仕事を終え帰宅した後。
食事も取らず、銀のプレートを木製の折りたたみテーブルの上に置き、思い悩んでいた。
『リエ・ミア・カイドウ』
このプレートの中には、彼女のプロフィールが記載されている。
お見合いの日程もこの中にあるのだから、必ず確認はしなければならない。
それなのに、気が進まない。
トミオは自らのこれまでを振り返る。
機械が好きで、機械を追いかけているうちに、自分の青春時代は終わってしまった。
恋を知らないまま大人になり、恋人不在歴がそのまま年齢イコールになった。
それを後悔する日が来るなんて、思いもよらなかった――。
恋愛の何たるかも知らぬまま、結婚を前提とした見合いをするのだ。
本当に自分の選択はこれで良かったのだろうか?
その時、携帯端末にケイゴと表示される。
彼は、トミオの同期で友人だ。
元々同じ修理部門に所属していたものの、今は営業部門へ移った。
頻繁に会えるわけではないが、時々こうして連絡し合う。
通信を「承諾」すると、ケイゴの映像が画面に映る。
男性にしては少し高めの、陽気な声がトミオの静かな空間に響く。
「よう! 見合いすんだってな!」
妙にハイテンションな様子に、トミオは驚きを隠せなかった。
「なんでケイゴも知ってるんだ? その話、一体どこから聞きつけた?」
「あ? ウチの部署の女子職員から聞いたんだよ」
社長の部屋を出てからというもの、やたら女性からの視線を感じた……気がする。
絶えず女性と目が合ったし、ある女性からは潤んだ瞳で見つめられたりもした。
いつものように深く考えずに視線を逸らしたが。
「で、お相手はどうだった? 映像を見たんだろ?」
画面向こうのケイゴの目が輝いている。
(どうしてケイゴが俺の見合い相手を気にするんだ?)
「まだ見てない」
トミオはムスッとした表情で画面から視線を逸らす。
「はぁ? 何してんだよ、今すぐ確認しろよ!」
どうしてそんなに急かすのだろう。
わかってはいる、確認はいずれ……する。
ただそんなふうに急かされると、億劫にもなる。
「確認はする」
「あれか、不安なのか? 大丈夫だって。アレン曰く、相性は最高に良いらしいぞ?」
「アレンも知ってるのかよ。しかも勝手に占われても……」
アレンも同期であり友人だ。
ケイゴ同様かつては修理部門に居たが、今は開発部門に所属している。
甘いマスクに金髪の長い髪、常緑色の瞳の長身の男性。そんな彼の趣味は占いだ。
(ケイゴといいアレンといい、今度会ったら酒でも奢らせてやる!)
トミオをなだめるようにケイゴが声を掛ける。
「まあそう怒るな。アイツなりの応援だよ。占いはスパイスだ。いい結果なら前向きになれるだろ?」
ケイゴもアレンも面倒見の良い頼れる友人だ。
アレンは少し強引なところがあるが、彼の積極的なところに助けられていることも多い。
『――相性は最高に良い』
アレンの占い結果が、脳裏をよぎる。
それはふたりの性格だろうか。それとも……。
「最高に良い相性って……何の相性なんだ?」
「それ……、俺に聞くなよ」
気まずい空気がしばし流れる。
そんな空気を変えようと、ケイゴが別の話題を無理やり流す。
「リージョンNってお前の故郷だったよな? いまその動物園、流行っているんだと」
「そういえばニュースになっていたな」
この世界には”国”というものが存在しない代わりに、幾つもの”リージョン”が存在する。
”リージョンN”は四方を海に囲まれた地域だ。このリージョンにある動物園施設は人気の観光地であったが、建物の老朽化でリニューアルしたのだ。トミオもなめらかな動物の動きを再現できないだろうかと、何度も足を運んだことがあった。
「その動物園の動画をうちの部署の女性陣に見せたら反応が良かったんだ。一応送っておくぞ」
「まさか、見合いで使えってことか?」
「ああ。撮影者は後輩だが、いい出来なんだよ。トミオも見ろよ。」
すぐにケイゴから動画ファイルが送られてくる。
女性の反応が良い動画と聞いて、トミオは少し興味をそそられる。
それはどういった機器を用いて撮影された動画なのか。
「ふむ」
受信し確認すると、体の大きなペンギンを撮影した動画であることが分かった。
まるで目の前にペンギンが存在するかのような映像美に、トミオは感嘆の声を上げる。
「凄いな。撮影はうちのカメラ? ……いや違うな。他社の最新モデルのカメラか」
意図したものとは全く別のことに興奮するトミオに、ケイゴがあきれた様子を見せる。
「……見るところ、そこじゃないぞ。俺も不安になって来た。とにかく今すぐ確認だ」
と、ケイゴからの通信が終了する。
彼的に伝えたいことは伝えたということなのだろうと、トミオは理解する。
忙しい合間に通信を送ってくれたことをありがたく思う。
もう一度ペンギンの動画を眺める。
映っているのはオスのペンギンだ。
(生涯でただ一度の恋。それに勝利するために、意中の相手に示す行動……)
意中の雌に対して行う求愛行動の一部を、動画に収めたもの。
翼を使って軽く叩いたり、羽繕いをしてみたり。
その挙動はどこか人間臭くて、目を離せない面白さがある。
「なるほど……意外な発見があるな」
それでもトミオの思考は、この動画をみて思いついたアイディアを仕事に活かすことに集中する。
素早く携帯端末にまとめると満足した様子で背筋を伸ばす。
その時、存在を忘れかけた銀のプレートが視界に入り、優先事項を間違えたことに気が付いた。
(しまった! 今はそれどころじゃなかったな)
トミオは銀のプレートを引き寄せ、解錠してプレートの内容を確認する。
リエのプロフィールを開く手先が、わずかに震えた。
食事も取らず、銀のプレートを木製の折りたたみテーブルの上に置き、思い悩んでいた。
『リエ・ミア・カイドウ』
このプレートの中には、彼女のプロフィールが記載されている。
お見合いの日程もこの中にあるのだから、必ず確認はしなければならない。
それなのに、気が進まない。
トミオは自らのこれまでを振り返る。
機械が好きで、機械を追いかけているうちに、自分の青春時代は終わってしまった。
恋を知らないまま大人になり、恋人不在歴がそのまま年齢イコールになった。
それを後悔する日が来るなんて、思いもよらなかった――。
恋愛の何たるかも知らぬまま、結婚を前提とした見合いをするのだ。
本当に自分の選択はこれで良かったのだろうか?
その時、携帯端末にケイゴと表示される。
彼は、トミオの同期で友人だ。
元々同じ修理部門に所属していたものの、今は営業部門へ移った。
頻繁に会えるわけではないが、時々こうして連絡し合う。
通信を「承諾」すると、ケイゴの映像が画面に映る。
男性にしては少し高めの、陽気な声がトミオの静かな空間に響く。
「よう! 見合いすんだってな!」
妙にハイテンションな様子に、トミオは驚きを隠せなかった。
「なんでケイゴも知ってるんだ? その話、一体どこから聞きつけた?」
「あ? ウチの部署の女子職員から聞いたんだよ」
社長の部屋を出てからというもの、やたら女性からの視線を感じた……気がする。
絶えず女性と目が合ったし、ある女性からは潤んだ瞳で見つめられたりもした。
いつものように深く考えずに視線を逸らしたが。
「で、お相手はどうだった? 映像を見たんだろ?」
画面向こうのケイゴの目が輝いている。
(どうしてケイゴが俺の見合い相手を気にするんだ?)
「まだ見てない」
トミオはムスッとした表情で画面から視線を逸らす。
「はぁ? 何してんだよ、今すぐ確認しろよ!」
どうしてそんなに急かすのだろう。
わかってはいる、確認はいずれ……する。
ただそんなふうに急かされると、億劫にもなる。
「確認はする」
「あれか、不安なのか? 大丈夫だって。アレン曰く、相性は最高に良いらしいぞ?」
「アレンも知ってるのかよ。しかも勝手に占われても……」
アレンも同期であり友人だ。
ケイゴ同様かつては修理部門に居たが、今は開発部門に所属している。
甘いマスクに金髪の長い髪、常緑色の瞳の長身の男性。そんな彼の趣味は占いだ。
(ケイゴといいアレンといい、今度会ったら酒でも奢らせてやる!)
トミオをなだめるようにケイゴが声を掛ける。
「まあそう怒るな。アイツなりの応援だよ。占いはスパイスだ。いい結果なら前向きになれるだろ?」
ケイゴもアレンも面倒見の良い頼れる友人だ。
アレンは少し強引なところがあるが、彼の積極的なところに助けられていることも多い。
『――相性は最高に良い』
アレンの占い結果が、脳裏をよぎる。
それはふたりの性格だろうか。それとも……。
「最高に良い相性って……何の相性なんだ?」
「それ……、俺に聞くなよ」
気まずい空気がしばし流れる。
そんな空気を変えようと、ケイゴが別の話題を無理やり流す。
「リージョンNってお前の故郷だったよな? いまその動物園、流行っているんだと」
「そういえばニュースになっていたな」
この世界には”国”というものが存在しない代わりに、幾つもの”リージョン”が存在する。
”リージョンN”は四方を海に囲まれた地域だ。このリージョンにある動物園施設は人気の観光地であったが、建物の老朽化でリニューアルしたのだ。トミオもなめらかな動物の動きを再現できないだろうかと、何度も足を運んだことがあった。
「その動物園の動画をうちの部署の女性陣に見せたら反応が良かったんだ。一応送っておくぞ」
「まさか、見合いで使えってことか?」
「ああ。撮影者は後輩だが、いい出来なんだよ。トミオも見ろよ。」
すぐにケイゴから動画ファイルが送られてくる。
女性の反応が良い動画と聞いて、トミオは少し興味をそそられる。
それはどういった機器を用いて撮影された動画なのか。
「ふむ」
受信し確認すると、体の大きなペンギンを撮影した動画であることが分かった。
まるで目の前にペンギンが存在するかのような映像美に、トミオは感嘆の声を上げる。
「凄いな。撮影はうちのカメラ? ……いや違うな。他社の最新モデルのカメラか」
意図したものとは全く別のことに興奮するトミオに、ケイゴがあきれた様子を見せる。
「……見るところ、そこじゃないぞ。俺も不安になって来た。とにかく今すぐ確認だ」
と、ケイゴからの通信が終了する。
彼的に伝えたいことは伝えたということなのだろうと、トミオは理解する。
忙しい合間に通信を送ってくれたことをありがたく思う。
もう一度ペンギンの動画を眺める。
映っているのはオスのペンギンだ。
(生涯でただ一度の恋。それに勝利するために、意中の相手に示す行動……)
意中の雌に対して行う求愛行動の一部を、動画に収めたもの。
翼を使って軽く叩いたり、羽繕いをしてみたり。
その挙動はどこか人間臭くて、目を離せない面白さがある。
「なるほど……意外な発見があるな」
それでもトミオの思考は、この動画をみて思いついたアイディアを仕事に活かすことに集中する。
素早く携帯端末にまとめると満足した様子で背筋を伸ばす。
その時、存在を忘れかけた銀のプレートが視界に入り、優先事項を間違えたことに気が付いた。
(しまった! 今はそれどころじゃなかったな)
トミオは銀のプレートを引き寄せ、解錠してプレートの内容を確認する。
リエのプロフィールを開く手先が、わずかに震えた。
