【短編集】あなたのためを思って言っているのよ?

(この患者さんは……一日での完治は無理かも。数日は通ってもらわないと)


 アンジュの額にじっとりと汗が滲む。

 救世主オーガスト――人々は彼をそう呼ぶ。特別な力を持ち、慈悲深い立派な領主だと。
 けれど、本当はオーガスト自身にはなんら特別な力はない。彼が治癒の力を使うときにはいつも一人の少女――アンジュが側にいる。アンジュこそが、人々の傷や病を癒す特別な力を持っていた。


 アンジュがはじめて力に目覚めたのは今から三年ほど前、十五歳の時のことだ。同じ孤児院で暮らしていた男の子が病気になり、アンジュが救った。一度能力が開花した後は、怪我でも病気でもどんな症状も治すことができると発覚し、その話は瞬く間に領主であるオーガストに届けられた。

 そして、その時からアンジュの生活はガラリと変わった。
 着心地の良い衣服が届けられ、それまでの数倍まともに食事ができるようになった。孤児院から出た後に暮らすための家まで用意してもらえた。それから数日後、オーガストがアンジュの元へとやってきた。


『俺にはアンジュが必要なんだ。これからは君の力を俺のために使ってほしい』


 オーガストがアンジュにひざまずく。
 アンジュにとって、オーガストはまるで白馬に乗った王子様のように輝いて見えた。太陽にきらめく紅い髪に、鮮やかな緑色の瞳、精悍な顔つきにたくましい体。なにより自分を苦しい生活から救い出してくれた救世主であり、アンジュを必要としてくれる人。彼の要請を断るなんて微塵も考えもしなかった。


 そうして、アンジュの力はオーガストのものとなり、アンジュは領主の屋敷の隣にある診療所で治癒を開始した。