――ここは、カクーノ国リソーノ市トーゲン街の辺境にある、小さな教会。
平和ボケしたこの街では、毎日毎日懺悔とは名ばかりの呑気な告白が行われるばかりで、告解室はお悩み相談室と化している。
この教会の神父である私・ルカは28歳。
神にお仕えしてまだ3年の若輩者だが、今日も今日とて悩める子羊のために弁舌を振っていた。
「……なるほど、つまり先日この街で地域おこしの一環として開かれた集団お見合いパーティーで知り合った女性が気になっているものの、どこまで踏み込んでいいかわからず、なかなか進展しないということですね」
「はい」
格子窓の向こうで、匿名希望の相談者が大きく頷いた。今週2度目のお悩み相談にやってきた彼のことは、勝手にT.K君と呼んでいる。匿名、希望、だからだ。
首都の会社にお勤めという立派な彼の実家はトーゲン街にあるらしく、帰省のたびにこの教会にも顔を出している。
私は奥手のビジネスパーソンに尋ねた。
「確認ですが、あなたは誠実に彼女と向き合っており、幸せに出来るんですよね?」
「はい、年収は1000万エン、首都に持ち家、理解ある職場で育休は3年取得可能です! スゴクタカイ山の頂上からだって叫べるほどの大きな愛があります!」
「この上ない優良物件! よろしい!」
私は椅子から立ち上がり叫んだ。
「では、彼女を抱きなさい!」
「わかりまし――ええ〜〜っ!? い、いきなり何をおっしゃるんですか……!」
「結婚に一番大事なのは条件でしょう。彼女に今のあなたを拒む理由などない。それに愛というものは、深い。時には理屈より先に身体で感じることもあるのでは?」
「っ……わかりました、神父様! 今すぐ彼女に会いに行きます!」
「えっ? あっ、ちょっと待ちなさ――」
T.K君は勢いよく告解室の戸を開け、出ていってしまった。
それも仕方のないことだ、ソレラシー教の聖典には『人の話は最後まで聞くこと』という教えは書かれていないのだから。
(それくらいの強気でいきなさい、という意味だと伝えようと思ったのですが……)
「……ま、いいでしょう。これでダメになるなら、運命ではなかったということで」
神よ、彼をいい感じにお導きください。
私も狭苦しい小さな戸を開けると、この教会で面倒を見ている4歳の女児・リーナが目の前に立っていた。黄緑色の簡素なワンピースを着て、髪を頭のてっぺんで結んでいる。
彼女は悩める子羊たちをこの小部屋まで案内する役目を引き受けてくれているのだ。
「しんぷさま。のこりのこひつじ、ぜろひき」
「そうですか、ご苦労様。……では、一服するとしましょう」
告解室の椅子から聖堂へ足を投げ出し、黒の平服のポケットから煙草とマッチと携帯灰皿を取り出す。火を点け、深く煙を吸い込み吐き出すと、東国の山奥に住み悟りを開いたという仙人にでもなった気分だ。
「はぁー……至福の時……。ニコチンとタールのマリアージュが五臓六腑に沁み渡る……」
ちなみに、この煙草は“とある友人”が個人的にくれるもので、決して寄付金を使い込んでいるわけではないことをここにお断りしておく。
狭いうえに古びてはいるがそれなりに立派な造りの聖堂の最奥の壁には、ステンドグラスがはめ込まれている。それは午後の陽射しを虹色に透かし、私の短い銀色の髪まで染めているのだろう。
そういえば、この瞳は青いというのになぜすべての景色が青く見えないのだろうか……。
人が高尚な思索をしながら値上がりするばかりの最高級の嗜好品を味わっている時に限って、子どもたちというのはがやがやと集団でやってくるものである。
告解室の向かい、聖堂の反対側の壁には子どもたちの生活棟へと続く扉があるのだ。
「あー! また吸ってるな、不良神父」
「そこの男児、黙りなさい。労働の後の唯一の愉しみをとやかく言われる筋合いはありませんよ。有害物質を吸い込まないうちに外で遊んでなさい。リーナも行くんですよ。ほら、しっしっ」
「でもさー、今は煙草やめた方がいいよ。もうすぐお姉さんが来るから。さっき窓から見えたんだ。……しかも、今日はパパも一緒」
「なっ……それを早く言いなさい!」
まだ長い煙草を慌てて携帯灰皿に突っ込み、近寄ってきた子どもたちの肩を順番に掴みUターンさせる。
「窓を開けるんですよ、窓を! ほら煙を出して!」
「貸しだからなー、神父様」
手分けして教会の両側にある窓という窓を開け、脱いだ平服でパタパタと煙を追いやる。
そして、祭壇の裏に置いていた石鹸の香りが残る予備のものに着替えた時、ちょうど正面の大扉が開いた。
女神か天使か、もしくはその両方かと思うほど慈愛に満ちた笑顔を浮かべているこの女性は、アンナ・エーレンベルク様。
5年ほど前に新たにこの地の領主となられ、教会にたくさんの寄付をしてくださっているエーレンベルク家のお嬢様だ。
年は、確か20歳になられたばかりのはずである。長い艶のある長い茶色の髪に合う、薄黄色のワンピースをお召しになっていた。
アンナ嬢は私へと近付き、にこりと微笑む。
「ご機嫌よう、神父様」
「ごっ、ゴッゴゴゴゴ機嫌麗シュウゴザイマス、アンナ嬢」
アンナ嬢の前では、私の発汗機能は乱れ、頬は紅潮し、言葉を正しく発音できなくなる。
今回は彼女から歩み寄ってくださったが、こちらから向かうことになれば、右手と右足が同時に前へ出ること請け合いである。
……つまり、私は、その……どうしようもないほどに彼女のことが………………好きなのだ。
「ほ、本日ハ、ドノヨウナゴ用件デ……?」
T.K君には恋愛上級者ぶって話していたが、このザマである。
口から出る言葉のすべてがカタコトになる私の背後で、子どもたちがこらえきれなくなったようにブフーっと吹き出した。
(……後で覚えておきなさい)
「フンッ!!」
私は自分の頬にバチンと平手打ちを食らわせ気合を入れた。これでやっと人間らしく振舞える。
「し、神父様、私と話してるといつも頬をぶたれますよね。それってどういう……」
「お気になさらず、これも神からの試練なのです」
「は、はあ……」
じんじん痛む頬を強制的に緩ませ笑顔を向けると、彼女は気を取り直してバスケットにかかっていた布を取り、たくさんの小袋を見せてくれた。
「それで、用件というほど大したことではないのですが、クッキーを作ってきたんです」
「てっ、てててて手作りクッキーですか!?」
「はい。もし美味しく出来ていたら、今度の教会のバザーにお出ししようかと思って。ぜひ子どもたちと一緒に味見してください」
私は賞状の授与のごとくバスケットを両手で受け取り、一歩下がって頭を下げたまま叫んだ。
「ありがとうございます!!」
「ふふ、そんな、大げさですよ」
彼女が鈴を転がすような声で笑う。その声音と笑顔に、時さえ止まった気がした。
20歳という年齢になっても彼女がどこにも嫁いでいないのは、慈善事業に力を入れておられるからだ。
(立派な心掛けだが……ご家族はどう思われているのでしょう)
不意に、開け放たれたままの扉から立派な仕立てのスーツの紳士が現れた。
「そろそろ行こうか、アンナ。次の予定に遅れてしまう。シュヴァルツ家の方々をお待たせするわけにはいかない」
立派な髭をたくわえた口元に上品な笑みを浮かべているこちらの御仁は、アンナ嬢のお父君であるエーレンベルク卿だ。
「……はい、お父様。では神父様、また今度ゆっくりお話させてください」
「え、ええ。また今度……」
優雅に手を振ってくれた華奢な背中を見送った後も、彼女の残像が見える気がしてしばらく扉を見つめていた。
やがて幻さえも消え去ると、祭壇に置いたバスケットに向き直る。子どもたちもわらわらと集まってきた。
「お前たち、よく味わって食べるんですよ。もぐもぐごっくんと3秒で雑に食べないように」
「わかってるって」
「ああそれと、アンナ嬢とソレラシー教の神にお祈りしてからですよ」
「はいはい」
「『はい』は1回!」
私は、愛しい方の手作りクッキーをまずは目で味わうことにした。
小麦粉とバターと砂糖と膨らし粉を混ぜオーブンで焼かれたものが、どうしてこんなにも輝いて見えるのか? 答えはそう、アンナ嬢が作ったからである。
口に入れると、彼女の微笑みのような優しい甘みが舌の上に広がる。
「うっ……なんて甘美なのでしょう……ああ、アンナ嬢……」
「うわ、また神父様が泣いてる……」
「こういうの『じょうちょ不安定』って言うんだぜ」
生意気な子どもたちの会話を聞き流した私は、自分の手元のクッキーを平らげた後、彼女がいるであろう方角を予想して両手を組んだ。
(アンナ嬢、感謝いたします。それと、今日もこっそりお慕いしております……)
食後の感謝の祈りと個人的な気持ちを述べた後。
教会の壁に書かれたいくつかの掟のうち、導きのようにそのひとつが目に留まる。
――『聖職に就く者よ、汝、神以外を愛するべからず』
(……どこにおわすかもわからぬ神よ、ご安心ください。決して、この場所を投げ出すようなことはいたしません)
周りを見ると、子どもたちが私の真似をして目を閉じ、祈りを捧げている。それは、この世の何よりも神聖な光景だ。
この景色が、まだ俗世の欲にまみれた未熟者の浮かれた心を何度でも正してくれる。
(この想いは、胸の中だけにしまっておきますので。…………ごくたまに口からこぼれ出たり、頭の中で妄想を繰り広げることがあるかもしれませんが、それはまあ、寛大な御心でお許しください)
***
それからしばらくの時が流れ――バザー当日がやってきた。
教会前のだだっ広い空き地には長机が配置され、その上に信徒たちが持ち寄った寄付品が並べられている。
年上の子どもたちが中心になり、売り子を手伝ってくれることになっていた。女児たちはお店屋さんごっこで鍛えたスキルを今こそ発揮すべき時と鼻息を荒くしており、男児たちはそのしもべと化しているようだ。
(普段は草や棒切れを石で売り買いしているのですから、夢のような時間でしょうね)
目を輝かせている子どもたちから視線を自分の手元に戻すと、現実に戻ってきたようで脈拍が急に狂い始める。空には清々しい青が広がり心地よい天気であるのは確かなのだが、私の体感温度ではまるで常夏の国にいるかのようだ。
なぜなら心優しいアンナ嬢がバザー当日の手伝いも申し出てくれ、売り子として私のすぐ横に立っているからである。
善良な、もとい面白がっている子どもたちが、私と一緒に売り子をするのはどうかと進言してくれたらしい。
「クッキー、たくさん焼いてきたので売れるといいんですけど……」
「キット皆サン喜ンデクダサイマス。私モ、アノ味ヲ忘レラレマセン」
「まあ、神父様ったらお上手なんですから」
彼女が砂糖菓子のように甘い笑みを浮かべ、くすくすと声をこぼしているうちに、自分に平手打ちして我を取り戻す。
「アンナ嬢。お忙しいでしょうに、今日はお手伝いくださりありがとうございます」
「いえ……そんな」
彼女は長机で売り子をしている小さな店員や、辺りを走り回っているやんちゃ坊主たちを見回しながら目を細める。
「生き生きとしている子どもたちの姿を見ていれば、神父様がどれだけあの子たちを大事にしてらっしゃるかわかります。……だから、私も少しでも力になりたいと思うんです」
「アンナ嬢……」
「この子たちの笑顔を見ていたいと思うのは、私も同じなんですよ」
私は、この方の、こういうところをお慕いしている。
誰かのために働くことを、何かを差し出すことを、彼女は犠牲とも徳とも思っていない。ただ、そうするのが当然だと信じている。
(彼女にとっての幸せは、一部の人だけのものではなく、全員で分け合うものなのでしょう)
「……なんて。ごめんなさい、神父様。知ったような口をきいて」
「とんでもない、あなたような方がこの街にいらっしゃることを誇らしく思います。神に感謝ですね」
私たちは、微笑みを交わす。
彼女の慈愛に満ちた心に改めて胸打たれると同時に、こんな考えも浮かんできた。
(…………なんだか私たち、いい雰囲気では?)
そこではたと気づき、私はヘッドバンギングして煩悩を振り払う。
(って、また下心が出てるじゃないですか!!)
「し、神父様どうされたんですか!? 首を痛めてしまいますよ……!」
(しっかりしなさい、私! 先日、神に誓い直したばかりでしょう!)
頭を激しく上下に振り終わり、荒い息をついてると、隣の長机で衣類の売り子を手伝っていたリーナがとことこやってくる。
そして、私の平服の裾を引いて言った。
「よろしい。だきなさい」
(な~にを言っとるんだぁぁ~~この女児!!)
思わず振り向くと、幸いアンナ嬢は接客中でこちらの話を聞いていなかったようだ。
私は、ここ1年の中で一番ほっとした。
(神よ、感謝します――)
「神父様、早速ひとつ売れました」
「はは、当然のことですよ、アンナ嬢」
いろんな意味での安堵の笑みを浮かべていると、ふたり連れの男女が仲睦まじく腕を組みながら長机に近付いてきた。
「神父様、こんにちは」
男性の方はT.K君だった。と、いうことは?
「こんにちは。もしかしてお隣の方は……」
「はい。僕たち結婚しました!」
ふたりは手の甲をこちらに向け、左手の薬指につけた指輪を見せつけてくる。
よかった、どうやら運命の相手だったらしい。
「神父様のお導きのおかげです。本当にありがとうございます」
「いえいえ、おめでとうございます。おふたりの未来に、神のご加護がありますように」
両手を組んで祈りを捧げ終わると、T.K君の奥方が私とアンナ嬢を交互に見た。
「……おふたりって、なんだかお似合いですね」
「エッ!?!?」
「えっ……」
私とアンナ嬢の声が重なる。
(こ、こんなことをいきなり言われて、アンナ嬢がご不快になっておられなければいいのだが……!)
彼女は私の心のオアシス。たとえ結ばれることができなくとも、せめてこの乾いた心にこまめな水分補給くらいはさせてほしいと思っている。
(もしこれをきっかけに教会に、気まずくて顔を出してくださらなくなったら……いや、最悪の場合、寄付の打ち切りなんてことも……!?)
おそるおそる彼女の顔を覗き見た私の背中に、雷に打たれたかのような衝撃が走る。
なんとアンナ嬢は、頬はおろか耳までも赤く染めていたのだ。
(せ、赤面しておられる~~~~~~!?!?!?)
私の脳内で、特大の花火が何発も打ち上がる。
(えっ、待ってください。もしかして、ワンチャンあるんですか?)
彼女はもじもじしながら、右手の人差し指と左手の人差し指をつんつん突き合わせている。
(い、いえいえ、そもそも私たちは身分が違いすぎます……それに子どもたちが……いや、アンナ嬢なら彼らを引き取ることにも積極的かもしれません……彼女は身分など気になさらない方でしょうし…………もしやこれは、神の思し召し!?)
などと勝手にお告げを受けた気になっていると、彼女の父・エーレンベルク卿がやってこられた。
「おやおや、アンナのこんな真っ赤な顔は初めて見ました。神父様は罪なお方だ」
「っ、いえ、滅相もございません!」
「ははは、冗談ですよ」
「も、もうお父様ったら……それに、神父様は私のことなんて、なんとも思ってらっしゃらないですよ」
(めちゃくちゃ思ってますが?)
思わず、アンナ嬢を穴が開きそうなほど見つめていた時――
「やあ、ルカ。達者でやっているかな?」
「っ、総司祭様!いらっしゃるならご連絡いただければよろしいものを……」
「いや、たまたま近くに来たものだからね」
白のローブをまとった年配の男性が現れ、私の背筋は勝手に伸びる。彼はソレラシー教の教会全体を統べる立場のお方だ。
「エーレンベルク卿、いつも多大なご寄付を賜り、感謝いたします」
「とんでもないことでございます、総司祭様。これは貴族である私どもの義務ですから」
総司祭様が差し出した手をエーレンベルク卿が恭しく両手で包む。握手を終えた我らが長は、私たちを見回した。
「それで、随分楽しそうな様子だったようだが、なんの話をしていたんだい?」
(……それは最悪のフリです、総司祭様!)
エーレンベルク卿が朗らかに笑って言う。
「実はうちの娘が、神父様にどう思われているのか気にしていましてね」
「っ、お父様」
「ああ……そういうことでしたか。アンナ嬢のような素敵な方ならば、ルカも聖職者でさえなければ諸手を挙げてお気持ちを受け入れたことでしょう。なあ?」
私は、顔で笑って心で泣きながら、思ってもないことを口にした。
「そ……そうですね……。私は聖職者ですので……特定の方に特別な感情は抱きません……」
「ええ、ええ。もちろんわかっておりますよ、神父様。……アンナ、これで心置きなく進められるな? シュヴァルツ家のご長男・ハインリヒ卿との婚約の話を」
(……え?)
アンナ嬢は、固い声で頷く。
「はい……お父様」
そして私に向き直ると、どこか強張った笑みを浮かべて言った。
「私たちが結婚式を挙げるその時は……神父様、ぜひ祝福をお願いいたしますね」
――それからのことは、あまりよく覚えていない。
いつの間にかバザーは片付けまで終わっており、日は暮れ、アンナ嬢やお父君、総司祭様の姿はなかった。
今の私はというと、祭壇に突っ伏しながら神に泣きついていた。
「おお、ソレラシー教の神よ……私が何をしたというのです……!」
「毎日教会で煙草吸ってたでしょ」
「神父のくせに、令嬢のお姉さんにガチ恋してただろ」
(うっ)
急所を的確に刺してくる年長の女児ならびに男児に続き、リーナが私の肩に手を置いて言った。
「これでだめになるかんけいなら、うんめいじゃない」
「こんな伏線回収いりません……!」
先日、告解室で言った覚えのある言葉を呟くリーナは、淡々と続ける。
「でも。けっこんしたら、アンナさま、ふこうになる。ハインリヒ、わるいひと」
「は……? どういうことです?」
「だいの、おんなずき。まいばん、しゅちにくりん」
「だ、大の女好き!? 毎晩、酒池肉林!?」
「くろいうわさ。まねーろんだりんぐ」
「黒い噂!? マネーロンダリング!?」
(確かに、エーレンベルク家の皆様は、疑うの『う』の字も知らない方々……その手の情報に疎くてもおかしくない)
こんな辺境の領主を申し出くれた、善意が服を着て歩いているような方々なのだから。
「……しかし、どこでそんな情報を?」
「どくじの、じうほうもう。リーナ、じんせい2しゅうめ」
「また訳のわからないことを……。しかし、そんな情報がある以上、シュヴァルツ卿について調べないわけにはいきませんね」
「えっ、信じんのかよ、神父様」
「火のないところに煙は立たない。信じる信じないではなく、アンナ嬢の幸せのために、怪しい噂は確認する必要があると言っているのです。……決して、『これは婚約が白紙に戻るチャンスかも?』なんて1ミリも思っていませんよ!」
「絶対思ってるじゃん」
頭の後ろに手を当て、疑いの目をこちらに向ける男児をぴしりと指さす。
「お黙りなさい! ソレラシー教の教えにもあったでしょう。『義を見てせざるは勇無きなり』!」
「読んでないから知らね」
「でもさ、なんか面白そうじゃん。僕たちも手伝うよ、神父様!」
子どもたちはワイワイと勝手に盛り上がり、すでに凄腕の情報屋やスパイにでもなった気分らしい。
「だけど、どうやって調べるの? そんな悪い人は、懺悔に来て罪を告白、なんてしないでしょ」
「ふっふっふ。ご心配なく、当てがあります」
ポケット越しに煙草に触れ、私は映画の主役よろしく思わせぶりな笑みを浮かべた。
「いるんですよ、私には……古い付き合いの、素敵な“お友達”がね」
平和ボケしたこの街では、毎日毎日懺悔とは名ばかりの呑気な告白が行われるばかりで、告解室はお悩み相談室と化している。
この教会の神父である私・ルカは28歳。
神にお仕えしてまだ3年の若輩者だが、今日も今日とて悩める子羊のために弁舌を振っていた。
「……なるほど、つまり先日この街で地域おこしの一環として開かれた集団お見合いパーティーで知り合った女性が気になっているものの、どこまで踏み込んでいいかわからず、なかなか進展しないということですね」
「はい」
格子窓の向こうで、匿名希望の相談者が大きく頷いた。今週2度目のお悩み相談にやってきた彼のことは、勝手にT.K君と呼んでいる。匿名、希望、だからだ。
首都の会社にお勤めという立派な彼の実家はトーゲン街にあるらしく、帰省のたびにこの教会にも顔を出している。
私は奥手のビジネスパーソンに尋ねた。
「確認ですが、あなたは誠実に彼女と向き合っており、幸せに出来るんですよね?」
「はい、年収は1000万エン、首都に持ち家、理解ある職場で育休は3年取得可能です! スゴクタカイ山の頂上からだって叫べるほどの大きな愛があります!」
「この上ない優良物件! よろしい!」
私は椅子から立ち上がり叫んだ。
「では、彼女を抱きなさい!」
「わかりまし――ええ〜〜っ!? い、いきなり何をおっしゃるんですか……!」
「結婚に一番大事なのは条件でしょう。彼女に今のあなたを拒む理由などない。それに愛というものは、深い。時には理屈より先に身体で感じることもあるのでは?」
「っ……わかりました、神父様! 今すぐ彼女に会いに行きます!」
「えっ? あっ、ちょっと待ちなさ――」
T.K君は勢いよく告解室の戸を開け、出ていってしまった。
それも仕方のないことだ、ソレラシー教の聖典には『人の話は最後まで聞くこと』という教えは書かれていないのだから。
(それくらいの強気でいきなさい、という意味だと伝えようと思ったのですが……)
「……ま、いいでしょう。これでダメになるなら、運命ではなかったということで」
神よ、彼をいい感じにお導きください。
私も狭苦しい小さな戸を開けると、この教会で面倒を見ている4歳の女児・リーナが目の前に立っていた。黄緑色の簡素なワンピースを着て、髪を頭のてっぺんで結んでいる。
彼女は悩める子羊たちをこの小部屋まで案内する役目を引き受けてくれているのだ。
「しんぷさま。のこりのこひつじ、ぜろひき」
「そうですか、ご苦労様。……では、一服するとしましょう」
告解室の椅子から聖堂へ足を投げ出し、黒の平服のポケットから煙草とマッチと携帯灰皿を取り出す。火を点け、深く煙を吸い込み吐き出すと、東国の山奥に住み悟りを開いたという仙人にでもなった気分だ。
「はぁー……至福の時……。ニコチンとタールのマリアージュが五臓六腑に沁み渡る……」
ちなみに、この煙草は“とある友人”が個人的にくれるもので、決して寄付金を使い込んでいるわけではないことをここにお断りしておく。
狭いうえに古びてはいるがそれなりに立派な造りの聖堂の最奥の壁には、ステンドグラスがはめ込まれている。それは午後の陽射しを虹色に透かし、私の短い銀色の髪まで染めているのだろう。
そういえば、この瞳は青いというのになぜすべての景色が青く見えないのだろうか……。
人が高尚な思索をしながら値上がりするばかりの最高級の嗜好品を味わっている時に限って、子どもたちというのはがやがやと集団でやってくるものである。
告解室の向かい、聖堂の反対側の壁には子どもたちの生活棟へと続く扉があるのだ。
「あー! また吸ってるな、不良神父」
「そこの男児、黙りなさい。労働の後の唯一の愉しみをとやかく言われる筋合いはありませんよ。有害物質を吸い込まないうちに外で遊んでなさい。リーナも行くんですよ。ほら、しっしっ」
「でもさー、今は煙草やめた方がいいよ。もうすぐお姉さんが来るから。さっき窓から見えたんだ。……しかも、今日はパパも一緒」
「なっ……それを早く言いなさい!」
まだ長い煙草を慌てて携帯灰皿に突っ込み、近寄ってきた子どもたちの肩を順番に掴みUターンさせる。
「窓を開けるんですよ、窓を! ほら煙を出して!」
「貸しだからなー、神父様」
手分けして教会の両側にある窓という窓を開け、脱いだ平服でパタパタと煙を追いやる。
そして、祭壇の裏に置いていた石鹸の香りが残る予備のものに着替えた時、ちょうど正面の大扉が開いた。
女神か天使か、もしくはその両方かと思うほど慈愛に満ちた笑顔を浮かべているこの女性は、アンナ・エーレンベルク様。
5年ほど前に新たにこの地の領主となられ、教会にたくさんの寄付をしてくださっているエーレンベルク家のお嬢様だ。
年は、確か20歳になられたばかりのはずである。長い艶のある長い茶色の髪に合う、薄黄色のワンピースをお召しになっていた。
アンナ嬢は私へと近付き、にこりと微笑む。
「ご機嫌よう、神父様」
「ごっ、ゴッゴゴゴゴ機嫌麗シュウゴザイマス、アンナ嬢」
アンナ嬢の前では、私の発汗機能は乱れ、頬は紅潮し、言葉を正しく発音できなくなる。
今回は彼女から歩み寄ってくださったが、こちらから向かうことになれば、右手と右足が同時に前へ出ること請け合いである。
……つまり、私は、その……どうしようもないほどに彼女のことが………………好きなのだ。
「ほ、本日ハ、ドノヨウナゴ用件デ……?」
T.K君には恋愛上級者ぶって話していたが、このザマである。
口から出る言葉のすべてがカタコトになる私の背後で、子どもたちがこらえきれなくなったようにブフーっと吹き出した。
(……後で覚えておきなさい)
「フンッ!!」
私は自分の頬にバチンと平手打ちを食らわせ気合を入れた。これでやっと人間らしく振舞える。
「し、神父様、私と話してるといつも頬をぶたれますよね。それってどういう……」
「お気になさらず、これも神からの試練なのです」
「は、はあ……」
じんじん痛む頬を強制的に緩ませ笑顔を向けると、彼女は気を取り直してバスケットにかかっていた布を取り、たくさんの小袋を見せてくれた。
「それで、用件というほど大したことではないのですが、クッキーを作ってきたんです」
「てっ、てててて手作りクッキーですか!?」
「はい。もし美味しく出来ていたら、今度の教会のバザーにお出ししようかと思って。ぜひ子どもたちと一緒に味見してください」
私は賞状の授与のごとくバスケットを両手で受け取り、一歩下がって頭を下げたまま叫んだ。
「ありがとうございます!!」
「ふふ、そんな、大げさですよ」
彼女が鈴を転がすような声で笑う。その声音と笑顔に、時さえ止まった気がした。
20歳という年齢になっても彼女がどこにも嫁いでいないのは、慈善事業に力を入れておられるからだ。
(立派な心掛けだが……ご家族はどう思われているのでしょう)
不意に、開け放たれたままの扉から立派な仕立てのスーツの紳士が現れた。
「そろそろ行こうか、アンナ。次の予定に遅れてしまう。シュヴァルツ家の方々をお待たせするわけにはいかない」
立派な髭をたくわえた口元に上品な笑みを浮かべているこちらの御仁は、アンナ嬢のお父君であるエーレンベルク卿だ。
「……はい、お父様。では神父様、また今度ゆっくりお話させてください」
「え、ええ。また今度……」
優雅に手を振ってくれた華奢な背中を見送った後も、彼女の残像が見える気がしてしばらく扉を見つめていた。
やがて幻さえも消え去ると、祭壇に置いたバスケットに向き直る。子どもたちもわらわらと集まってきた。
「お前たち、よく味わって食べるんですよ。もぐもぐごっくんと3秒で雑に食べないように」
「わかってるって」
「ああそれと、アンナ嬢とソレラシー教の神にお祈りしてからですよ」
「はいはい」
「『はい』は1回!」
私は、愛しい方の手作りクッキーをまずは目で味わうことにした。
小麦粉とバターと砂糖と膨らし粉を混ぜオーブンで焼かれたものが、どうしてこんなにも輝いて見えるのか? 答えはそう、アンナ嬢が作ったからである。
口に入れると、彼女の微笑みのような優しい甘みが舌の上に広がる。
「うっ……なんて甘美なのでしょう……ああ、アンナ嬢……」
「うわ、また神父様が泣いてる……」
「こういうの『じょうちょ不安定』って言うんだぜ」
生意気な子どもたちの会話を聞き流した私は、自分の手元のクッキーを平らげた後、彼女がいるであろう方角を予想して両手を組んだ。
(アンナ嬢、感謝いたします。それと、今日もこっそりお慕いしております……)
食後の感謝の祈りと個人的な気持ちを述べた後。
教会の壁に書かれたいくつかの掟のうち、導きのようにそのひとつが目に留まる。
――『聖職に就く者よ、汝、神以外を愛するべからず』
(……どこにおわすかもわからぬ神よ、ご安心ください。決して、この場所を投げ出すようなことはいたしません)
周りを見ると、子どもたちが私の真似をして目を閉じ、祈りを捧げている。それは、この世の何よりも神聖な光景だ。
この景色が、まだ俗世の欲にまみれた未熟者の浮かれた心を何度でも正してくれる。
(この想いは、胸の中だけにしまっておきますので。…………ごくたまに口からこぼれ出たり、頭の中で妄想を繰り広げることがあるかもしれませんが、それはまあ、寛大な御心でお許しください)
***
それからしばらくの時が流れ――バザー当日がやってきた。
教会前のだだっ広い空き地には長机が配置され、その上に信徒たちが持ち寄った寄付品が並べられている。
年上の子どもたちが中心になり、売り子を手伝ってくれることになっていた。女児たちはお店屋さんごっこで鍛えたスキルを今こそ発揮すべき時と鼻息を荒くしており、男児たちはそのしもべと化しているようだ。
(普段は草や棒切れを石で売り買いしているのですから、夢のような時間でしょうね)
目を輝かせている子どもたちから視線を自分の手元に戻すと、現実に戻ってきたようで脈拍が急に狂い始める。空には清々しい青が広がり心地よい天気であるのは確かなのだが、私の体感温度ではまるで常夏の国にいるかのようだ。
なぜなら心優しいアンナ嬢がバザー当日の手伝いも申し出てくれ、売り子として私のすぐ横に立っているからである。
善良な、もとい面白がっている子どもたちが、私と一緒に売り子をするのはどうかと進言してくれたらしい。
「クッキー、たくさん焼いてきたので売れるといいんですけど……」
「キット皆サン喜ンデクダサイマス。私モ、アノ味ヲ忘レラレマセン」
「まあ、神父様ったらお上手なんですから」
彼女が砂糖菓子のように甘い笑みを浮かべ、くすくすと声をこぼしているうちに、自分に平手打ちして我を取り戻す。
「アンナ嬢。お忙しいでしょうに、今日はお手伝いくださりありがとうございます」
「いえ……そんな」
彼女は長机で売り子をしている小さな店員や、辺りを走り回っているやんちゃ坊主たちを見回しながら目を細める。
「生き生きとしている子どもたちの姿を見ていれば、神父様がどれだけあの子たちを大事にしてらっしゃるかわかります。……だから、私も少しでも力になりたいと思うんです」
「アンナ嬢……」
「この子たちの笑顔を見ていたいと思うのは、私も同じなんですよ」
私は、この方の、こういうところをお慕いしている。
誰かのために働くことを、何かを差し出すことを、彼女は犠牲とも徳とも思っていない。ただ、そうするのが当然だと信じている。
(彼女にとっての幸せは、一部の人だけのものではなく、全員で分け合うものなのでしょう)
「……なんて。ごめんなさい、神父様。知ったような口をきいて」
「とんでもない、あなたような方がこの街にいらっしゃることを誇らしく思います。神に感謝ですね」
私たちは、微笑みを交わす。
彼女の慈愛に満ちた心に改めて胸打たれると同時に、こんな考えも浮かんできた。
(…………なんだか私たち、いい雰囲気では?)
そこではたと気づき、私はヘッドバンギングして煩悩を振り払う。
(って、また下心が出てるじゃないですか!!)
「し、神父様どうされたんですか!? 首を痛めてしまいますよ……!」
(しっかりしなさい、私! 先日、神に誓い直したばかりでしょう!)
頭を激しく上下に振り終わり、荒い息をついてると、隣の長机で衣類の売り子を手伝っていたリーナがとことこやってくる。
そして、私の平服の裾を引いて言った。
「よろしい。だきなさい」
(な~にを言っとるんだぁぁ~~この女児!!)
思わず振り向くと、幸いアンナ嬢は接客中でこちらの話を聞いていなかったようだ。
私は、ここ1年の中で一番ほっとした。
(神よ、感謝します――)
「神父様、早速ひとつ売れました」
「はは、当然のことですよ、アンナ嬢」
いろんな意味での安堵の笑みを浮かべていると、ふたり連れの男女が仲睦まじく腕を組みながら長机に近付いてきた。
「神父様、こんにちは」
男性の方はT.K君だった。と、いうことは?
「こんにちは。もしかしてお隣の方は……」
「はい。僕たち結婚しました!」
ふたりは手の甲をこちらに向け、左手の薬指につけた指輪を見せつけてくる。
よかった、どうやら運命の相手だったらしい。
「神父様のお導きのおかげです。本当にありがとうございます」
「いえいえ、おめでとうございます。おふたりの未来に、神のご加護がありますように」
両手を組んで祈りを捧げ終わると、T.K君の奥方が私とアンナ嬢を交互に見た。
「……おふたりって、なんだかお似合いですね」
「エッ!?!?」
「えっ……」
私とアンナ嬢の声が重なる。
(こ、こんなことをいきなり言われて、アンナ嬢がご不快になっておられなければいいのだが……!)
彼女は私の心のオアシス。たとえ結ばれることができなくとも、せめてこの乾いた心にこまめな水分補給くらいはさせてほしいと思っている。
(もしこれをきっかけに教会に、気まずくて顔を出してくださらなくなったら……いや、最悪の場合、寄付の打ち切りなんてことも……!?)
おそるおそる彼女の顔を覗き見た私の背中に、雷に打たれたかのような衝撃が走る。
なんとアンナ嬢は、頬はおろか耳までも赤く染めていたのだ。
(せ、赤面しておられる~~~~~~!?!?!?)
私の脳内で、特大の花火が何発も打ち上がる。
(えっ、待ってください。もしかして、ワンチャンあるんですか?)
彼女はもじもじしながら、右手の人差し指と左手の人差し指をつんつん突き合わせている。
(い、いえいえ、そもそも私たちは身分が違いすぎます……それに子どもたちが……いや、アンナ嬢なら彼らを引き取ることにも積極的かもしれません……彼女は身分など気になさらない方でしょうし…………もしやこれは、神の思し召し!?)
などと勝手にお告げを受けた気になっていると、彼女の父・エーレンベルク卿がやってこられた。
「おやおや、アンナのこんな真っ赤な顔は初めて見ました。神父様は罪なお方だ」
「っ、いえ、滅相もございません!」
「ははは、冗談ですよ」
「も、もうお父様ったら……それに、神父様は私のことなんて、なんとも思ってらっしゃらないですよ」
(めちゃくちゃ思ってますが?)
思わず、アンナ嬢を穴が開きそうなほど見つめていた時――
「やあ、ルカ。達者でやっているかな?」
「っ、総司祭様!いらっしゃるならご連絡いただければよろしいものを……」
「いや、たまたま近くに来たものだからね」
白のローブをまとった年配の男性が現れ、私の背筋は勝手に伸びる。彼はソレラシー教の教会全体を統べる立場のお方だ。
「エーレンベルク卿、いつも多大なご寄付を賜り、感謝いたします」
「とんでもないことでございます、総司祭様。これは貴族である私どもの義務ですから」
総司祭様が差し出した手をエーレンベルク卿が恭しく両手で包む。握手を終えた我らが長は、私たちを見回した。
「それで、随分楽しそうな様子だったようだが、なんの話をしていたんだい?」
(……それは最悪のフリです、総司祭様!)
エーレンベルク卿が朗らかに笑って言う。
「実はうちの娘が、神父様にどう思われているのか気にしていましてね」
「っ、お父様」
「ああ……そういうことでしたか。アンナ嬢のような素敵な方ならば、ルカも聖職者でさえなければ諸手を挙げてお気持ちを受け入れたことでしょう。なあ?」
私は、顔で笑って心で泣きながら、思ってもないことを口にした。
「そ……そうですね……。私は聖職者ですので……特定の方に特別な感情は抱きません……」
「ええ、ええ。もちろんわかっておりますよ、神父様。……アンナ、これで心置きなく進められるな? シュヴァルツ家のご長男・ハインリヒ卿との婚約の話を」
(……え?)
アンナ嬢は、固い声で頷く。
「はい……お父様」
そして私に向き直ると、どこか強張った笑みを浮かべて言った。
「私たちが結婚式を挙げるその時は……神父様、ぜひ祝福をお願いいたしますね」
――それからのことは、あまりよく覚えていない。
いつの間にかバザーは片付けまで終わっており、日は暮れ、アンナ嬢やお父君、総司祭様の姿はなかった。
今の私はというと、祭壇に突っ伏しながら神に泣きついていた。
「おお、ソレラシー教の神よ……私が何をしたというのです……!」
「毎日教会で煙草吸ってたでしょ」
「神父のくせに、令嬢のお姉さんにガチ恋してただろ」
(うっ)
急所を的確に刺してくる年長の女児ならびに男児に続き、リーナが私の肩に手を置いて言った。
「これでだめになるかんけいなら、うんめいじゃない」
「こんな伏線回収いりません……!」
先日、告解室で言った覚えのある言葉を呟くリーナは、淡々と続ける。
「でも。けっこんしたら、アンナさま、ふこうになる。ハインリヒ、わるいひと」
「は……? どういうことです?」
「だいの、おんなずき。まいばん、しゅちにくりん」
「だ、大の女好き!? 毎晩、酒池肉林!?」
「くろいうわさ。まねーろんだりんぐ」
「黒い噂!? マネーロンダリング!?」
(確かに、エーレンベルク家の皆様は、疑うの『う』の字も知らない方々……その手の情報に疎くてもおかしくない)
こんな辺境の領主を申し出くれた、善意が服を着て歩いているような方々なのだから。
「……しかし、どこでそんな情報を?」
「どくじの、じうほうもう。リーナ、じんせい2しゅうめ」
「また訳のわからないことを……。しかし、そんな情報がある以上、シュヴァルツ卿について調べないわけにはいきませんね」
「えっ、信じんのかよ、神父様」
「火のないところに煙は立たない。信じる信じないではなく、アンナ嬢の幸せのために、怪しい噂は確認する必要があると言っているのです。……決して、『これは婚約が白紙に戻るチャンスかも?』なんて1ミリも思っていませんよ!」
「絶対思ってるじゃん」
頭の後ろに手を当て、疑いの目をこちらに向ける男児をぴしりと指さす。
「お黙りなさい! ソレラシー教の教えにもあったでしょう。『義を見てせざるは勇無きなり』!」
「読んでないから知らね」
「でもさ、なんか面白そうじゃん。僕たちも手伝うよ、神父様!」
子どもたちはワイワイと勝手に盛り上がり、すでに凄腕の情報屋やスパイにでもなった気分らしい。
「だけど、どうやって調べるの? そんな悪い人は、懺悔に来て罪を告白、なんてしないでしょ」
「ふっふっふ。ご心配なく、当てがあります」
ポケット越しに煙草に触れ、私は映画の主役よろしく思わせぶりな笑みを浮かべた。
「いるんですよ、私には……古い付き合いの、素敵な“お友達”がね」
