当たり前じゃない放課後の雑談


夕ヶ丘高校、部室棟、二階の一番端。そこに、「無駄話研究部」の部室はあった。

部員は一人抜ければ廃部になるギリギリの人数である、四人。放課後である今は、そのうちの三人がそろっている。


設置されているパイプ椅子に腰掛け、黙々と分厚い本をめくる(みなと)

そのすぐそばで話している関西弁の朝陽(あさひ)と、メガネをかけたタキ。


穏やかな空気が流れているその部室に、勢いよくもう一人の部員が入ってきた。


「ほんっとうちのクラス最悪! もうヤなんだけど!」


ユイはドアをバンっと閉めると、カバンを机の上に置いた。

普段のふわふわした空気をまとうユイとは違う、荒々しい動作だ。


「ユイ、どうかしたか? すっごい怒ってるみたいだけど」

「そりゃ、怒るよ〜」


ユイは長机を囲む椅子の一つに座った。自然とほかの三人も各々の定位置につく。


「で、なにがあったんだよ?」


タキが聞くと、この短時間でだいぶ怒りを鎮めたユイが口を開いた。


「みんな、聞いてくれない? 僕の話。こっちとしては単純にむかつくから聞いてほしいだけなんだけど、多分今日のトークテーマになると思うんだよね」


トークテーマ。

その単語に、三人の話を聞く姿勢が変わった。少し身を乗り出すようにして、ユイの話を待つ。


「ほんとついさっき、六時間目のことなんだけどね、窓を開けるか開けないかで揉めたんだ」

「揉めた? なんで?」

「開けると涼しくなるけどさ、虫が入ってくるから。うちのクラス、網戸壊れてて。僕は虫なんかだいっきらいだから『開けないで』って反対したんだけど」


ユイは虫を想像したのか、一瞬ぶるりと体を震わせてから、話を続ける。


「授業中だったから、先生に『早く決めろ』って言われて自然に多数決とる流れになったんだけど、『開けてほしい』って子が結構いて、結局開けることになったんだよね。
 そこで僕、思ったわけ。『虫嫌いなやつのこと誰も考えてないじゃん、っていうか多数決って本当に公平なのかな?』って。こっちは本気で嫌がってるのに」

「内容はかなりくだらないけど、難しい問いだな」

「でも、今月の共通テーマである『当たり前だと思って過ごしていること』っていうのには当てはまるでしょ。多数決ってよく使われるし、みんなも賛成するし、誰も文句言わないし、公平って思われがちだからさ」


はああ、マジむかつく……、とユイはつぶやく。隣に座っているタキが、そんなユイをなだめている中、朝陽が手を上げた。


「あのな、悪いけど、多数決ってなんや?」

「……朝陽、本気で言ってんのか?」

「そんなん、逆にタキは俺のことバカにしとんのか?」

「そうじゃないけど、単純にびっくりするよ、『多数決ってなに?』って聞かれたら。湊くんも知ってるよね、多数決」

「ああ」


ユイはピンときていない朝陽に向かって、ピンと人差し指を立ててみせる。

まるで、先生が解説をするときのようだ。


「多数決っていうのはね、みんなでなにかを決めるときに使う方法の一つだよ。
 たとえば、『ケーキとプリンどっちのほうがおいしいと思いますか』っていう質問があったとして、ケーキのほうがおいしいと思う人の数と、プリンのほうがおいしいと思う人の数を数えるの。
 で、多かったほうが全体の、みんなの意見ってことになる」

「なんや、それか。せやったら俺もやったことある」

「多数決とは、集団の意思決定において、多数派の意見を全体の意思として採用する方法だ。原始的だが、いろいろなところで使われている」

「……おう。よう分かれへんかったけど説明ありがとな、湊」

「要するに、僕は『少数派の意見が採用されにくい多数決は、本当に公平なのか?』って聞きたいわけ。多数決って、多くの意見は採用されるけど、少数派はそうじゃないわけじゃん」


ユイが疑問を投げかけたところで、朝陽がまた苦い顔で手を上げた。


「ほんまに質問ばっかで悪いんやけど、『公平』と『平等』の違いってなんなんや?」

「たしかに、そこの定義が人によって違ったらダメだよな。ナイス、朝陽」

「う〜ん、僕もよく分かんないや。湊くん、『公平』と『平等』の違いってなに〜?」


湊は近くに置いてあったカバンをあさってスマホを取り出した。


「『公平とはなにかにかたよったりせず、それぞれの状況や能力に応じて適切に対応すること』『平等とはすべての人々を差別せず、同じ条件のもとで同じように扱うこと』と書かれている」

「ん?」「は?」


湊は、調べたことをそのまま読み上げただけだった。

本人は理解したようだが、ほかのは――特に、ユイと朝陽はよく分かっていなさそうだ。


「……ってことはつまり、ここにケーキがあったとして、全員で等分するのが『平等』で、小さい子には小さめをあげたり、少し大きい子には大きめをあげたりすることが『公平』ってことか?」


あごに手を当てながら考えていたタキが、例を挙げる。確認された湊は、「そういうことだ」と答えた。


「……タキは説明が上手でうらやましい。俺もそうなりたい」

「おおっ、湊、あざーす! まあ俺、天才だからな、誰にでも得意不得意はあるさ。気にすんなって」

「タキくん、ナルシスト出てるよ〜」


ユイはふざけて言う。だが、全員が同じ位置についたということで、話を本線に戻した。


「湊くん、朝陽くん、タキくん。みんなは、多数決についてどう思う?」

「せやなぁ、俺は『多数決は公平』っちゅうほうに一票や」

「なんで!? 朝陽くん、本当? タキくんは?」

「俺はユイと同じで、公平じゃないと思う。湊は?」


タキに質問を振られた湊は、考えてから言った。


「……わりと、賛成」

「へえ、意外かも。俺、湊は反対派かなって勝手に思ってたわ。……じゃ、意見交流しようぜ」

「はいはーい! 僕から話す〜!」


椅子を引いて立ち上がったユイは、三人を見回した。


「さっきも言ったけど、多数決って多いほうの意見がそのまま全体の意見になるから、少数派に不利でしょ?」

「たしかに、不利だね」

「それに、少数派の意見がどんなによくてもなかったことにされるわけじゃん。これって、多数派に都合がいいよね? だから、僕は多数決は公平じゃないと思いまーす」


タキがユイの意見を受けて、付け足す。


「あとさ、俺、思うわけ。ユイが言ってたケーキとプリンの話、使わせてもらうけど、100人で多数決した結果、ケーキ賛成派が49人でプリン賛成派が51人になった場合でも、多いほうの意見を採用していいのか?ってなるよな」

「……なる。よく分かる」

「だろ? それこそ、さっき湊が言ってた『状況に合わせる』ってところからずれると思うんだよな」


湊と朝陽は、頷いた。だが、二人は『その意見も一理あるけど』というような顔をしている。


「……俺はユイとかタキとは違って、二人みたいにしっかりした理由じゃないが……やっぱり、公平だと思う」


先に話しだしたのは、湊だった。湊は、一言一言、ゆっくりと編み上げるように話す。


「多数決は、少数派とってはいい方法とは言えないとは思うが、結局、政治ではこの方法が使われている。国の方針を決めるときにこの方法がとられているということは、公平なのではないか、と考えた」

「あんま覚えてないけど、国会の衆議院とか参議院って多数決使ってるんだよな。俺、聞いたことある」

「俺は、選挙では決選投票が行われたり、票差なども考えられていることから、状況に応じて対応するということと一致しているのではないかと考える」


湊は少しためらってから、


「……確信は、ないが」


と付け足した。


「全然、みんななんとなくで話してるから大丈夫。っていうか、さっすが湊くん、真面目〜。政治ってところに着目したんだ」

「でもさ、それって少数派を考えてるわけじゃないよな?」


湊の意見に対して質問を始めたタキとユイを横目に、朝陽は一人で考えていた。

しかし、ようやく考えがまとまったのか、熱論している三人の会話の中に入ると、こう言った。


「多数決って、一票のズル程度やったら結果は変わりにくいし、究極、決まれへんよりマシやとも思うけど、最初はみんな一票持ってるっちゅう点では平等ではあるわな?」

「「「…………おぉ」」」


間をおいて、きれいにそろった感嘆の声が部室内に響いた。

当の本人は、「え、俺、そんなすごいこと言うたか?」喜んでいるような驚いているような表情をしている。


「つまり、多数決は、結果はともあれ前提として平等ということか?」

「あー、そんなんかな。俺は思いつきで言うただけやけど。まあ、多数決をきちんと公平にやるっちゅうふうになったら『少数派も考えられてるか』『少数派が不利ちゃうか』『まず選択肢が妥当か』ってとこを考えなあかんな」


朝陽の正面で、タキが大きく伸びをしてから叫ぶ。


「ていうか! 多数決ってなんだかんだ言って分かりやすいし、楽だし、単純じゃん! もうこれでいいだろ!」

「うわタキくん、一番言っちゃダメなこと言ってる〜」

「さらに言うなら、多数決っていう小さい子から大人まで誰でもできる方法を選ぶっていうのは平等だし公平だよな!?」

「めっちゃこじつけ〜」


みんなが笑って、一気に雰囲気が軽くなる。


「僕、疲れた〜。考えたら甘いもの欲しくなるよね。タキくん、なんか買ってきてくれない?」

「了解。そういえばさ、今、購買でめっちゃおっきいパンケーキ売ってるらしいよ。ストロベリーかチョコレートだって。さすがに一つがいいんじゃないかなって思うんだけど、どっちがいい?」


甘いものに目がないユイが、真っ先に手をあげる。


「ストロベリー! 絶対ストロベリーがいい!」

「俺もストロベリーがええ!」

「チョコレートを希望する」


財布を持って立ち上がったタキに、一斉に視線が向く。


「……俺はどっちかっていうとチョコレートかな」

「もう、完全に意見割れたじゃん!」


ユイが、やれやれと肩をすくめながら、今日の「多数決」に関する会話を締めくくる。


「多数決ってさ、多数・少数以前に、同数になったときが一番面倒だよね」