槙島 疾風(まきしま はやて) 21歳
鴨の川大学弓道部・主将 。
――それがあたしの
報われない片想いの人。
彼女がいるのと知っていたのに、
好きになった。
絶対、恋におちないって決めていたのに。
諦めようとすればするほど、
アイツを知って、
また好きになる。
それを、何度も何度も繰り返す。
何度か告白しようとした。
でも――
心地いい、この関係を壊したくなくて。
ずっと、気持ちを押し留めてきた。
「……我ながら健気なのか、
諦めが悪いのか」
「どしたの、心。次、立ち入るんでしょ?
準備しなよ」
「へ?……あぁ、ごめんごめん」
――しまった。今は部活中だった。
集中集中……。
ゆがけをまいて立ち上がり、
ぎり粉をふるう。
そのとき。
射場の方から、悲鳴めいた声があがった。
同時に、弓が落ちる音。
あたしは、思わず射場を見た。
「疾風先輩っ!!」
「槙島!!」
「騒ぐなっ!!」
ざわつき始めた場内に、
疾風の一喝が響く。
慌てる様子もなく、弓を拾い上げて。
「ここは射場だ。静かにしろ。集中!」
凛と研ぎ澄まされた声が、
部員たちの空気を引き締める。
あたしは、
弦の切れた弓と的を交互に見つめながら――
昨日の疾風を思い出していた。
*
「どーしたのよ……二十射六中だなんて!」
練習後の三回生ミーティング。
あたしは真っ先に、疾風へ詰め寄った。
「落ち付けって、心。
疾風も疲れてたんだろ。最近、課題が多かったし」
「和泉は黙ってて!」
睨むと、
隣に座る和泉の双子の妹――雫が、控えに言う。
「でも、確かに疾風くんらしくないね。
何かあったの?」
「ごめんごめん。
途中で集中力切れただけだ。
今日だけだし、明日には引きずらない」
「頼んだぞ、主将」
「任せろ。
……で、和泉お前もだろ?
他に気になった部員は?」
「あの二人が最近、型がよくなってきて……」
話し合いは続いたけど、
あたしの意識は、ずっと疾風に向いたままだった。
昨日は暴発して、手を痛めた。
今日は弦切れのあと、的中が下がりっぱなし。
――気のせい?
いや、顔色も良くない。
(あれくらいで揺らぐい人じゃないのに……)
どうにも、腑に落ちない。
*
和泉たちと道場で別れ、
通い慣れた駅までの道を、疾風と並んで歩く。
月明かりに照らされた横顔は、
驚くほど蒼白で。
今にも消えてしまいそうなくらい、儚かった。
「……なんか、あったんでしょ?」
「なんだ、急に」
「とぼけないで。
弦が切れたくらいで、
あそこまでヤワじゃないでしょ」
昨日の戒めを破るには、
十分すぎるほど。
今の疾風は、痛々しかった。
あたしを見るその瞳に――
苦しさと
切なさが滲んでいる。
「……少し、時間ある?」
*
道から少し外れた、小さな公園。
昼間なら子どもたちで賑わう場所は、
今は静まり返っていた。
「お、ブランコ」
疾風はそう言って、立ってまま漕ぎ始める。
あたしも隣に腰掛け、軽く地面を蹴った。
勢いのないブランコ。
惰性で、ゆらゆら揺れる。
――今のあたし、みたい。
止まることもなく。
動きだすこともなく。
流れるまま、
なすがまま。
「……何考えてんだか」
自嘲気味に呟くと、
疾風があたしを呼んだ。
「なぁ、心」
「んー……?」
「浮気してた」
――鎖の軋む音に紛れて、
聞き慣れない単語が耳に刺さる。
「……は?」
聞き間違い?
いやいや、心。問題はそこじゃない。
「なに百面相してんだよ」
「うるさい!
あんたが変な事言うからでしょ!」
笑いながらブランコを漕ぐ疾風は、
子どもみたいに無邪気で。
内容にそぐわない表情に、
――不覚にも、胸が跳ねた。
一際、高く舞ったその瞬間。
「嘘じゃない。
本当だ。
恭子と……先輩だよ」
あまりにも感情のない声。
あたしは――
その言葉の重さを、
まだ測れずにいた。
鴨の川大学弓道部・主将 。
――それがあたしの
報われない片想いの人。
彼女がいるのと知っていたのに、
好きになった。
絶対、恋におちないって決めていたのに。
諦めようとすればするほど、
アイツを知って、
また好きになる。
それを、何度も何度も繰り返す。
何度か告白しようとした。
でも――
心地いい、この関係を壊したくなくて。
ずっと、気持ちを押し留めてきた。
「……我ながら健気なのか、
諦めが悪いのか」
「どしたの、心。次、立ち入るんでしょ?
準備しなよ」
「へ?……あぁ、ごめんごめん」
――しまった。今は部活中だった。
集中集中……。
ゆがけをまいて立ち上がり、
ぎり粉をふるう。
そのとき。
射場の方から、悲鳴めいた声があがった。
同時に、弓が落ちる音。
あたしは、思わず射場を見た。
「疾風先輩っ!!」
「槙島!!」
「騒ぐなっ!!」
ざわつき始めた場内に、
疾風の一喝が響く。
慌てる様子もなく、弓を拾い上げて。
「ここは射場だ。静かにしろ。集中!」
凛と研ぎ澄まされた声が、
部員たちの空気を引き締める。
あたしは、
弦の切れた弓と的を交互に見つめながら――
昨日の疾風を思い出していた。
*
「どーしたのよ……二十射六中だなんて!」
練習後の三回生ミーティング。
あたしは真っ先に、疾風へ詰め寄った。
「落ち付けって、心。
疾風も疲れてたんだろ。最近、課題が多かったし」
「和泉は黙ってて!」
睨むと、
隣に座る和泉の双子の妹――雫が、控えに言う。
「でも、確かに疾風くんらしくないね。
何かあったの?」
「ごめんごめん。
途中で集中力切れただけだ。
今日だけだし、明日には引きずらない」
「頼んだぞ、主将」
「任せろ。
……で、和泉お前もだろ?
他に気になった部員は?」
「あの二人が最近、型がよくなってきて……」
話し合いは続いたけど、
あたしの意識は、ずっと疾風に向いたままだった。
昨日は暴発して、手を痛めた。
今日は弦切れのあと、的中が下がりっぱなし。
――気のせい?
いや、顔色も良くない。
(あれくらいで揺らぐい人じゃないのに……)
どうにも、腑に落ちない。
*
和泉たちと道場で別れ、
通い慣れた駅までの道を、疾風と並んで歩く。
月明かりに照らされた横顔は、
驚くほど蒼白で。
今にも消えてしまいそうなくらい、儚かった。
「……なんか、あったんでしょ?」
「なんだ、急に」
「とぼけないで。
弦が切れたくらいで、
あそこまでヤワじゃないでしょ」
昨日の戒めを破るには、
十分すぎるほど。
今の疾風は、痛々しかった。
あたしを見るその瞳に――
苦しさと
切なさが滲んでいる。
「……少し、時間ある?」
*
道から少し外れた、小さな公園。
昼間なら子どもたちで賑わう場所は、
今は静まり返っていた。
「お、ブランコ」
疾風はそう言って、立ってまま漕ぎ始める。
あたしも隣に腰掛け、軽く地面を蹴った。
勢いのないブランコ。
惰性で、ゆらゆら揺れる。
――今のあたし、みたい。
止まることもなく。
動きだすこともなく。
流れるまま、
なすがまま。
「……何考えてんだか」
自嘲気味に呟くと、
疾風があたしを呼んだ。
「なぁ、心」
「んー……?」
「浮気してた」
――鎖の軋む音に紛れて、
聞き慣れない単語が耳に刺さる。
「……は?」
聞き間違い?
いやいや、心。問題はそこじゃない。
「なに百面相してんだよ」
「うるさい!
あんたが変な事言うからでしょ!」
笑いながらブランコを漕ぐ疾風は、
子どもみたいに無邪気で。
内容にそぐわない表情に、
――不覚にも、胸が跳ねた。
一際、高く舞ったその瞬間。
「嘘じゃない。
本当だ。
恭子と……先輩だよ」
あまりにも感情のない声。
あたしは――
その言葉の重さを、
まだ測れずにいた。



