アンコールはリビングで

3. 街の景色と、決意

外に出ると、空気は冷たいが、どこか華やいでいた。

表参道の並木道。
ショーウィンドウは赤やピンクのハートで彩られ、甘いチョコレートの広告が街を埋め尽くしている。

(……あ)

ふと、巨大な看板が目に入った。
自分自身だ。とあるチョコレートブランドのバレンタイン広告。
キザなポーズでチョコを持っている自分の写真を見て、湊はマスクの下で少し気まずそうに鼻をかいた。

「……そっか。もうすぐバレンタインか」

独りごちる。
バレンタイン。世間では女性から男性へチョコを贈る日とされているが、彼にとっては少し意味が違う。

彼は歩きながら、最近の凪の様子を思い浮かべた。

『三十路の身体に冷えは天敵』
『厄年だから、今年は平穏無事に過ごしたいの』

口癖のようにそう言い、健康茶を飲み、ストレッチに励む彼女。
仕事が忙しく、常に何かに追われているような、少し張り詰めた背中。
昨日の日曜日、ソファで充電したとはいえ、彼女の戦いは毎日続いている。

(……凪、なんか疲れてんだよな)

厄年を本気で怖がっている彼女。
そんな彼女を安心させてやりたい。笑わせてやりたい。
チョコの甘さだけじゃ足りない何かが、今の彼女には必要なんじゃないか。

彼はふと足を止めた。
視線の先には、高級ブランドが立ち並ぶエリア。
その中の一角に、洗練されたジュエリーショップのショーウィンドウが輝いている。

(……そういや、最近なんも買ってやってねぇな)

昨日の「3年モノのスウェット」の話を思い出す。
彼女は俺があげたボロボロの服を大切に着ている俺を見て喜んでいたが、俺だって彼女に何かしてやりたい。
厄除け……にはならないかもしれないが、彼女を守る「お守り」代わりになるようなもの。

「……よし」

彼は短く呟くと、駅へ向かう足を止め、くるりと方向転換をした。
向かう先は、自宅ではない。

「……凪のやつ、喜ぶかな」

マスクの下で、想像の中の凪に微笑みかける。
驚く顔が見たい。
呆れながらも、嬉しそうに笑う顔が見たい。

その一心で、彼は煌びやかな街の中へ、一歩足を踏み出した。