物心つく頃から、トミオは機械が好きだった。
不注意で壊してしまった端末を、自分の手で再び稼働させた時の感動は、今でも忘れられない。
モノが壊れる理由は様々だ。しかし故障の原因のほとんどは、ユーザー自身が意図して起こしたものではない。ただその行動をとれば壊れてしまうという結果を知らなかっただけ。
トミオの両親は、モノはモノだと割り切るタイプの人間だった。トミオもそういう考えもあると理解はしている。だからこそこの考えを否定したくはない。ただ自らが所有するモノだからどういう扱い方をしても自由、という考えには共感できない。メーカーが推奨した扱いをするのでもなく、エラーが出れば気に入らないと新たに購入する。家の中には最新の機械があったが、そうした機械の中に長く大切に使われたものはなかった。どれほど丁寧に作られ機能的で素晴らしくとも、その価値を発揮しないまま新しいモノと入れ替わる。
しかしそうした両親のおかげでトミオは常に新しい技術に触れることができた。両親をモデルに、モノの扱い方やどこを改良すれば長くユーザーに愛されるかも、知るきっかけが出来た。トミオが心から望み納得させるだけの結果を出せば惜しみなく学びの機会を与えてくれたからだ。
成長したトミオが目指した職業は、壊れた機械の修理だ。自分が作った機械を愛用するユーザーのために、本当に良いものを届けたい。そのためには優れた技術と最先端の知識、経験が必要だ。そんなトミオが選んだ職場が、独自のAIを開発したアゼロン・カンパニーと提携を結ぶ大手端末機械メーカー、アゼレウス社だ。教授のツテで学生の頃からこの会社に所属し、幾つもの資格試験を経て「修理技能士」のライセンスを取得。トミオが正規雇用となってからは、周囲から“特級技士“と呼ばれるようになっていた。
この特級技士とは、修理技能士の中でも熟練の技術を持った者のことを指す。多くの修理技能士の模範だ。トミオ的には地位や名誉、肩書きなどに興味はなかった。トミオが“特級技士”であるという事実を知る者は、上層部のわずかな人間と友人たちのみ。何も知らない後輩たちは、トミオを無欲であるがゆえに出世コースを踏み外した、哀れな修理技能士の一人と思い込んでいた。それどころか極度のワーカホリックと誤解する者もいるほどだ。同期の友人たちは、トミオ自身がこうした誤った認識を受け入れている事実に憤慨する。
「俺はそれで構わない。俺を超える若手が増えるならそれでいい」
定年を迎えても、会社はトミオを必要とした。
トミオは最後まで活躍する場所を得られた自分は幸運と考えていた。
-※-
杖をついたトミオがゆっくりと歩く中、白衣を着た若い女性看護師とすれ違う。B5サイズほどの端末を抱える彼女は、まだ二十代後半に見えた。かつてリエもまた看護師をしていた。
この病院は大きな総合病院で、アゼレウス社とは提携を結んでいる。そのため社員は何かあるとこの病院で診てもらう。急患が出れば当然遅れることもあるし、最悪、再来院となることもある。最近は遠方からの来院も多いのだろう、朝早くから来ている患者がすでにロビーに集まっていた。大きな画面に診療番号と診療室が表示される。携帯端末を開き、診療番号をもう一度確認する。63番……今は30番台が掲示されている。
(いいさ、待つことには慣れている。たとえ待った先に何が起ころうとも)
空いている椅子にゆっくりと静かに腰を下ろすと、正面には先ほどの中庭が見える。降り注ぐ柔らかな光を眩しそうに目を細め、トミオは昔の記憶に想いを馳せた――――。
不注意で壊してしまった端末を、自分の手で再び稼働させた時の感動は、今でも忘れられない。
モノが壊れる理由は様々だ。しかし故障の原因のほとんどは、ユーザー自身が意図して起こしたものではない。ただその行動をとれば壊れてしまうという結果を知らなかっただけ。
トミオの両親は、モノはモノだと割り切るタイプの人間だった。トミオもそういう考えもあると理解はしている。だからこそこの考えを否定したくはない。ただ自らが所有するモノだからどういう扱い方をしても自由、という考えには共感できない。メーカーが推奨した扱いをするのでもなく、エラーが出れば気に入らないと新たに購入する。家の中には最新の機械があったが、そうした機械の中に長く大切に使われたものはなかった。どれほど丁寧に作られ機能的で素晴らしくとも、その価値を発揮しないまま新しいモノと入れ替わる。
しかしそうした両親のおかげでトミオは常に新しい技術に触れることができた。両親をモデルに、モノの扱い方やどこを改良すれば長くユーザーに愛されるかも、知るきっかけが出来た。トミオが心から望み納得させるだけの結果を出せば惜しみなく学びの機会を与えてくれたからだ。
成長したトミオが目指した職業は、壊れた機械の修理だ。自分が作った機械を愛用するユーザーのために、本当に良いものを届けたい。そのためには優れた技術と最先端の知識、経験が必要だ。そんなトミオが選んだ職場が、独自のAIを開発したアゼロン・カンパニーと提携を結ぶ大手端末機械メーカー、アゼレウス社だ。教授のツテで学生の頃からこの会社に所属し、幾つもの資格試験を経て「修理技能士」のライセンスを取得。トミオが正規雇用となってからは、周囲から“特級技士“と呼ばれるようになっていた。
この特級技士とは、修理技能士の中でも熟練の技術を持った者のことを指す。多くの修理技能士の模範だ。トミオ的には地位や名誉、肩書きなどに興味はなかった。トミオが“特級技士”であるという事実を知る者は、上層部のわずかな人間と友人たちのみ。何も知らない後輩たちは、トミオを無欲であるがゆえに出世コースを踏み外した、哀れな修理技能士の一人と思い込んでいた。それどころか極度のワーカホリックと誤解する者もいるほどだ。同期の友人たちは、トミオ自身がこうした誤った認識を受け入れている事実に憤慨する。
「俺はそれで構わない。俺を超える若手が増えるならそれでいい」
定年を迎えても、会社はトミオを必要とした。
トミオは最後まで活躍する場所を得られた自分は幸運と考えていた。
-※-
杖をついたトミオがゆっくりと歩く中、白衣を着た若い女性看護師とすれ違う。B5サイズほどの端末を抱える彼女は、まだ二十代後半に見えた。かつてリエもまた看護師をしていた。
この病院は大きな総合病院で、アゼレウス社とは提携を結んでいる。そのため社員は何かあるとこの病院で診てもらう。急患が出れば当然遅れることもあるし、最悪、再来院となることもある。最近は遠方からの来院も多いのだろう、朝早くから来ている患者がすでにロビーに集まっていた。大きな画面に診療番号と診療室が表示される。携帯端末を開き、診療番号をもう一度確認する。63番……今は30番台が掲示されている。
(いいさ、待つことには慣れている。たとえ待った先に何が起ころうとも)
空いている椅子にゆっくりと静かに腰を下ろすと、正面には先ほどの中庭が見える。降り注ぐ柔らかな光を眩しそうに目を細め、トミオは昔の記憶に想いを馳せた――――。
