窓から射す陽光が君に降り注ぐ
ゴールドブラウンに染められたストレートのロングヘア、その繊維はとても細くてしなやかだった
触れてみることができたなら
僕の生命線より繊細なその頭髪に触れてみたい
正面のデスクに座る君をいつでも見つめている
「おはようございます」
私の第一の仕事は商品の受注業務であった
営業がとってきた注文を受けて、オンラインシステムに入力する
受注センターにつながって、私の入力した内容に応じて受注商品が確認される
さらに配送センターへと注文履歴が回って商品が得意先へと届けられる
営業だけではなくて、得意先から直接メールや電話でも注文を受けることもある
注文をしてくるのは得意先の発注業務に携わっている事務の女性が多くて、毎回決まった人間なのでやり取りをしているうちに妙な親近感に捉われることがある
私は本社営業部第一課の事務員だ
「おはよう」
また笑う、私の方だ
この人は、私を笑にする天才なのかもしれない
私の名前はエミだ
この男性の隣に付きついていられたなら、父の願いが万感と成就するのでなかろうか
今は、正面にすわる
「この注文をお願いします」
「はい」
彼が朝一番に差し出した受注書を受け取る
昨日の営業で獲得した注文だろう
ファイルにノート、メンディングテープ、ステープラーに手帳
最後に2Hの鉛筆40ダースを入力して、受注センターへ送信した
私は本社営業第一課の事務を担当している
はっきりした二重瞼にマスカラを施す、大きな瞳だった
小柄で華奢な肉体、人形のような娘だった
美しい顔立ちにもかかわらず綺麗というより可愛いという形容が適切に感じられるのは、150から155cm程だろう、その小ささが可愛いを決定づけていた。美しい女だった
「原田さん、身長いくつなの」
「153cmです。チビなので」
「小柄だものね。細いし」
「全然です。脱いだらすごいんです」
「すごい」
「お肉けっこうついてます」
僕は彼女が好きだった
出会いが数年早ければと心から思う
後頭部に妻の視線を感じながら、君を想っている
入力が済んだようだ
また
僕の注文を受け取ってくれるかい、
もっと、もっと大きな
「なんでも言ってね」
入社して数日のことだった
彼女は私の教育係として仕事の一切を教えてくれた
それから、社内恋愛の末に結婚をしたこと、夫が私の目の前の席に座る彼であること、子どもが生まれるまでは社に在籍して仕事を続けようと思っていること、不妊治療を受けていること
「結婚しても異動にならずに仕事させてくれたの」
夫婦で同じフロアで仕事をしていて、同じフロアで生活をしている
妻は本社営業部第四課の事務担当だった
・
入社して半年が経った
妻との関係は良好だったはずなのに、悪魔が、私が彼女の悪口を言っていると吹き込んだ
"あの人は教えるのが下手です"というニュアンスの言葉を私が発言したというものだった
私はある男性の営業社員がそれとなく言った言葉に不審を覚え、詳しく訊いたのだ
「言ってないの?」
「言うわけないじゃないですか!寧ろ感謝しているくらいです」
「そうだよね。結構、丁寧に教えてたよな、彼女。いや、俺もおかしいなと思ったんだけどね」
「どうしてそんな。言うわけない」
「誰か、いるから。社会ってのはさ。うまくいってる関係を壊して喜ぶヤツなんてのがさ。いるんだよ。誤解だけ解いておいた方がいいんじゃない」
「はい、ありがとうございます」
関係は戻らなかった
私はそんな趣旨の言葉を言っていない、しどろもどろになりながら、感謝しているなどの言葉を混ぜながら、彼女に伝えた
彼女は笑いながら"大丈夫だよ、わかってる"と言ってくれたが、その後明らかに私を敬遠する態度は、彼女の心中が穏やかではないことを物語っていた
懇切丁寧にこの会社でのイロハを教えてくれた妻
聡明な彼女だから、社会の馬鹿馬花しさや会社には悪魔が潜んでいる事実も、承知しているだろう
しかし、物事を教えた本人から教え方が下手などと言われた以上は、陰謀だと分かっていても、距離を置きたくなるのが人間なのだろう
彼女に頼り切っていた女性関係は崩れ、人の悪口を言う女のレッテルを貼られて、私は背を丸めた
「大丈夫、原田さん?」
はっ、はい
光
「ヒカリさん、あ、大丈夫です」
ナンデモイッテネ
夫婦揃って"なんでも言ってね"なんて
もともと波長の似た二人が結びついたのだろうか
それとも同じ屋根の下で暮らす時の中で、同じ言葉が口癖として根付くのだろうか
きっとこの男性は優しくて、奥さんに"なんでも言ってね"なんて声をかけるうちに、妻も言葉を覚えて"なんでも言ってね"を口にするようになったのだろう
どうか、その逆でないことを願う
妻の口癖が移った男でないことを願いながら、2026年2月25日水曜日、八重歯を光らす
「なんでも言ってね」






ゴールドブラウンに染められたストレートのロングヘア、その繊維はとても細くてしなやかだった
触れてみることができたなら
僕の生命線より繊細なその頭髪に触れてみたい
正面のデスクに座る君をいつでも見つめている
「おはようございます」
私の第一の仕事は商品の受注業務であった
営業がとってきた注文を受けて、オンラインシステムに入力する
受注センターにつながって、私の入力した内容に応じて受注商品が確認される
さらに配送センターへと注文履歴が回って商品が得意先へと届けられる
営業だけではなくて、得意先から直接メールや電話でも注文を受けることもある
注文をしてくるのは得意先の発注業務に携わっている事務の女性が多くて、毎回決まった人間なのでやり取りをしているうちに妙な親近感に捉われることがある
私は本社営業部第一課の事務員だ
「おはよう」
また笑う、私の方だ
この人は、私を笑にする天才なのかもしれない
私の名前はエミだ
この男性の隣に付きついていられたなら、父の願いが万感と成就するのでなかろうか
今は、正面にすわる
「この注文をお願いします」
「はい」
彼が朝一番に差し出した受注書を受け取る
昨日の営業で獲得した注文だろう
ファイルにノート、メンディングテープ、ステープラーに手帳
最後に2Hの鉛筆40ダースを入力して、受注センターへ送信した
私は本社営業第一課の事務を担当している
はっきりした二重瞼にマスカラを施す、大きな瞳だった
小柄で華奢な肉体、人形のような娘だった
美しい顔立ちにもかかわらず綺麗というより可愛いという形容が適切に感じられるのは、150から155cm程だろう、その小ささが可愛いを決定づけていた。美しい女だった
「原田さん、身長いくつなの」
「153cmです。チビなので」
「小柄だものね。細いし」
「全然です。脱いだらすごいんです」
「すごい」
「お肉けっこうついてます」
僕は彼女が好きだった
出会いが数年早ければと心から思う
後頭部に妻の視線を感じながら、君を想っている
入力が済んだようだ
また
僕の注文を受け取ってくれるかい、
もっと、もっと大きな
「なんでも言ってね」
入社して数日のことだった
彼女は私の教育係として仕事の一切を教えてくれた
それから、社内恋愛の末に結婚をしたこと、夫が私の目の前の席に座る彼であること、子どもが生まれるまでは社に在籍して仕事を続けようと思っていること、不妊治療を受けていること
「結婚しても異動にならずに仕事させてくれたの」
夫婦で同じフロアで仕事をしていて、同じフロアで生活をしている
妻は本社営業部第四課の事務担当だった
・
入社して半年が経った
妻との関係は良好だったはずなのに、悪魔が、私が彼女の悪口を言っていると吹き込んだ
"あの人は教えるのが下手です"というニュアンスの言葉を私が発言したというものだった
私はある男性の営業社員がそれとなく言った言葉に不審を覚え、詳しく訊いたのだ
「言ってないの?」
「言うわけないじゃないですか!寧ろ感謝しているくらいです」
「そうだよね。結構、丁寧に教えてたよな、彼女。いや、俺もおかしいなと思ったんだけどね」
「どうしてそんな。言うわけない」
「誰か、いるから。社会ってのはさ。うまくいってる関係を壊して喜ぶヤツなんてのがさ。いるんだよ。誤解だけ解いておいた方がいいんじゃない」
「はい、ありがとうございます」
関係は戻らなかった
私はそんな趣旨の言葉を言っていない、しどろもどろになりながら、感謝しているなどの言葉を混ぜながら、彼女に伝えた
彼女は笑いながら"大丈夫だよ、わかってる"と言ってくれたが、その後明らかに私を敬遠する態度は、彼女の心中が穏やかではないことを物語っていた
懇切丁寧にこの会社でのイロハを教えてくれた妻
聡明な彼女だから、社会の馬鹿馬花しさや会社には悪魔が潜んでいる事実も、承知しているだろう
しかし、物事を教えた本人から教え方が下手などと言われた以上は、陰謀だと分かっていても、距離を置きたくなるのが人間なのだろう
彼女に頼り切っていた女性関係は崩れ、人の悪口を言う女のレッテルを貼られて、私は背を丸めた
「大丈夫、原田さん?」
はっ、はい
光
「ヒカリさん、あ、大丈夫です」
ナンデモイッテネ
夫婦揃って"なんでも言ってね"なんて
もともと波長の似た二人が結びついたのだろうか
それとも同じ屋根の下で暮らす時の中で、同じ言葉が口癖として根付くのだろうか
きっとこの男性は優しくて、奥さんに"なんでも言ってね"なんて声をかけるうちに、妻も言葉を覚えて"なんでも言ってね"を口にするようになったのだろう
どうか、その逆でないことを願う
妻の口癖が移った男でないことを願いながら、2026年2月25日水曜日、八重歯を光らす
「なんでも言ってね」









