アンコールはリビングで

1. 中堅社員の憂鬱と、昼下がりの通知

オフィスの窓から見える空が、抜けるような青から、少しずつアンニュイな午後へと表情を変えていく。
私の指先は、キーボードの上で目にも止まらぬ速さで踊っていた。

「……ふぅ」

デスクの端に置いた、ノンカフェインのハーブティーを一口飲む。
入社して早数年。気付けば「若手」を卒業し、「中堅」と呼ばれるポジションにいた。
自分の仕事だけしていれば良かったあの頃とは違う。今はチーム全体の進捗を見ながら、後輩のメンタルケアもしなければならない。

(……自律神経、乱れそう)

眉間を揉みながら、ちらりと時計を見る。12時5分。
お昼休みだ。私はスマホを取り出し、一番上のトークルームを開いた。

相手の名前は『M』。もちろん、早瀬湊だ。

『今、昼休み。午後から会議続きで、ちょっと残業になるかも。
夕飯、先に食べてていいよ』

送信ボタンを押すと、既読はつかない。
今の彼は、私とは別世界の住人だ。煌びやかなスタジオで、多くの大人たちに囲まれているはずだ。
私は画面を閉じ、コンビニで買った海藻サラダ(水溶性食物繊維)の蓋を開けた。
彼がスポットライトを浴びている間、私はデスクで食物繊維を噛み締める。

この落差こそが、私の日常だ。