アンコールはリビングで

2. 憧れと劣等感

外は突き抜けるように青く、雲ひとつない快晴だった。
けれど風は冷たく、湊のロングコートのポケットの中で繋いだ手だけが唯一の熱源だった。

「……ん、今日は人少ねぇな」

隣を歩く湊は、深めにかぶったニット帽に黒縁メガネ、そして大きめのマスクという完全防備スタイルだ。
身長の高さはどうしても隠せないが、この格好ならパッと見で「国民的スター・早瀬湊」だと気づく人はいないだろう。

あてどなく歩いていると、住宅街の片隅にある小さな公園に差し掛かった。

「お、バスケゴールあじゃん。懐かしいな」

湊が、珍しく少年のように目を輝かせて駆け出した。
塗装の剥げたゴールと、誰かが置き忘れた赤茶色のボールが転がっている。

「ちょっと触っていい?」

「いいけど、湊バスケできたっけ?」

「は? 舐めんなよ。俺、運動神経の塊だぞ」

彼は長い手足を持て余すことなく使い、軽やかにボールを拾い上げた。
ダム、ダム、ダム。
重みのある音が、静かな公園にリズミカルに響く。

「見てろよ、凪」

彼がふわりと跳躍する。
まるで重力から解放されたような美しいフォーム。長い指先から放たれたボールは、一度もリングに触れることなく、スパッという乾いた音を立ててネットを揺らした。

「――っし! 見たか、今の!」

「すごっ……! かっこいい!」

「だろ? まだまだ現役いけるわ」

彼は得意げに鼻を鳴らし、少し乱れた前髪をかき上げた。
メガネの奥の瞳が得意げに輝いている。そのドヤ顔すらも絵になりすぎていて、私は胸がギュッとなる。
ステージの上だけじゃない。彼はいつだって、何をやらせても完璧にこなしてしまう「星」のような人だ。

「凪もやってみろよ! 楽しいぞ!」

「え、私? 無理だよ、球技全般ダメなんだから……」

「いいから。誰も見てねぇし。ほら!」

彼からのパス。受け取ったボールは思ったよりも重く、冷たかった。
彼の期待に満ちたキラキラした目。

(……少しくらい、かっこいいところ見せたいな)

私は彼を見様見真似で、膝を使い、両手でボールを押し出した。

エイッ!
――ドゴッ。

ボールは無情にもリングの遥か手前、ボードの角に直撃し、鈍い音を立てて私の足元へ転がってきた。
あまりに無様な軌道。自分でも驚くほどの運動音痴ぶりだ。

「ぶっ……くはははは!!!」

湊が膝に手をついて笑い転げている。

「な、なんだそれ! 今の投げ方! 猫パンチかよ! 軌道がおかしいだろ、今の!」

悪気がないのは分かっている。彼にとって、私の失敗は「愛おしいドジ」に映ったのだろう。
でも。
今週の仕事で感じていた「理想通りにいかないもどかしさ」や、自分の余裕のなさに落ち込んでいた心に、その笑い声は鋭く刺さった。

(……なんで、私はこうなんだろう)

何でもスマートにこなす彼と、必死になっても不恰好な私。
平日の疲れが残っていたせいか、そんなネガティブな思考が一気に押し寄せてきた。

「……もう、笑わないでよ」

「わりぃわりぃ、いや、マジでおもろくて……くくっ」

まだ笑っている。
その年下特有の無邪気さが、今日だけはどうしても許せなかった。

「……もういい」

「え?」

私はボールを置き、くるりと背を向けた。

「帰る」

「は? おい、待てって! 凪!?」