放課後、教室にはほとんど人が残っていなかった。
依音は、怜が片付けるのを待ちながら、机に座ったまま指先をいじっている。
少し前なら、誰かの視線や気配が気になっていたはずなのに、今は違う。
怜がいる。
それだけで、十分だった。
「依音」
呼ばれて、すぐに顔を上げる。
「先に帰りたい?」
一応、選択肢みたいな聞き方。
でも依音はもう分かっている。
「……一緒がいい」
怜は、満足そうに微笑んだ。
「うん。じゃあ帰ろう」
校舎を出ると、空は少し暗くなっていた。
風が冷たくて、依音は無意識に怜に近づく。
その距離を、怜は当然のように受け入れる。
「最近さ」
歩きながら、依音がぽつりと言う。
「私、怜くんがいない時間、何してたか思い出せなくなってきた」
自分でも不思議そうな声。
怜は、少しだけ足を緩めた。
「思い出さなくていいよ」
即答だった。
「必要なかった時間でしょ」
依音は、一瞬だけ不安そうな顔をしたけれど、すぐに納得したように頷く。
「……そうかも」
その反応に、怜の胸の奥が静かに満たされる。
依音の記憶から、
自分がいない時間が“空白”になっていく。
理想的だった。
家の前に着くと、依音は立ち止まる。
「怜くん、今日も……」
言いかけて、言葉が止まる。
怜は、続きを待つ。
「今日も、そばにいてくれて、ありがとう」
依音の声は、小さいけれど真剣だった。
怜は、依音の前に立って、逃げ場を塞ぐ距離で答える。
「当たり前だよ」
「俺がいないと、落ち着かないんでしょ?」
依音は、少しだけ視線を逸らしてから、頷いた。
「……うん」
その一言で、十分だった。
怜は、依音の髪にそっと触れる。
撫でるようで、
確認するようで、
所有を確かめるみたいな動き。
「ね」
優しい声。
「これからはさ」
「不安になりそうな予定、全部俺に教えて」
「人と会う時も、外に出る時も」
「俺が大丈夫って言った時だけにしよ」
提案の形をした、決定事項。
依音は、一瞬だけ迷った顔をしてから、安心したように息を吐いた。
「……それなら、安心かも」
その言葉を聞いた瞬間、
怜の中で“境界線”という概念が完全に消えた。
「でしょ」
「依音は、俺の許可があった方が落ち着く」
「それって、悪いことじゃない」
むしろ、正しい。
怜はそう思っている。
依音は、怜の制服の袖を掴む。
「……離れないでね」
ほとんど、縋るみたいな声。
怜は、ゆっくりと頷いた。
「離れないよ」
否定はしない。
でも、付け足す。
「離れ“られない”ようにするから」
依音は、その微妙な違いに気づかないふりをして、
怜の胸に額を寄せた。
その仕草が、
怜にとっては何よりの合図だった。
――もう、外は必要ない。
境界線は消えた。
選択肢も、距離も。
残っているのは、
依音と、怜。
それだけの世界。
怜は、その完成形を思い描きながら、
依音の背中を静かに抱き寄せた。
逃げ道がないことを、
“安心”として。
依音は、怜が片付けるのを待ちながら、机に座ったまま指先をいじっている。
少し前なら、誰かの視線や気配が気になっていたはずなのに、今は違う。
怜がいる。
それだけで、十分だった。
「依音」
呼ばれて、すぐに顔を上げる。
「先に帰りたい?」
一応、選択肢みたいな聞き方。
でも依音はもう分かっている。
「……一緒がいい」
怜は、満足そうに微笑んだ。
「うん。じゃあ帰ろう」
校舎を出ると、空は少し暗くなっていた。
風が冷たくて、依音は無意識に怜に近づく。
その距離を、怜は当然のように受け入れる。
「最近さ」
歩きながら、依音がぽつりと言う。
「私、怜くんがいない時間、何してたか思い出せなくなってきた」
自分でも不思議そうな声。
怜は、少しだけ足を緩めた。
「思い出さなくていいよ」
即答だった。
「必要なかった時間でしょ」
依音は、一瞬だけ不安そうな顔をしたけれど、すぐに納得したように頷く。
「……そうかも」
その反応に、怜の胸の奥が静かに満たされる。
依音の記憶から、
自分がいない時間が“空白”になっていく。
理想的だった。
家の前に着くと、依音は立ち止まる。
「怜くん、今日も……」
言いかけて、言葉が止まる。
怜は、続きを待つ。
「今日も、そばにいてくれて、ありがとう」
依音の声は、小さいけれど真剣だった。
怜は、依音の前に立って、逃げ場を塞ぐ距離で答える。
「当たり前だよ」
「俺がいないと、落ち着かないんでしょ?」
依音は、少しだけ視線を逸らしてから、頷いた。
「……うん」
その一言で、十分だった。
怜は、依音の髪にそっと触れる。
撫でるようで、
確認するようで、
所有を確かめるみたいな動き。
「ね」
優しい声。
「これからはさ」
「不安になりそうな予定、全部俺に教えて」
「人と会う時も、外に出る時も」
「俺が大丈夫って言った時だけにしよ」
提案の形をした、決定事項。
依音は、一瞬だけ迷った顔をしてから、安心したように息を吐いた。
「……それなら、安心かも」
その言葉を聞いた瞬間、
怜の中で“境界線”という概念が完全に消えた。
「でしょ」
「依音は、俺の許可があった方が落ち着く」
「それって、悪いことじゃない」
むしろ、正しい。
怜はそう思っている。
依音は、怜の制服の袖を掴む。
「……離れないでね」
ほとんど、縋るみたいな声。
怜は、ゆっくりと頷いた。
「離れないよ」
否定はしない。
でも、付け足す。
「離れ“られない”ようにするから」
依音は、その微妙な違いに気づかないふりをして、
怜の胸に額を寄せた。
その仕草が、
怜にとっては何よりの合図だった。
――もう、外は必要ない。
境界線は消えた。
選択肢も、距離も。
残っているのは、
依音と、怜。
それだけの世界。
怜は、その完成形を思い描きながら、
依音の背中を静かに抱き寄せた。
逃げ道がないことを、
“安心”として。
