アンコールはリビングで

3. 侵入者

「凪、怒った? 悪かったって! バカにしたわけじゃねぇよ!」

「……知らない」

慌てて追いかけてくる彼を無視して歩く。
大人げないことは分かっている。でも、一度拗ねてしまった心は簡単には戻らない。

「あ……! ほら、あそこのカフェ!」

沈黙に耐えかねた彼が、通り沿いのカフェを指差した。

「あそこのラテ、美味いらしいぞ。買ってきてやるから。……な? 機嫌直せって」

「……ホットラテ」

「お、任せろ。すぐ買ってくっから、ここで待ってろ」

彼は私の機嫌が少し直ったことに安堵したように微笑むと、カフェの中へと小走りで向かっていった。

一人残された私は、冷たい風に身を縮めながら深呼吸をした。

(……完全に、八つ当たりだ)

仕事のイライラを彼にぶつけてどうするんだ。あとでちゃんと謝ろう。
そう反省していた時だった。

「ねえねえ、お姉さん一人?」

不意に声をかけられた。
顔を上げると、二人組の若い男性がニヤニヤしながら立っていた。チャラついた格好で、酒臭い息を吐いている。

「今から俺らとご飯どう? いい店知ってるし」

「彼氏待ち? まあいいじゃん、ちょっとだけさ」

一人が馴れ馴れしく私の腕に触れようとする。
普段の私なら、「連れがいますので」とピシャリと跳ね除けて立ち去るところだ。
けれど、一瞬足が止まった。

(……今騒ぎになって、戻ってきた湊が注目されたら……)

湊は今、メガネとマスクで変装している。
でも、もし私が「彼氏がいる」と言って揉め事になり、彼が割って入ってきたら?
その拍子にマスクが外れたり、声でバレたりしたら、休日の穏やかな時間が台無しになる。SNSに拡散されるかもしれない。
そんな最悪の想像が頭をよぎり、私は強く言い返すことができなかった。

「いえ、あの……ちょっと……」

後ずさりする私を、男たちは「押せばいける」と勘違いしたらしい。

「いいじゃん、連絡先だけでもさー」

伸びてくる手。怖い。
湊、早く戻ってきて――。
カラン、とドアベルの音がした。

「――お待たせしました」

低く、よく通る声。
その一言で、場の空気が一瞬にして凍りついた。