双光-ふたひかり-





 人生ってなんなんだろう。たまにそう考える時がある。
 ただ何もない日々を生きて時計の針を進ませる。いつしか俺は生きるために生きるという本末転倒な人生に嫌気がさすようになっていた。

 若いころはこのままひとりの一般人として死ぬつもりはない! と意気込んでいた時期もあった。
 でも社会は厳しく、俺が何をしようが見向きもされない。そんな儚い夢はいとも簡単に潰えた。
 今は目指すものもない。息を吸い、心臓を動かし、娯楽に生きる。
 人生なんてただの時間つぶしであり、究極の暇つぶしだ。
 早く死期が来てくれたらどんなに楽だろう。
 こんな惨めな無駄な人生を終わらせられるのであれば、死を選ぶのも悪くない。

 そんな下らないことを考えながら俺は今日も惰性と共に生きていた。

「今日もダメだったなぁ!」
 街頭の少ない夜道を2人の男性が歩いている。
 その内のひとりが残念そうな表情で言った。
「案の定いつもの俺ら……ですよ……と」
 余裕ぶって見せているが内心酷く落ち込んでいる男性。
 これが俺、上白言也(かみしろ ことや)だ。

 今日はふたりでパチンコに行ってコテンパンにやられてきた。
 低貸しスロットで1万円だぜ……? 正式なレートで例えたら10万円分になる。それをふたりでストレート負けだ。

 俺と歩いているのが高校からの付き合いで今でもよく会う友人の靖志(やすし)だ。

 俺たちはふたりとも定職についてはいない。社会で言う落ちこぼれだ。
 靖志はちょくちょく契約社員として働いている期間もあるが、俺に至っては定職には拒否反応が出てしまうくらいのダメ人間。
 今は辛うじて在宅ワークをやらせていただいているがこれもいつまで続くかはわからない。

 そんな生活もギリギリな金欠のふたりはレートを1/10まで落とした完全な遊びとしての娯楽が精いっぱいだった。

「なんで俺達は他の人が普通に立てる土俵にすら上がれないんだろうな?」
「運に見放されてるんだよ」
 俺達はよく、高確率とされているものを簡単に外す。
 90%で当たるというものは5連続くらいで外すし、そうかと思えば0.1%を初っ端に引いたりする。
 ただそれも普通の人が辿り着くベースにはならず、一般的に5万円勝てると言われているものも俺らが体験すると1万円すら届かない。
 そんな不運の中俺たちは生かされていた。

 今更もうその人生を悔いたりしない。これがあるべき姿だし、この不運のせいで追いつめられるのであればそれもいい。とまで思っていた。

「今日の飯どうするよ?」
「この時間ならそこのスーパーは天ぷらが75%引き! 買うしかないっしょ!」
 負けたと言うのにテンションが高い。そこはこの2人のいいところでもある。
 どんなに深刻な状況に陥ったとしても笑い飛ばして軽いテンションでいられる。
 そんなところが楽だから、俺は靖志とは今でも一緒にいられるのかもしれない。

 ただ……。それも現実逃避をしているだけなのかもしれないな……。

「それは流石にアツいな! 買うしかない!」
 ふたりは宣言通り半額弁当と75%引きの天ぷらを何個か買って帰路につく。
 そんな日々がもう5年ほど続いていた。

 俺達はもう今年で33歳だ。いや、俺の誕生日は1月だから靖志は34歳になるかな?
 一般的に言ったらもう終わった世代。現在では職はおろか夢も希望も抱いていない思考停止状態の俺に未来なんてない。
 そんな人生に対して向き合ってみたり、深く考えることすら億劫になっているくらいだ。
 
 喪失感と虚無感と絶望感。それらを同時に感じながらベッドに入る。

「借金がもう30万か……」
 ただでさえ所持金がない俺はあるリボ払いサービスを利用し、何とか生にしがみ付いていた。
 こんな生に意味なんてなく生きるために生きる日々。俺の限界が来たらそれが俺の死期。そういう考えでずっと生きていた。

 ベッドに入ったは良いが、中々寝付けずにいた。
 一度寝付けないというモードに入ると、俺はとことん寝られず寝返りを打っては目を開けてしまう。
 その日は寝ることを諦めてある程度眠くなるまでYouTubeで動画でも見て過ごそうとスマホを手に取った。

 パチンコパチスロの実践動画が多く存在する。それが無料で見られるのは良い暇つぶしが出来て助かっている。
 最近は『エンドレスセブン』というチームバトル形式の番組が流行っていてたまに俺も視聴している。
 俺は出ている出演者で見る動画を選ぶ傾向にあったので、その番組も知っている出演者が出ている試合だけチェックし、その他の試合は見ていなかった。
 だが、俺は今暇を持て余している。そして気になる動画もなかった。
 普段なら絶対に開かないだろう。知っている出演者が誰もいないその回を視聴することにした。

 今回は若手が集まったビギナー戦であり、出演者が多く登場していた。
 見てみると見知った顔がなくても悪くはない。
 展開も面白いし、当たり前だがスロットを打っているのだから見ていて苦もない。
 今回の出演者は女性が多く登場していた。
 その中でも顔は環(たまき)という子が可愛いと思った。雰囲気が妹に似ていて愛着が湧く。
 だが、もうひとり何故か気になる子がいた。
 彼女の名前は色絵ソラ(いろえそら)

 顔もドタイプといった訳ではなかったし、雰囲気もトラウマを抱える原因となった元彼女と似ていて好意的ではなかった。
 なのだが、何故か目が惹かれてしまう。
 強いて言えば声がとても特徴的で可愛く思えた。その程度だった。

 しかし、その日から彼女のことが気になって仕方がなくなっていった。
 俺はチャラ男とは正反対にも関わらず惚れっぽいところがある。何かあればすぐに惚れては何もせずに忘れていくを繰り返す人間でもあった。
 彼女もその類だろう。今は瞬発的に気になってしまっただけですぐに忘れる存在だ。

 ただ忘れなかったとしてもどんな奇跡が起ころうと俺とは交わる事のない人間なのは間違いない。
 画面の向こう側にいるというのはそういう存在なのだ。

 前編の視聴を終えると丁度良く眠気も襲ってきた。
 後編の公開はまた後日だ。この世の暇つぶしとしてまたひとつの楽しみが出来た。

 別に特別何かを感じた訳じゃない。その時間はただの日常であり、それもまた忘れ去っていく取るに足らない1日になるはずだった。






 数日後に後編が公開される。
 その頃にはサムネイルに映るソラを見てなんだか可愛いな、と思うようになっていた。
 前編を見たっきりなにを調べた訳でもなければ顔すら見ていなかったにも関わらず、自然とその気持ちが湧き出てきて不思議だった。

 前編を見た時よりも感情移入して視聴した。
 俺は映画やアニメは人並み以上に感情移入して楽しむタイプだったので、ただそれが発動しただけかもしれないが、みんな頑張れという想いと同時にソラに勝ってほしいという想いが出てきていた。

 ソラは惜しくも1位を取る事は出来なかったが、みんな若手という事もありパチンコパチスロに真摯に向き合っている姿に感銘を受けた。

 後日靖志に会った時にその話をしてみた。
 靖志は俺よりもパチンコスロットに詳しく、好んでいたためもちろん『エンドレスセブン』のことは知っている。
 だが、ビギナー戦は知っている出演者がいないので見てはいなかったみたいだ。
「こっとーが知らない演者しか出てない動画見るの珍しいよね?」
「俺もそう思うけど、なんか暇だったから見てみたわ。その中でも……」
 俺たちは中年男性らしく、一応誰が可愛かった等のくだらない話題を出すことが多い。
 言也は特に靖志が驚くような女の子でも可愛いと言ったりするので、半分それがギャグみたいになっていた。
 今回も同様に軽い気持ちで名前を出してみた。
「色絵ソラって子がなんか可愛かった」
「色絵ソラってなんか聞いたことあるな……。あ、確か最近来店であそこ来てたじゃん!」
 あそことは俺たちがたまに行くパチンコ店『フレア』だ。
 フレアには駅から歩いて30分ほどの場所にあり、5スロというレートもあるため言也たちは愛用していた。

 こういった話になるとほとんどの人は喜ぶのかもしれないが、俺は人に会うのが苦手だ。
 ましてや画面の中の人に会うなんて以ての外。そしてイベント等で有名人が横切っても何も思わないほどにそういう人種に興味がない。
 その気持ちを表すかのように俺は淡白な返事をしてしまった。
「へー」
「もうちょっと早ければ会いに行けたじゃん!」
 靖志も半笑いで言う。彼も内心こいつが会いに行かないことはわかっているのだ。
「まぁ……行かないよね」
「知ってる」
 ふたりして苦笑いする。これが俺たちのいつもの流れだ。
 会ってどうする? というのもあるし、会ったところで俺になにが起こる訳でもない。
 そんな無意識な損得勘定が働いてそのような行動にはどうしても足取りが重くなる。
 意味のないことはしたくない癖に、意味のない人生を生きている矛盾。
 心の中で乾いた笑いを発した。





 人はアウトプットすると自分に深く落とし込むことが出来る。
 靖志に色絵ソラの話をした日から、俺は何故だか彼女の事が気になるようになっていった。
 はじめはあの動画で見たっきり見る事はない存在だと思っていた。
 なのに俺はYouTubeの検索欄に『色絵ソラ』とタイピングしていた。
 
 検索すると彼女の冠番組である『色絵ソラのパレットスロット』というパチンコスロット番組が出てきた。
 サムネイルには様々な表情をするソラが映っている。
 その中のいくつかが初見でも思った通り元恋人の顔に似ていた。だが、不思議と抵抗感はなかった。
 サムネイルをいくつか見てはみたものの、やはり動画の中身まで視聴するには至らない。
 俺には変なプライドがあるのかもしれない。なにより女の子がひとりでやっている番組を見たことがなかったので女性という存在への抵抗感もあった。
 その日はそれだけ見て検索を閉じた。

 しかし、そこで検索してしまったからか後日トップ画面であるおススメ動画にパレスロの最新動画が表示される。
 そこには両手でピースしている笑顔のソラ。そのサムネイルに俺は不意にドキッとした。

「今日も同じ結果かぁ……」
「いつもいつもなんで俺達はこうなのかねぇ……」
 その日も俺と靖志は2スロの帰り道。初っ端から天井までドはまりし何の成果もなく遊びにもならない。
 最近はいつもこんな感じだ。
 時間を潰せる遊戯として低貸しスロットを嗜んでいるはずなのに遊べる展開にすらならない。
 気持ちの抑揚が何もないこの生活にも少し飽き始めていた。
 いい展開もなかったためその日は沈黙が多い帰り道だった。
 なので話題としてソラの話題を出してみた。

「気付けば俺も色絵ソラのガチ恋勢ですよ」
 ヘラヘラしながら冗談っぽく言ってみる。
 でも感覚は何故か本気で言っているような気がした。
「急にどうしたの!? この数日でなんかあったの?」
 靖志とは3日おきくらいに会っている。
 前回こうして遊んでいたのも数日前の出来事だった。
「最新動画のサムネが可愛くてさ」
「どんなサムネよ」
 俺はYouTubeで動画を調べてその顔を見せる。
 その時見たソラの顔。そして俺自身の感情を今でも覚えている。


 あ、俺この子に恋してる。


「はぁー。俺にはわからんわ」
「可愛すぎるなこれは」
「じゃあ会いに行かなきゃじゃん! 直接言いなよ。好きになってしまいましたって」
 冗談っぽく演技して見せる。
「いやいやぁ……。それにこの子何歳かわからんし」
「年齢はさほど関係ないでしょ」
「さすがに20代前半とかなら離れすぎてるしアウトやろ」
 俺ももう33歳。なのにも関わらず遊び人で生活もままならない落ちこぼれ。
 そんなおっさんに若い子が言い寄られたら嫌だろ。と思っていたので流石に実行に移すとまでは気持ちは向かなかった。
 この気持ちを密かに抱いて自然に消えるのを待つ。
 現実を変えてまで夢を追っても痛い目をみるだけだ。ただでさえ地獄だと言うのにこれ以上自分を追い詰める行動を取りたくはないと心が臆した。
 靖志とこんな冗談を言い合いながら色絵ソラガチ恋勢というネタを話題に加えられたらそれで満足くらいの気持ちだった。

 帰り道に腹痛に襲われたのでコンビニに寄ってトイレを使用することにした。
 やけにおなかが痛い……。
 トイレからはすぐに出る事が出来なかったのでスマホでTwitterを開き色絵ソラのことを調べてみることにした。
 ガチ恋勢というワードをアウトプットしてしまったせいか、やけに彼女の事が気になって仕方がない。
 彼女はタレント用の本アカウントと、プライベート用のサブアカウント、そしてVTuberの活動もやっていた。
 サッとしか見られなかったが、彼女はメンタルがそんなに強い子ではないらしい。
 プライベート用のアカウントでは少なくない弱音を吐いており、それを見た瞬間「放っておけない」という久しぶりの感情が湧きあがる。
 その勢いで俺は彼女の全てのアカウントをフォローし、コンビニを出た。
「あの子VTuberまでやってたよ」
「おいおい! トイレで彼女のことを想ってシコってたから遅かったのかよ!」
「違ぇわ!! それは普通に腹痛かっただけだ! とりあえず全部アカウントフォローしちゃったよ」
「おお! いいじゃん! 一歩前進だね!」
「一歩とは……」
 冗談交じりで笑う。もし本気で彼女との関係を望むのであれば、この一歩をいくら重ねたら辿り着くのだろうか。
 1000歩か……? 10000歩か……? それ以上の数えきれない険しい道のりが待っているんだろう。
 俺にはその道を歩む覚悟も決意もない。


 今の俺にはまだ……。