「備品庫探検しにいこう!」
立入禁止区域という場所がある。
たとえば屋上や校長室、などなど。備品庫もそのうちの一つである。
とは言っても、先生の許可や同伴があれば入ることができたりするから完全に立入禁止というわけではないけれど、大差ないと俺は思う――で、備品庫がなんだって?
探検っていうワードが聞こえた気がする……気のせいか?
「ごめん水瀬、もっかい言ってくれ。一言一句聞こえなかった。聞き逃した」
「備品庫を探検しに行こう!って」
「……なるほど、ビギン湖を断言するってこと、へえ」
「悠ー、よく分かんないしそんなこと言ってないからな? だから、備品庫を探検に――」
「俺はなにも聞いてない」
言い切られる前に素早く耳をふさいだ。うん、俺はなにも聞いていない。
だが、万が一、いや億が一『探検』と言っていたとしたら――水瀬颯良、恐るべしである。
高校二年生になって、風紀委員になったというのに校則を犯しにいくようなヤツがいるとは、信じがたい。というか、信じたくない。
「悠、せめて聞いてくれよ! 俺すごいこと思いついたんだって!」
「廊下で大声出すのやめろ、お前の声響くから地味に目立つんだよ……で、なんだ」
「備品庫探検しに行こう」
「それかよ。何回言うんだ」
俺は足を止めた。隣を歩いていた水瀬も、つられて足を止める――きょとんとした水瀬と目があった。
「俺は行く気なんて一ミリもないけど、『一応』聞いておく。なんで急に探検なんだよ」
「やっとか、篠原くんよ。ついに吾輩の話とやらを聞いてくれる気になったか」
「どういうキャラ変!?」
一人称が我輩とか、初めて見たかもしれない。
でも、これはこれで斬新だけれど、水瀬にはあまり合っていない気がする。
そんなことは全く気にしていない水瀬は、愛嬌のある笑顔を浮かべてためにためてから――
「だって楽しそうじゃん。しかも、立入禁止ってところがさ」
……聞いて損した。あれだけためておいてこの回答かよ。
呆れる俺の前で、水瀬は拳を突き上げた。
「悠の質問にも答えたし、よし行くぞ! 俺たちで備品庫を攻略するんだ!」
「さっき行く気ないって言ったし、当たり前みたいに俺も含まれてんのな」
「当然! 夕ヶ丘高校風紀委員会見回り課の名にかけて! 備品庫を攻略するぞ!」
「風紀委員ならやっちゃだめだろ、それ……」
水瀬はおもむろにシャツの袖をまくり始めた。……嫌な予感。
俺は一歩、水瀬から距離をとる。
「俺は行かないって最初に言ってたからな、宣言してたからな」
近付いて来たので、もう一歩距離をとる。
「聞いてませーん! ほら悠、早く行こーぜ!」
「行かない行かない行かない、絶対行かねえ!」
「ちょっ、暴れんなっ……それでも見回り課か!?」
「俺にそんなプライドはねーんだよ! そっちこそ本当に風紀委員か!?」
「――というわけで、やってきました備品庫! 本日のリポーターは水瀬颯良と!」
「…………」
「そこは『篠原悠でお送りします』って言うところじゃん、な?」
答える気力なし。
どんなに抵抗したところで、結局はこうなるんだな……まあ、今まで散々水瀬の言う『楽しそうなこと』に付き合わされてきたんだけどさ。
にしても、備品庫がこんな人気がない校舎の端の端にあるとは、知らなかった。
場所や位置を考えても、教室一つ分くらいの大きさはある気がする――こんなところに、なにが置いてあるんだろうな?
隣に立った水瀬はクリーム色をした頑丈そうなドアをじーっと見ていたかと思うと、
「よっしゃ、入ろう!」
「さすがに心の準備ができてねーよ!」
俺がドアノブにかけられた手を掴むと、水瀬はにやっとした。
「準備するってことは、ついてきてくれるってことだよな? ついてくる気があるってことだよな?」
「……今ので行く気失せた」
「うわっ、逆立ちして取り消します!」
「なんで逆立ちなんだよ。っつーか、ここまでついてきたけどマジで行く気ないからな」
『そこをなんとか!』と俺のことを拝んでいる水瀬をちらっと見てから、俺はずっと気にしていたことを口にした。
この期に及んでまだ止めようとするとか、情けないような気もするけど。
「俺は別に、備品庫にどんな危険が待ち受けていようが、ほとんどどうでもいいんだよ。俺はお前を盾にするなり、引き渡すなり押し付けるなりして逃げればいいだけだからな」
「まだ拒否するのかよ、悠のビビリ、チキン〜。っていうか悠、逃げるのは絶対やめろよ? 一緒に戦って、それで散ろうぜ?」
「散るのかよ……あいにく、俺はまだ死にたくねーんだ。でも、お前を犠牲にして生き残ったとして――」
「だから、俺だけを残していくのやめろよ?」
「――そのあとに危険が待ってるんだよ」
そう。うまいこと探検できたり、脱出できたりしても、生徒の大半が恐れることと鉢合わせすることになるかもしれないのだ。
「それはな、説教だ」
「説教?」
「俺たちは風紀委員だろ? だから、委員長に怒られる可能性がある」
「あー、委員長ね」
「それに、先生にもな。あれだぞ、生活指導室へ強制連行からの反省文って聞いたことがある」
そうなった場合、俺たちはどうなることやら。困るのは水瀬も同じだろう。
案の定、水瀬はうつむいてなにかを考えていた。
ここで正しいほうを選べば普通の学校生活と普通の社会人生活が保証されるんだ、もちろん戻るほうを選んでくれるよな!?
「――なあんだ! 悠、そんなこと気にしてたんだ。ぜんっぜん心配することないのに!」
「……は?」
「委員長は先輩だし声とかはちょっと怖いけどさ、あっちのほうが身長二十センチも低いんだぜ? 怖くねーだろ。それに、生活指導のおっちゃんは動くとちょーっとずつずれるカツラに目ぇ行くから話入ってこないし。
反省文だって大したことないよ? 俺、一年の頃に結構やってたから、分かるわけ。安心しろ!」
「……あぁ、俺の平和な学校生活と将来が……」
ていうか、『結構やってた』って、一年の頃なにやってたんだよ。生活指導室連行ってかなりやばいだろ。
――なんて別のことを考えていたら、水瀬はとっくにドアを開けて中に入っていた。
「……っ!?」
俺は慌てて水瀬を追いかける。
後ろ手で静かにドアを閉めてから、物音を立てないようにして、でもやや早歩きで――くそっ、薄暗くて見えにくい!
どうにか目を凝らして進むと、意外と簡単に水瀬に追いついた。というか、水瀬は棚でできた曲がり角で俺のことを待っていた。
……ったく、ひやひやさせんな。
「遅かったな、早く行こうぜ!」
水瀬は小声で言う。こういうところは常識的だ。だから俺も水瀬にならって、小声で返事をする。
「……分かったよ」
俺は今まで散々粘って逃げようとしていたくせに、あっさりと折れた。
いや、妥協したとでも言うべきか。
どちらにせよ、俺は道を踏み外したと言える。
まあ、水瀬がご満悦そうだからいいのかもしれない。
にっこにこ顔の水瀬の隣を歩きながら、俺は備品庫に置いてあるものを見た。
俺は以前、ガムテープでぐるぐる巻きにされて赤マジックで「開けるな! 絶対!」って書かれたなにかが天井からぶら下げられてるだとかそういう『備品庫には変なものや危険なものがあるらしい』ということを聞いたことがあったからな。
あくまでも噂だけど。
どうやらその噂とやらの半分は正しくなかったようで、危険物はないように思えたが、変なものがあるというのは確かだった。
着ぐるみの頭だけが落ちていたり(なんで『頭だけ』なんだよ、軽くホラーだろ)、誰かの名前入りマグカップが棚に置かれていたり(よく見たら生活指導教師の名前だった)したからな。
水瀬はそういうのをちゃんと見ていなさそうにしてるわりには、やけに楽しそうに奥へ進んでいく。
それにつれてどんどん暗くなっていき、埃っぽくなっていき、道が狭くなっていった。
段ボールなんか、天井近くまで積み上げられてる……倒れてきたらぺしゃんこなんだろうな、俺ら。
っていうか水瀬、なにか目的があるのか? 俺を先導して迷いなく奥へ進んでくけど……。
でも、二年生になってから数ヶ月一緒に過ごしたけど、俺を騙すようなヤツには思えないんだよな――
「ぅわっ!」
声を出してから、慌てて口を押さえた。無意味だっていうのは理解してたんだけどな。
どういう状況かというと、なにかに足が引っかかって転びかけたのである。
勢い余って前にいる水瀬に衝突するところだった……あっぶね。
「んお? 悠、大丈夫か?」
「あ、ああ……」
空返事をしながら、俺はなににコケたんだろうなと下を向く。
見た。
鉄アレイが落ちていた。
……なんなんだよ、この備品庫。
つまり、俺は鉄アレイの持ち手に足を引っかけたということらしかった――鉄アレイで転ぶ男子高校生ってなかなかいないんだろうな。
「も、もしかして俺たちを狙う誰かからの罠か!?」
「恨み買ったとしたら責任は完全にお前にあるんだろうな」
とにかく、怪我しなくてなにより。探検を続けよう……というわけにもいかなかった。
「――あれ、なんか音しなかった?」
「……っ!?」
本日二度目のガチびっくり。どんだけハプニング起こるんだよ!
とかそんなことを思いながら、俺は水瀬のシャツの襟をつかんで棚の陰に隠れた。
……『ぐえっ』とかなんとか、踏まれたラバーチキン(別名びっくりチキン、あの黄色くて面白いおもちゃのことだ)のような声が聞こえたが、気のせいだろう。
しばらく様子をうかがっていると、さっきの疑問に対する答えのようなものが聞こえてきた。
さっきのは女子の声だったが、次は男子の声である。
「……あー、砲丸投げの玉が落ちたんじゃない? あれ、よく落ちてたでしょ」
なんでだよ! 俺の声って鉄球が落ちた音と似ているってことか?
「なあ悠、ここの陸上部って砲丸投げしてたっけ?」
「多分してない。それより静かにしろ」
水瀬を黙らせて耳をすませてみると、なにやら音が聞こえてきた。かすかにだからなんの音か特定はできなさそうだ。
「……見ちゃお」
「おい」
我慢よりも好奇心が勝った水瀬が、棚の陰から顔を出す。見られたらどうすんだ馬鹿!
だが、俺も気になってたっちゃ気になってたので、水瀬の上から顔を出した。
「……………………」
衝撃的。
いやもう、衝撃的としか言えないような光景がそこには広がっていた。
男女(分かってはいたが念のため)、それも先輩方が、抱き合っていた。
……だけではない。
「んっ……は、……ぁっ」
距離があるものの聞こえてくる声、吐息、リップ音。うわっ、生々しー。
これ以上表現することが憚られるような状況であり、俺もそこまで興味がなかったので、仕方なく水瀬に視線を移した。
「!? あ、え、……っ、あ……」
分かりやすくテンパっていた。
「不純異性交遊……風紀委員、取り締まり……」
「心意気はいいけどここではやめておいたほうがいいと思うぞ」
目の前でいちゃつくカップル、妙に風紀委員意識が戻った水瀬――どうすればいいんだよ、俺。
……とりあえず、出るか。
「おい水瀬、しっかりしろ。うわ体重かけてくんな、重いんだよ……」
俺は学習した。ちゃんと学習した。
悪いことをしたら、返しかたはどうであれ、それ相応に返ってくるのだと。
立入禁止区域はカップルの秘密基地になっているのだと。
そして、水瀬についていくと大抵の場合ろくなことにならないのだと。
……俺はもう、水瀬の提案や勧誘にはのらない! 絶対についていかない! もう二度と昨日と同じような目に合わないためにも!
翌日、俺は固い固い決意を持って昼休みを迎えた。
結局水瀬がなにをしたかったのか、分かんないままだったなー、探検っつってたけど、その目的が曖昧だったしなー。
でも、聞いたところで『だって楽しそうじゃん』って回答が来るのは目に見えてるからなー。
「よお、水瀬」
「お、悠、いいところに!」
「いや、仕事しなくちゃいけないから来るけどさ」
さすがに今日は変なことを言い出したりしないと思いたい。昨日の今日だしな、俺みたいに学習してるだろ。
「早く見回り行くぞ。昨日隠れてサボった分、今日は働かないと」
「なあ、悠」
水瀬が俺を引き止めた。振り向けば、またもやシャツの袖をまくり始めた水瀬が目に入る。
まさか……
「よーし、今日は校長室行こう! 校長室ならカップルいないし鉄アレイも落ちてないしな!」
「おう、それなら行こう――じゃなかった、絶対行かねえ!」

