アンコールはリビングで

1. 休憩室の「早瀬くん」

月曜日の午後2時。
オフィスの空気は、昼食後の気怠さと午後の忙しなさが混ざり合い、独特の重さを帯びていた。

「……ふぅ」

私はデスクから立ち上がり、凝り固まった首を回した。
今朝、玄関で見送った湊の言葉が脳裏をよぎる。

『あー、ダルい。朝イチでドラマの番宣の撮影……行きたくねぇ』

玄関のドアノブを掴みながら、駄々っ子のように項垂れていた彼。
でも、その直後に『でも今日、巻きで終わるっぽいんだよな!』と、分かりやすく小躍りしていた姿を思い出して、私は思わず吹き出しそうになった。

(……今頃、ちょうど撮影してるくらいかな)

彼が早く帰るなら、私も今日は意地でも定時で上がりたい。
そのために、まずは頼まれた雑務を片付けなくては。

「よし、行ってこよう」

私はお世話になっている先輩から頼まれた「新しい就業規則のポスター」を手に、給湯室の奥にある休憩室へと向かった。
普段、私はあまりこの休憩室を使わない。
なぜならそこは、午後になるとパートタイムの女性社員たちの「井戸端会議場」と化しているからだ。

「失礼しまーす……」

ドアを開けると、予想通り数名のパートのお姉様方が、お茶菓子を広げて賑やかに談笑していた。
壁に設置されたテレビからは、昼のワイドショーの音が流れている。

「あら、水沢さん。お疲れ様〜」

「お疲れ様です。すみません、ちょっと掲示物の張り替えさせてくださいね」

私は愛想よく挨拶をして、掲示板の方へ向かった。
画鋲を外していると、背後から黄色い悲鳴が上がった。

「あらっ! ほら見て、早瀬くんよ!」

「えっ、どこどこ? あらやだ、かっこいい〜!」

その名前に、私の指がピクリと止まる。
振り返ると、テレビ画面いっぱいに、見慣れた……いや、「見慣れない」顔が映し出されていた。

『ええ、今回の役作りにはかなり苦戦しまして。監督とも何度も話し合いました』

画面の中の彼は、光沢のあるスーツを着こなし、司会者の質問に丁寧に答えている。
一人称は「僕」。
背筋はピンと伸び、口角は完璧な角度で上がり、品のある微笑みを湛えている。
そこには、昨日ソファで「人間カイロ」になっていた男の面影は微塵もない。

「やっぱり素敵ねぇ、早瀬くん」

「私、次のドラマ絶対見るわ。原作も人気なんでしょ?」

「ねぇ。こんな息子がいたら人生バラ色よねぇ〜」

お姉様方の目はハートマークだ。
私はポスターを貼り替えながら、つい画面に見入ってしまった。