アンコールはリビングで

2. 嘘とカフェテラスとワイシャツと

「――本番、よーい、ハイ!」

カチンコが鳴り、ロケセットのオープンカフェ周辺に緊張が走る。
今日のシーンは、街中で偶然出会った怜司と舞花が口論になり、飛び出した舞花がトラブルに巻き込まれる場面だ。

「……君のその非合理的な行動パターンは理解不能だ」

「佐伯さんには分かりませんよ! 人の気持ちなんて!」

舞花が感情的に叫び、怜司に背を向けて走り出す。
涙を拭いながら走る舞花は、周囲が見えていない。
カフェのテラス席で談笑していた男性客のテーブルに、激しくぶつかってしまった。

「――きゃっ!」

「おい! 何すんだよ!」

「コーヒーこぼれたじゃねぇか! どこ見て歩いてんだ!」

柄の悪そうな男たちが立ち上がり、舞花を取り囲む。
舞花は青ざめて立ちすくむしかない。

「す、すみません、私……」

「謝って済むと思ってんのかよ!」

男の一人が、テーブルに残っていた水の入ったグラスを掴み、舞花に向かって振り上げた。

その瞬間。

「――やめないか」

怜司が割って入った。
舞花を背に庇い、男の前に立ちはだかる。

バシャッ!!

男の手から放たれた水が、怜司の頭から肩にかけて直撃した。

「……っ!」

水滴が滴り、高級スーツの襟を濡らす。
整えられた髪が濡れ、白いワイシャツが肌に張り付く。

けれど、怜司は表情一つ変えずに男たちを見据えた。

「あ……」

男たちが怜司の鋭い眼光に怯む。
怜司は濡れた前髪を無造作にかき上げると、冷静に、しかし低く響く声で告げた。

「大の男が数人がかりで、女性一人に何をしているんです」

「な、なんだよお前! こいつがぶつかってきたんだぞ!」

「ええ。彼女の前方不注意は事実でしょう。しかし、彼女はこの通り謝罪し、反省もしている」

怜司の背中越しに、震える舞花が見える。

「これ以上の威圧行為に、何の意味があるんです?
非合理的で……見ていて不愉快だ」

理屈っぽい言葉だが、その背中は誰よりも雄弁に舞花を守っていた。

舞花がハッとして怜司を見上げる。
冷徹だと思っていた男の、不器用な正義感に触れた瞬間だ。

水に濡れた怜司の瞳が、ライトを浴びて色気たっぷりに光る。