ドア開けたら元カレが寝てた





その日もちょうど、雨が降っていたっけ。








ビニール傘に打ちつける強い雨音が今でも耳に残って離れない。



私の心はまだ、あの日の曇り空の中に浮かんでる。







寂しそうにしてるあなたの横顔なんて、私は見たくなかった。







あの日、


なんであなたはそんな悲しそうな目をしてたんだろうか。




なんで、あなたは何も言わなかったんだろうか。



その乱暴で、

優しくて、

切なくて、

あまいあまい、



眼差しを、


私はもっと知りたかった。









あなたはそんな想いを私に遺して、野良猫みたいに去っていった。







そして、



なんで私はそんなあなたを追いかけられなかったんだろうか。




私の一番の後悔は、







あなたを見失ったことです。







颯也さん。








◇◇









「あ゙ーっ…………やっぱビールといやぁ、ほろよい、っしょ」



記録的な豪雨かなんかで、運良く早めに退勤できた私は、現在、下着姿のままお一人様を満喫中であった。


時坂  優里(ときさか ゆり)、二十一歳。

近くのデザイン事務所で働いてる、ふつーの人間。
ちょっと口は悪いけど、それ以外は特筆して言うこともない平々凡々な女。

高校を中退し、なんとか勉強し直して短大に入った私はちょっとしたツテで今のデザイン事務所で働いている。

おかげで、生活に困ることはなかったし、こうやって一人で生きていけてた。

とはいえ、充実した生活という訳では全くない。

女ってのもあって、賃金は上がらんわ、カスハラが酷いわ、一人暮らし疲れるわ、家族や友達とは疎遠だから、弱音もはけない。

おまけに、容量がいいわけでもないから、仕事でもたまにミスをしてしまう。


私に言わせれば、
まさに人生はクソゲー。


レベルはルナティックとでもいったところか。








そんなこんなで、いつも踏んだりけったりな私だが、生きがいはある。


酒だ。





酒は良い。
すべてを忘れられる。


あの甘くて苦い、青春を忘れられるから。
楽しかったあの夏を、忘れられる。


脳裏に焼き付いて離れない、アイツの懐っこい笑顔。


筋ばったアイツの手が私の頭をさわりと撫で、ムカつくくらい低くて優しい声が私の名前を親しげに呼ぶ。


きっと、私はクズでも優しいアイツのことが大好きだったんだろう。

気づけなかった。いや、気づきたくなかった。
青い春というのは、簡単に若者を酔わせ、狂わせ、堕としていく。





堕として……堕と……して……………。







堕ちて………いく…。





ガクンッ。












「あやべ。寝るとこだった……」


いかんいかん、と私は垂れていた涎を拭う。




あれ、さっきまで何考えてたんだっけ?




「コイツら、電子レンジで温めとこ」


まぁ、いっか。


「うっひょ〜、これは酒が進みますな〜!」


今日のビールのつまみは枝豆にチーズにキムチ。
いつもの見慣れたおつまみたち。


王道だけど、何やかんやで一番これが落ち着くのだ。

訳あって未成年から酒を嗜んできた身からすれば、つまみなんぞ所詮酒のお供。
どこまでいっても脇役、モブにすぎない。


どこまでいっても…………主人公にはなれやしない。


「まるで私の人生、ってか……?」

って。

あー、いかんいかん。

せっかくの休み、暗いこと考えてたらもったいねぇ。

今日なんか調子がおかしいな私。
久しぶりの長酒だからか……?


「今日もお疲れ様よ、私」


カラン、


コップの中の氷を揺らしながら、ちびりと一口。





ドゴッ、ズガッガシャンッッッ……。





「?」


氷ってこんな音したっけ?


ほどよく酔いが回り、ふわふわしていた私はぽーっと考え込んでしまう。



ズガッ、ドゴッ……ガタン



「あ?」


これ、部屋の外から聞こえてるな。









『すぅー……ふぅー………』


微かに響く謎の寝息。












「私の寝息…………じゃないな絶対」


『すぅー………ぐぅぅ………』






まさか、





「ドアの外……!?」


私はビール缶を片手にすぐさまドアを開ける。 







ガタン。



ドアの先には一人のうずくまる男がいた。




黒の革ジャンに、黒の長ズボン。
うずくまっていても分かるほどスラリとした体型で、八頭身くらいはあるかもしれない。


男の顔は少し長い茶髪にかき消されよく見えないが、間からやんちゃそうな黒いピアスと入れ墨が覗いている。






こんな深夜に、

誰とも分からないボロアパートの部屋の扉の前で、

ピアスつけたやんちゃそうな茶髪の兄ちゃんが、

赤子みたいにすやすやと寝ている。







「おいおい……こんな深夜に警察沙汰は勘弁なんだが」


どうみても訳ありだった。




「ん…………ぁ…………?」


「起きた…っ、」


どうやら私がドアを開けた衝撃で起きてしまったらしい。



男は、何ともいえない、

身体の芯に響くような低い地声を出しながら、
のさりのさりと起き上がる。



「あんた、なんでこんなところで寝てんのよ」


「……」


「え、ちょっ……」



ビール缶が宙を舞った。

   
男がぐいっと私のスウェットを引っ張ったため、その勢いで私は思いっきり男に四つん這いになった。


きれいな顔。

もしファッション雑誌の表紙にいても、なにも違和感がないくらい整った、国宝級イケメン。


そんな顔が今私の目と鼻の先にいる。






「…………え?」





そしてその顔は嫌というほど見た、


憎らしくて、

愛おしい顔。




「ゆ、ゆり…………?」




ふさふさとした長い睫毛が、ゆっくりとこちらを向く。



「…………元気、してた?」


懐っこい、蒼の瞳。

薄いくちびるが私の名前を優しげに紡ぐ。


「……っ」


その穏やかな眼差しは昔のまんまで。





「ねぇ…………優里」


びくり。

私の指先に絡まった長い指が、手の甲から手首を通って、腋下から背中を絡め取る。

まるで捕食される虫のように、

私は男のパーソナルスペースへとすっぽり収まってしまう。



「…優里…………」



そして、もう一方のすらっとした腕が私の首筋を撫でる。



「な、なに……っ」


「ねぇ……」


彼の唇が私の耳殻を掠めた。


「あのさ」



ぽたり。














「俺、今追われてるから少しの間かくまってくんね?」



「は?」



ぼた、ぼたたた。


彼の腕は自らの血で血まみれだった。




「いやー、さっきちょっと撃たれちゃってさ。俺、もう動けそーにないかもなーんて…………あはは……」



「は?」




ぽたり。


そんな間にも、彼の頭から血が一筋また一筋と落ちていく。











「はぁ??」




私の元、彼氏。
いや、根っからのクズとも生粋の女たらしとも呼ばれたこの男。







「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」





これは、そんなまるで駄目な男。
略してマダオな、夕凪  颯也(ゆうなぎ そうや)をどうにかして私、時坂 優里がスパダリに育て上げる話である。