「それはあんまりだろう? アンジュ様はお前のことを信じているんだぞ? あんなに献身的に尽くしてくれたのに……」
「俺、あいつに向かって『結婚』なんて直接的な言葉は出してないよ? まあ、一緒になりたいとは言ったけど。……ハハ、本当に都合のいい女だよな。アンジュは俺に心底惚れてるから、結婚をちらつかせるだけで舞い上がって何でもしてくれるし、非常に扱いやすかったよ。……おい、そんな顔をするな。これから先もあいつには俺のために働いてもらわなきゃならないから、愛人としてそれなりの生活は送らせてやるつもりだよ。それであいつも満足だろう?」
アンジュは胸を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。オーガストの笑い声が頭の中で響き続けている。
(あたしは――都合のいい女)
愛されていると思っていた。必要とされていると思っていた。けれど、オーガストが必要としていたのはアンジュ自身ではない。治癒の能力――彼にとって都合のいいコマとして動くことだった。
(ひどい)
……それでも、このまま何も知らないふりをして、オーガストの側にいることもできる。愛されていると勘違いをしながら、彼の役に立てることを誇りに思って生きていくことも可能だ。
(――そんなの無理)
耐えられない。アンジュはオーガストの屋敷を出ると、そのまま急いで街を出た。
行く宛も、頼れる人も、お金だってほとんど持ってなかった。生まれ育った街を出ることだって、アンジュにとってははじめての経験だ。それでも、もう一秒だって、こんなところにいたくはない。
暗闇の中をアンジュは走った。夜道はとても恐ろしかった。けれど、立ち止まると、涙が止まらなくなってしまう。己の体を掻きむしって、どこかに捨て置いてしまいたくなる。
(嫌だ! 嫌だ!)
何もかも、なかったことにしたかった。オーガストにとって都合のいい力を持っている自分を。何も知らずに、それを誇ってきた自分自身を。全部を消してしまいたかった。
「俺、あいつに向かって『結婚』なんて直接的な言葉は出してないよ? まあ、一緒になりたいとは言ったけど。……ハハ、本当に都合のいい女だよな。アンジュは俺に心底惚れてるから、結婚をちらつかせるだけで舞い上がって何でもしてくれるし、非常に扱いやすかったよ。……おい、そんな顔をするな。これから先もあいつには俺のために働いてもらわなきゃならないから、愛人としてそれなりの生活は送らせてやるつもりだよ。それであいつも満足だろう?」
アンジュは胸を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。オーガストの笑い声が頭の中で響き続けている。
(あたしは――都合のいい女)
愛されていると思っていた。必要とされていると思っていた。けれど、オーガストが必要としていたのはアンジュ自身ではない。治癒の能力――彼にとって都合のいいコマとして動くことだった。
(ひどい)
……それでも、このまま何も知らないふりをして、オーガストの側にいることもできる。愛されていると勘違いをしながら、彼の役に立てることを誇りに思って生きていくことも可能だ。
(――そんなの無理)
耐えられない。アンジュはオーガストの屋敷を出ると、そのまま急いで街を出た。
行く宛も、頼れる人も、お金だってほとんど持ってなかった。生まれ育った街を出ることだって、アンジュにとってははじめての経験だ。それでも、もう一秒だって、こんなところにいたくはない。
暗闇の中をアンジュは走った。夜道はとても恐ろしかった。けれど、立ち止まると、涙が止まらなくなってしまう。己の体を掻きむしって、どこかに捨て置いてしまいたくなる。
(嫌だ! 嫌だ!)
何もかも、なかったことにしたかった。オーガストにとって都合のいい力を持っている自分を。何も知らずに、それを誇ってきた自分自身を。全部を消してしまいたかった。



