BitterSweet

煌々と空に輝く満月だけが、知っていた。

彼が
嘘の気持ちに『ほんとう』の言葉を隠して、
終わりのキスをしたことを。

彼女が
嘘の言葉に『ほんとう』の気持ちを忍ばせて、
始まりのキスをしたことを。


きっかけは――

一粒の甘くて苦いチョコレート



「来週からリーグ戦が始まる。
気を緩めず、各自、練習を怠らないこと」
「はいっ!」

正座して並ぶ部員達の前で、
あたしは最後、声を張って締める。
 
「では今日の練習を終わります。
礼。ありがとうございました!」
「「ありがとうございましたっ!!」」


片づけ始める部員達に混じって、
あたしも弓具を手に取る。

すると、数名の後輩が不安そうに寄ってきた。

「あの…心先輩。
疾風先輩は大丈夫でしょうか?」
「大したことないって。
念のために病院行っただけだし、大丈夫よ」
ほっとしたように表情をゆるめる彼女たちを見て、
疾風が"憧れの存在"なのだと、改めて思い知る。
「ほらほら。夜は暗くて危ないから、
早く片づけて帰らないと」
「「はい!」」

元気な返事とともに、
後輩たちは慌ただしく帰り支度をはじめた。
 
あたしは鍵当番の和泉に声をかける。

「今日はあたしが鍵閉めとくね。
疾風の弓も片づけとくし」
「わりぃな。
お前も一応女なんだから、気をつけて帰れよ」
「一応って何よ。
でもありがと、お疲れー」
「おー。お疲れ」

最後の部員を見送って、射場に入る。
疾風が使っていた弓矢に手を伸ばした、そのとき。
ふいに引きたくなった。

弦を引く。
 
「……っ、強っ…引け……ない……」
「当たり前だろ?
十八キロだぜ、それ」
「わぁぁぁっ!」
背後から降ってきた声に、
驚いて弓を落としそうになる。
「は、はやてっ?!」
「危ねー。落とすなよ」
「落としてない!
ていうか、病院じゃなかったの?」
「ああ。行ってきたけど、
大したことないってさ。筋肉疲労」

明るく笑う疾風。
でも――
いつもより、明るすぎる。

「最後のリーグ戦だから
気合い入れすぎた」
「それで怪我したら元も子もないでしょ!
練習始まってすぐ病院行ったのに、
なんで道場来たの?」
「家帰ったけど、
弓出しっぱなしなの思い出してさ」
そう言って、
疾風はあたしの手から弓を取り、弦を外す。
「……的、片づけたのか」
「もう9時前。
早く鍵閉めないと守衛さんに怒られるよ。
…って、まさか疾風、引く気だった?」
「……んー……まぁ……」

歯切れの悪い返事に、
あたしは勢いよく背中を叩いた。

「ばか。
リーグ戦前で怖じけづいた?
らしくないよ。怪我じゃないんだから、すぐ良くなる」
「痛てぇ……」
「それなら古川さんに
ナースコスプレしてもらって
『癒して♡』とか言えば?」

いつも通りの軽口。
自分が傷つかないための冗談。

「お前はオッサンか」
「疾風主将ほどエロくないし」
「心も大概だろ?」

ふざけ合う、いつもの距離。

――うん。
これが、あたしたちの距離だ。

「古川さん」
その名前を口にしても 、
胸がざわつくのは、ほんの少しだけ。

ここまで来るのに、二年。
……上出来じゃない。

「俺の代わりに、最後ありがとな」
「え?
……あぁ。ちゃんと釘も刺しといたよ。
『リーグ戦に向けて死ぬ気で練習しろ』って」
「さすが。頼りになる副将です」
「主将のお守りは大変なんですー。
あー、肩凝るー」
「言ってろ、ばーか」

並んで駅まで歩く帰り道。
笑いながら話してるのに、
疾風の表情は、時々曇る。

――気付いてないふりをした。

だって、
それがあたしたちの“距離”だから。

彼にとって、
あたしは「失いたくない仲間」で。
それ以上でも、それ以下でもない。

まるで、
あたしの心模様を写したみたいに、
空には鈍く滲んだ月が浮かんでいた。

甘くて、
苦い。

まだ、名前のつかない恋のまま。