アンコールはリビングで

5. 雪解け

二人は少し歩いて、公園の静かなベンチに腰を下ろした。
手渡されたラテはまだ温かい。
湊は一口コーヒーを飲むと、バツが悪そうに私の肩に頭を預けてきた。

「……あー、ダメだわ。マジで」

「何が?」

「お前のこととなると、余裕なくなる。
あいつら見た瞬間、頭ん中真っ白になって、どうにかなりそうだった」

彼の髪から、シャンプーのいい匂いがする。

「……俺以外の男と喋んな。マジでムカつく」

「……はいはい」

その理不尽で子供っぽい言い分が、さっきまでの怒りよりもずっと深く、私の胸を打った。
国民的スターの彼が、私のために「ただの嫉妬深い男」になってくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。

「……私も、ごめんね」

「あ?」

「さっき、拗ねちゃって。湊は悪気なかったのに」

「……おう」

「それに私、本当ならもっと強く断れたんだけど……もし騒ぎになって、湊がバレたら困るなって思ったら、なんか動けなくなっちゃって……」

私の告白に、彼は驚いたように顔を上げ、それから優しく目を細めた。
大きな手が、私の頭を乱暴に、でも愛おしそうに撫でる。

「……バカじゃねぇの、お前」

「バカって」

「そんなん、気にすんなよ。俺のことなんかより、お前の安全の方が一億倍大事だろ」

彼は真剣な眼差しで私を見つめた。

「もしバレても、俺が絶対守るから。
だから、自分のこと一番に考えろ。……頼むから」

その言葉に、胸の奥が熱くなる。
彼はいつだって、私そのものを見てくれている。

「……うん。ありがとう」

「よし。……あ、それと」

「なに?」

「さっき、笑ってわりぃ。凪が拗ねたん、今週の疲れもあったんだろ?」

彼は私の顔を覗き込んだ。

「俺も配慮が足りなかったわ。ごめんな」

「……ううん。私こそ、ごめん」

私は小さく息を吐いた。

「平日の疲れ引きずって八つ当たりして……大人女子になったつもりだったけど、私もまだまだだわ」

「ハッ、そんな完璧じゃなくていいだろ。人間味あって」

「……それ、褒めてる?」

「……さぁな。まぁ……拗ねる凪も、……まぁ、可愛かったし」

彼はそう言うと、ふいっと顔を背けてラテを啜った。
耳が少し赤くなっているのが分かる。

「……それ、絶対嘘」

「うるせぇな。嘘じゃねぇよ」

「ふふっ」

二人で笑い合うと、白い息が重なって空に溶けていった。
冷え切っていたはずの世界が、今はどうしようもなく温かい。

「……さ、そろそろ帰っか」

「うん。夕飯何にする?」

「んー、あったけぇもんがいいな。鍋とか」

ベンチから立ち上がり、また歩き出す。
帰り道、彼は私の手を自分のコートのポケットに入れた。
中で強く握りしめられる指先。
さっきの「独占欲」の名残のようなその強さが、今は何よりも愛おしかった。

夕暮れに染まる住宅街。
長く伸びた二つの影は、一つの大きな影になって、私たちの家へと続いていた。