顔なんて」
美野里ちゃんったら、あっさりしてる。
でも言われてみれば、そんな気がしてきたよ。
「そうだよね? 覚えてないよね?」
わたしがすがるような顔を見せたからだろうな。
美野里ちゃんは、わたしを安心させるように明るく笑った。
「うん、そうだよ。だから、ももちゃん。うちのクラスの代表としてがんばってきてね。会長の話、楽しみにしているから!」
わたしはやっと、ふに落ちた。
「なあんだ、励ましたりして……。ホントはそっちが目的なんだ」
美野里ちゃんは、「バレたか」と小さく笑った。それから「ゴメンね!」って、わたしを拝むように両手を合わせる。
わたしも「しょうがないなあ」って笑った。
「わかった。美野里ちゃんのためにも、できるだけがんばってくる!」
「うん、その調子だよ。ももちゃん、ファイト!」
「ありがと、またあしたね」
さよならのアイサツもそこそこに、わたしはスクバを持って教室を出ていった。
*
生徒会議室のとびらは、すでにピタッとかたく閉じられていた。
なかからは、だれかの話し声が聞こえてくる。
もう来ているひとがいるんだ。
どどどっ、どうしよう。もう始まっているんだ。
そう思ったとたん、胸が緊張でドキドキしだした。
初っぱなから遅れるなんてサイアクだよ。
こうなったら、正直にあやまりたおすしかないよね……。
どうするか覚悟を決めたあと、うしろのとびらをそっと開けて、猫背の姿勢でなかに入っていく。
「すみません、遅くなりました……!」
思いきって声をふりしぼったら、話し声がピタリとやんだ。
正面の長机の真ん中にすわっている国竹会長が、チラリと視線をあげて、するどい瞳でわたしを射抜く。
「……時間は守れ。きみひとりのために、全員の作業が止まっているんだ」
感情の読めない冷たい声。整った顔立ちは、まるで氷で作られた彫刻みたい。
美野里ちゃんの言っていた「憧れの王子様」とは程遠い、威圧感たっぷりの「皇帝」がそこにいたんだ。
「はやく席について。今後は遅れないように」
あたりまえだけど、事務的な口調だった。
整った顔の、その瞳には、何も感情はこもっていなかった。かたく真一文字に結ばれたくちびるにも。
美野里ちゃんの言うとおりだ。
きのう、鬼ごっこして転んじゃったわたしのこと、やっぱり覚えていないみたい。
ふうー、よかった。もし、覚えていたら、すごく恥ずかしいもん。
ひそかに胸をなでおろす。
そうしたら。
「まだ何か?」
国竹会長が首をかたむける。
あっ、こんなときだっていうのに、ワープしそうになっちゃった!
「は、はい! 本当にすみません! 以後、気をつけます!」
あわてて、会長から視線をはずす。
えーと、空いている席は……。
視線をさまよわせていると、
「一年三組さん、こっちこっち」
坂木副会長がニコニコと手招きしている。
「あ、はい!」
わたしは急いで、呼ばれたところへと向かった。
副会長のとなりの席がひとつ空いていた。
「ここ、いいよ」
って指をさされた。
「ここ、いいよ」って言われても……!
本当にいいのかな?
なんだか、まわりからの視線が痛い。とくに女の子たちからの視線が……!
けど、ここで断ってしまったら、「生意気な1年生」に見られ、もっと痛くなっちゃうかもしれない……。
だから、不本意ではあるけれど、
「え、と……よ、よろしくお願いします」
と言って、その席のイスを引いた。
「うん、よろしくね」
坂木副会長はニコッとほほ笑みかけてきた。
二重の瞳がスッキリとした、さわやかな笑顔だった。
こんなステキな笑顔が近くにあったら、特別な気持ちを持っていなくても、思わず見とれてしまうだろうなあ。
まるで、おとぎ話にでてくる王子さまみたいな笑顔だった。
氷の皇帝のような、どこかのだれかさんとはおおちがいだ。
王子さまのコスプレも、きっと、よくにあうにちがいない。なーんてね。ムフフ。
そんな想像をしているときだった。
「では以上の手順で、割り当てられた作業に入ってください!」
国竹会長の声がひときわ大きくなった。
上の空だったわたしは、その声にドキッとして、現実にひきもどされた。
いけない、見とれている場合じゃなかった。
気をシッカリ持って!
がんばって、遅刻した分を挽回しなければ……!
*
パチン、パチン。
ホチキスで冊子をつくる作業中。
ほかのみんなは先に終わらせて、「おつかれー」って次から次へと帰っていく。
気づけば、会議室に残っているのは、わたしと会長と副会長の三人だけ……。
ちょっと、ようすをうかがってみると。
坂木副会長が退屈そうに、ふわあ、とあくびしている。
国竹会長はというと、メガネのレンズを光らせながら、なぜかこっちを見ていた。
わたしは、その視線を受けて、背筋が縮みあがった。
ひいいっ。
会長、怒ってる……!
はやく、はやくしなくちゃ!
わたしは姿勢をただし、作業の続きに取り組んだ。
けれども、焦るばかりでいっこうに進まない。ホチキスの場所はずれちゃってるし、わたしに割り当てられた分だけ、未処理のまま、まだまだ残っている。
挽回するどころか、墓穴を掘っている状態だ。おまけに、
「いたっ!」
紙で親指の先を切ってしまった。
すると、会長が急に立って、わたしのところにスタスタとやってきた。
「やる気がないなら、今すぐ代わりの人間を探してこい。時間の無駄だ」
ビクッ。
「そんなに難しいことなら、ほかのだれかに替わってもらうか?」
また、メガネのレンズがキラリーンと光る。
「あ、あっ、あっ! すっ、すみません!」
申し訳なさすぎて、わたしはガバッと頭をさげた。
「よく言われるんです、鈍くさいって」
自分でもわかってるんだ。なんにもできないお荷物だって。小さいころからずっと言われていた。
でも、しょうがないじゃない。
くじ引きで当たったんだもん。好きで来たわけじゃないんだもん。
けど、けど。
だからって、言われっぱなしなのはくやしい!
「だいじょうぶです。ちゃんと、自分の分はやっていきます。どれだけ時間がかかっても……!」
「じゃ、ノルマをこなせるんだな?」
「がんばります!」
「ふうん、がんばるね……」
はっ!
わーん! わたしってば〜!
会長はわたしの鈍くささが気に入らないって言ってるのに……!
そのまま自分のつま先に視線を落としていたら。
「いい加減にしろよ、総司」
坂木副会長が、あきれたように口を挟んだ。
そして、つづけておどろくことを口にしたんだ。
「そんなつり目でにらんだら、もも花ちゃんが怖がるだろ。おまえ、さっきから彼女が指をケガしないかハラハラして見てたくせに」
――え。
おどろいてパッと顔をあげたら、国竹会長と目があった。
その瞬間、会長の顔は、みるみる真っ赤になった。
「っ、おまえ……!」
副会長に向かって声をあらげる。
「……ああ、そうだよ。不器用すぎて見ていられないだけだ!」
投げ捨てるように言って席に戻る会長の背中を見て、私はポカンとしてしまった。
「ゴメンねー、あいつ口ベタでさ。通訳がいるんだよねー」
坂木副会長がニヤニヤしながら小声で言った。
「はあ」
「じつはね」
と、急にささやき声が低くなる。
「あいつも、むかし疲労骨折で大変だったときがあったから、気になっただけだと思うよ」
「疲労骨折……」
病気やケガの知識にうといわたしでも、どこかで聞いたことがある言葉だった。
「あいつ、小1のころからサッカーやっててね、練習のしすぎで足を痛めたこともあったんだ」
やっと、ことの次第がのみこめて、「あっ」と気づいた。
もしかして、怒っていたんじゃなくて、心配していたの……?
それなのに、わたしときたら……。
ガタッと、イスをうしろに倒すような勢いで立ちあがる。
「心配かけて、すみませんでした!」
けれども、会長はこっちを見てくれなかった。
自分の作業に没頭しているような感じで、ノートパソコンとにらめっこしている。
そのまま画面から目を離さずに、ボソッとひと言。
「いいから仕事の続き」
「あ、はい……」
わたしは再び、イスに腰を下ろした。
気になってしかたなかった。
国竹会長って、どんなひとなんだろう。
結局わたしの作業が終わるまで、仕事をしながらずっといてくれたし(坂木副会長は居眠りしていた)。
てっきり怖いひとって思ってしまったけれど、じつはちがうみたい。
本当はやさしいひと、だったりするのかな……?

