その後トミオは、病院内にある調剤薬局に立ち寄る。薬を自宅に届けてもらうためだ。
時計を確認すれば、次のバスの発車まで1時間。
今日は病院の予定が入っているから、仕事を急ぐこともない。
(こんな天気の良い日は、のんびりしよう)
リエと再会した思い出の場所――。
それはこの病院の中庭だ。年月が経った今も変わらずそこにある。
数多くの植物が並ぶ、陽光を受け光に満ちた庭園。静かな水音を奏でる大きな噴水を中心に構成された、水と緑の空間はあの日と何も変わらない。
トミオは噴水前のベンチに腰掛け、自然が奏でる小さな音楽に耳を澄ませた。
空には澄んだ青空が見える。綿菓子の様な雲が風に乗って揺れている。
(仕事に追われてばかりで、こんなゆっくりした時間を取るのは久しぶりだ)
このところサツキは空を見ては天気を気にしていた。
かつてリエがそうしていたように。
雨が降れば"恵みの雨"と喜び、穏やかな晴れの日は"良い太陽"と笑顔を見せる。
もっともサツキはリエのような笑顔を見せることはない。
黒いカメラアイを点灯させながら『トミオさんが今日も元気に過ごせるように』と告げるだけだ。
サツキを思い浮かべると、朝に言われた"オミヤゲ"を思い出す。
AIドールに花束を贈る、それがどういうことか、トミオは今しばらく冷静に考えた。
サツキはAIドール。ユーザーに希望をもたらす為に存在する機械だ。
(花束はやめておこう。だが、他に思いつかないな……)
深いため息をつき、トミオは端末の画面を見ながら苦笑する。
画面には『支払い済み』と記された、小さな青紫色の花の鉢植えが映っていた。
-※-
最初はトミオだけだった中庭に、若い女性看護師が小柄な少女を連れてやってくる。
長い銀髪を首の後ろで二つに分けてまとめた髪、紫色の瞳。
細部まで整った顔立ちはまるで人形のようだ。
水色の地に白いストライプが入った衣服を纏い、白いサンダルを履いている。入院患者なのだろう。
少女はトミオと目が合うと、わずかに微笑み軽く会釈を行う。
「時間になったら迎えに来ますからね」
「はい」
少女は立ち去る看護師を見送ると、トミオの座るベンチに向かって歩いてくる。
「隣に座っても良いかしら?」
少女の姿がユイに重なり、トミオは思わず微笑んでうなずく。
「おじいさまも最後のお別れにいらしたの?」
「うん? 最後のお別れ?」
少女は、憂い顔になる。
「この場所は、もうすぐ取り壊される予定なんですの……」
「そうなんだ。落ち着ける素敵な場所だったのに、残念だ」
少女の言葉に、トミオも残念そうな表情を見せた。
「でしょう!?」
彼女はトミオを話の分かる相手と認識したようだ。
少女の話を聞きながらトミオは噴水に目を向けた。確かにあちらこちらで老朽化が進んでいる。
同じ物かどうかはわからないが、この場所に噴水は42年前からあるのだ。
「僕はこの中庭が好きだった。だからなくなるのはすこし寂しいね」
「ええ……」
しばらく間を置いて、少女は少しずつ言葉を紡ぎ始める。
長くこの病院に来院していること。
この場所で友達と宝物を探した思い出があること。
その友達とは突然会えなくなったこと。
それでもこの中庭に来ればその友達と再会できると思っていること。
少女がポケットから小さな鉱石のようなものを取り出す。
「それは?」
「わたくしの宝物……。いえ、たったひとつの大事な記憶ですわ」
それは精巧につくられた人工水晶石だ。
5センチほどの細長い石の中には、小さな4枚の葉の植物。
「四葉のクローバー……」
植物に疎いトミオでも四葉のクローバーを知っていたのは、在りし日のリエが教えてくれたからだ。
「ええ。この中庭でお友達が見つけてくれたの」
お友達、そう告げる少女は特に嬉しそうに微笑む。
大事な友達との思い出がこの中庭に詰まっていることが伺える。
「よろしければ、探してみてはいかが? ……きっと幸せになれますわ」
トミオはふとサツキを思い浮かべた。
自分の亡き後、サツキはどうなるのだろうか。
次の”主”と出会い、幸せになれるだろうか。
「……そうか。じゃあ、探してみるよ」
時計を確認すれば、次のバスの発車まで1時間。
今日は病院の予定が入っているから、仕事を急ぐこともない。
(こんな天気の良い日は、のんびりしよう)
リエと再会した思い出の場所――。
それはこの病院の中庭だ。年月が経った今も変わらずそこにある。
数多くの植物が並ぶ、陽光を受け光に満ちた庭園。静かな水音を奏でる大きな噴水を中心に構成された、水と緑の空間はあの日と何も変わらない。
トミオは噴水前のベンチに腰掛け、自然が奏でる小さな音楽に耳を澄ませた。
空には澄んだ青空が見える。綿菓子の様な雲が風に乗って揺れている。
(仕事に追われてばかりで、こんなゆっくりした時間を取るのは久しぶりだ)
このところサツキは空を見ては天気を気にしていた。
かつてリエがそうしていたように。
雨が降れば"恵みの雨"と喜び、穏やかな晴れの日は"良い太陽"と笑顔を見せる。
もっともサツキはリエのような笑顔を見せることはない。
黒いカメラアイを点灯させながら『トミオさんが今日も元気に過ごせるように』と告げるだけだ。
サツキを思い浮かべると、朝に言われた"オミヤゲ"を思い出す。
AIドールに花束を贈る、それがどういうことか、トミオは今しばらく冷静に考えた。
サツキはAIドール。ユーザーに希望をもたらす為に存在する機械だ。
(花束はやめておこう。だが、他に思いつかないな……)
深いため息をつき、トミオは端末の画面を見ながら苦笑する。
画面には『支払い済み』と記された、小さな青紫色の花の鉢植えが映っていた。
-※-
最初はトミオだけだった中庭に、若い女性看護師が小柄な少女を連れてやってくる。
長い銀髪を首の後ろで二つに分けてまとめた髪、紫色の瞳。
細部まで整った顔立ちはまるで人形のようだ。
水色の地に白いストライプが入った衣服を纏い、白いサンダルを履いている。入院患者なのだろう。
少女はトミオと目が合うと、わずかに微笑み軽く会釈を行う。
「時間になったら迎えに来ますからね」
「はい」
少女は立ち去る看護師を見送ると、トミオの座るベンチに向かって歩いてくる。
「隣に座っても良いかしら?」
少女の姿がユイに重なり、トミオは思わず微笑んでうなずく。
「おじいさまも最後のお別れにいらしたの?」
「うん? 最後のお別れ?」
少女は、憂い顔になる。
「この場所は、もうすぐ取り壊される予定なんですの……」
「そうなんだ。落ち着ける素敵な場所だったのに、残念だ」
少女の言葉に、トミオも残念そうな表情を見せた。
「でしょう!?」
彼女はトミオを話の分かる相手と認識したようだ。
少女の話を聞きながらトミオは噴水に目を向けた。確かにあちらこちらで老朽化が進んでいる。
同じ物かどうかはわからないが、この場所に噴水は42年前からあるのだ。
「僕はこの中庭が好きだった。だからなくなるのはすこし寂しいね」
「ええ……」
しばらく間を置いて、少女は少しずつ言葉を紡ぎ始める。
長くこの病院に来院していること。
この場所で友達と宝物を探した思い出があること。
その友達とは突然会えなくなったこと。
それでもこの中庭に来ればその友達と再会できると思っていること。
少女がポケットから小さな鉱石のようなものを取り出す。
「それは?」
「わたくしの宝物……。いえ、たったひとつの大事な記憶ですわ」
それは精巧につくられた人工水晶石だ。
5センチほどの細長い石の中には、小さな4枚の葉の植物。
「四葉のクローバー……」
植物に疎いトミオでも四葉のクローバーを知っていたのは、在りし日のリエが教えてくれたからだ。
「ええ。この中庭でお友達が見つけてくれたの」
お友達、そう告げる少女は特に嬉しそうに微笑む。
大事な友達との思い出がこの中庭に詰まっていることが伺える。
「よろしければ、探してみてはいかが? ……きっと幸せになれますわ」
トミオはふとサツキを思い浮かべた。
自分の亡き後、サツキはどうなるのだろうか。
次の”主”と出会い、幸せになれるだろうか。
「……そうか。じゃあ、探してみるよ」
