恋、ときどき、嵐

―新学期

二年に進級となると一年前よりは緊張感もなく、着崩すことにも慣れた制服に袖を通すといつもよりも早く家を出た。
電車に揺られながら、仲のいい友達は同じクラスだろうかとか、太陽とも同じクラスになれたらいいなとか、考えながら電車の吊革を掴み、窓の外へ目を向ける。

私たちの通う学校は中高一貫校の都内でも有数の私立高校だ。
中学受験をしようと決意したのも、太陽がこの学校を受けることを知ったから。
当初、担任からも無理でしょうと言われた程度の学力だったのだが、恋の力とは舐められないもので、太陽を追いかける為ならば何だってできた。
それほど、私は長い間、彼へ恋をしていた。
太陽のようにキラキラしていて、それでいて誰とでも仲良くなれる。
頭も良く、運動神経も良く、常にクラスの中心人物だった。
彼に憧れて、学級委員長に立候補したことも多々あった。
中学に入学しても、成績を学年で三十位以内をキープしているのも、彼と対等になりたいからだった。
昇降口を抜けて、廊下を歩いていると、背後から肩を叩かれた。
振り返ると、そこには太陽がいた。

「うわ!お、おはよう」
「おはよう。何組かなー、一緒のクラスだといいね」
「そうだね!あ、そういえばこの間はごめんね。せっかく誘ってくれたのに、待ち合わせ時間に遅れてしまって」
「いいんだよ。全然気にしてないから」

春休みのあの日のことを思い出しながら、両手を合わせ、再度謝罪した。
あの金髪の男の子と出会ったあの日、だ。
結局、あの日は待ち合わせ時刻に遅れてしまったのだが、太陽は嫌な顔もせずに私に手を振ってくれた。

(…いい人すぎるんだよなぁ)

怒りという感情を持ち合わせていないのではないかと思うほどに、彼はいつも温和だ。
そんな彼と一緒にいると私の心も自然に穏やかになるのだ。
人だかりの前で足が止まる。

「あ、俺、三組だ」
「私も!」
「同じだ、やった」

爽やかにそう言って見せると、黒髪から覗く綺麗な二重の目が私を映した。
キュン、と心臓が早鐘を打つのを隠すようにすぐに視線を逸らすと、私たちは三組に向かって歩き出した。
すると、後ろから私と太陽を呼ぶ声がした。
私は直ぐに体の向きを変えて名前を呼び返した。

「ひまり!おはよう!」
「おはよう~!ね、何組だった?」
「三組だよ!同じ!ひまりの名前も見つけて安心した」
「本当?嬉しいなぁ」

後ろから小走りでこちらへ向かってきた人物は私の親友だ。
小学生のころからずっと同じクラスで、ずっと仲のいい親友だ。
彼女は河野ひまり。ゆるふわのパーマの掛かったセミロング髪が彼女の雰囲気のぴったりで、お人形のように顔のパーツが完璧で、日本人離れしたその容姿は男女関係なく惚れ惚れする。いつ見てもくりくりの大きな瞳で見つめられると、女の自分でもドキッとする。
親友であるひまりと二年生になっても同じクラスなのは嬉しいし、心強い。

「良かったね、太陽君も一緒のクラスで」

こそっと耳打ちしたひまりに私は小刻みに顎を上下させた。
ひまりは私の想い人である太陽のことをもちろん知っている。
彼女はいつも私を応援してくれている。ちなみに、私が太陽のことを好きなことはひまり以外には伝えていない。それほど、彼女とは仲がいい。
三人で教室に入ると、
「太陽~おはよう!まーたお前と一緒のクラスかよ」
「なんだよ、いいだろ」
直ぐに太陽に声が掛けられていた。
彼のことを知らない人はこの学年にはいないだろう。
上級生にも“一年生に爽やかなイケメンがいる”と噂になるほどなのだ。
男女関係なく、彼は皆に認知されている。
既に席は決められているようで、黒板に大きく座席表が貼りだされている。
太陽は友達からこっち!と手招きされていて、そこへ向かった。
その背中を見ながら、いつか彼にも好きな人が出来て、いつか誰かのものになってしまうのかもしれないと思ったら、心がざわついた。
でも、彼が私へ向ける目は、平等で、“特別”なそれではないことは明白だ。

「ねぇ!太陽君と同じクラスだ!やった!」
「かっこいいよねぇ」

そんな声が私の耳に入ってくるが、思わず同調してしまいそうになる。

「大丈夫だよ。太陽君とお似合いなのは、伊吹でしょ?」
「そんなことないって!私はぜーんぜん、見向きもされてないよ」
「そう?太陽君、伊吹と一緒にいるときが一番楽しそうよ」

ひまりは優しいなぁ、と言いながら、まんざらでもないという表情を浮かべて、窓際の席に座った。
ラッキーなことに私は窓際の一番後ろの席だった。
ひまりは中央あたりの席だった。

私は、椅子を引いてそこに座ると、鞄を机の横にかけた。
明日から三日間はテストがあるから、時間があれば勉強をしている子もちらほら目に映る。
私も単語帳でも開こうかと既にボロボロになりかけているそれを取り出すとパラパラと開いた。
目で単語を追うがなかなか頭に入ってこないのは、太陽の声が聞こえてくるからだ。
たまに男子が話している“可愛い子は?”とか“付き合いたい子は?”という話題になると、どうしても耳がそちらに集中して、太陽に今好きな子がいるのかなど、情報を集めたくなるのだが決まって太陽はそう言う子はいないという。
みんな可愛いじゃん、とかそういうふうに話を逸らしている。
私なりの分析では、そういう事をいうということは、逆に“好きな子”がいると思っている。

(…いつか誰かの“特別”になっちゃうのかなぁ)

太陽と仲がいいことは自負している。
他の女子よりも仲はいいと思う。でも、それは決して特別という意味の仲がいいということではない。
だから最近は女の子として意識してもらえるように
この間のようにデートに誘ってみたり…をしている。デートと言っても、太陽はデートだなんて微塵も思っていないのだろうけど。
と、そんなことを思い出していると、この間のことを思い出した。
たまに思い出すことがあった。
サラサラの綺麗な金髪と、白い肌、大きな瞳、高い鼻、外国人のようにすべてのパーツが整っていた彼は、あの後しっかり病院に行ったのだろうか。いや、行っていないだろうな。
不良と呼ばれる類の人間であろう彼と今後関わることはないのだろうけど、それでも、あの出会いは強烈な印象を私に植え付けたのだ。
ふわり、暖かい風がカーテンを揺らし、私の頬を包む。
春の風の匂いがした。