誰もが愛する国民的スターは私だけを溺愛する

 久しぶりに会った美咲は、開口一番そう言った。

「一条玲央のマネージャーとか、ほんと羨ましい!」

 少し大げさなくらいに目を輝かせている。

「そんなことないよ。仕事は死ぬほど忙しいし、寝る時間も削られてばっかり」

「あー、それもそうだよね。有名俳優だもんなぁ」

 苦笑いする美咲の背後から、刺すようなひそひそ声が紛れ込む。

 かつての私なら、愛想笑いで自分を誤魔化していただろう。

 けれど、今は――。

「……あんなの、みんな羨ましいだけだから。気にしちゃダメだよ」

 美咲が顔を寄せて、小さく囁く。

「うん。もう、いいんだ」

 自分でも驚くほど、声は凪いでいた。

「なんか、結衣……楽しそうだね」

「そうかな」

「うん。前よりずっと、いい顔してる」

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

「七光りでもいいって、認めてくれた人がいるから」

 脳裏に浮かぶのは、あの不遜で、誰よりもストイックな男の横顔。

『今はお前がマネージャーでよかったって思ってる』

 ぶっきらぼうに投げられたあの言葉が、私の中に根を張り、折れない芯を作ってくれた。

 誰かに必要とされ、その背中を支えること。
 それがこんなに誇らしいなんて。
 
「……へえ。なんか大人になったね」

「なにそれ」

「前はもっと、透明な壁と戦ってるみたいに必死だったから」

 図星だった。

 “七光り”というレッテルを剥がしたくて、否定されたくなくて、自分を証明することに躍起になっていた。

 でも、今はもう証明なんていらない。

 一番見てほしい人が、ちゃんと私を見てくれている。

 ――私は、一条玲央のマネージャーだ。

 不意に、ポケットのスマホが短く震えた。
 画面に躍る『一条玲央』の文字に、自然と頬が緩む。

『どこだ』

 相変わらず、主語も配慮も足りない短いメッセージ。

「ほら、早速お呼び出し?」

 美咲がからかうように肩を突いてくる。

「違うってば。……でも、行かなきゃ」

 振り回されて、ため息をついて。
 それでも私は今、自分の意思で彼のそばにいる。
 こんなふうに笑えるようになったのは、全部――。

「一条さんのおかげなんだよね」

 小さくこぼれた独り言は、美咲の笑い声にかき消された。

 ……なんて、本人には一生、口が裂けても言わないけれど。

◆◆◆

 撮影現場に戻ると、機材の搬入でごった返していた。
 ドラマ『さよなら片思い』も、いよいよクランクアップが近い。寂しさと忙しさが入り混じる空気の中、足早に移動していると――。

「あっ、すみません!」

 角で誰かと肩がぶつかった。

「いえ、こちらこそ……って、あれっ?」

「……どうかしましたか?」
 
 相手は、今回のドラマで一条さんと共演している如月(きさらぎ)さんだった。彼は私の顔をまじまじと見つめ、人懐っこい笑みを浮かべる。

「君、一条の新しいマネージャーさんでしょ?」

「ははい、白石と申します。ご挨拶が遅れてすみません」

「いいって、いいって。俺、あいつとは同期でさ。マネージャーが変わったって聞いてから、ずっと気になってたんだよね」

 一条さんに、こんなふうにフランクに話す同期がいたんだ。
 如月さんは一条さんと同じ年。一条さんとは対照的に、どこか遊び心のある空気感を纏っている。

「それでさ、ちょっと聞きたいんだけど」

 如月さんが、内緒話でもするようにスッと顔を寄せてきた。あまりの距離の近さに、思わず身を引こうとした瞬間。

「あいつ、マネージャーの前でもあのキャラなわけ? 本当は――」

「いっ、たたたっ!」

 如月さんの言葉が、短い悲鳴に変わった。
 見れば、彼の首根っこを、大きな手ががっしりと掴んでいる。

「……俺のマネージャーに、何の用だ」

 低く、地を這うような声。
 そこには、如月さんを冷ややかな目で睨みつける一条さんの姿があった。

「おい、一条! いきなり何すんだよ、痛ぇな!」

「それはこっちのセリフだ。仕事中に余計な油を売るな」

 一条さんは如月さんを突き放すと、割り込むようにして私の前に立った。背中で私を隠すような、その威圧的な立ち振る舞い。

 如月さんが、赤くなった首元をさすりながら、ニヤリと口角を上げた。

「『俺のマネージャー』なんて、ずいぶんとはっきり言うもんだ。あんなに人を寄せ付けなかったお前がさ」

「……お前には関係ないだろ」

「はいはい、白石さん、大変だね。この独占欲強めな男を支えるのは」

 如月さんが私に向かってウィンクを投げる。

「あ、あの、如月さん……!」

 ふたりの間に一触即発の空気が流れた――その時だった。

「本番、十五分前です! 演者さん、位置についてください!」

 スタッフの鋭い声が、停滞していた空気を切り裂く。
 如月さんは「おっと、仕事だ」と、わざとらしく両手を挙げておどけて見せた。一方の一条さんは、如月さんから視線を外すと、ふっと深く長い息を吐いた。

 その瞬間、彼を包んでいた刺々しい「素」のオーラが、すうっと霧が晴れるように消えていく。

 一条さんは私の存在さえ忘れたかのように一点を見つめ、静かにセットの真ん中へと歩き出した。その背中からは、マネージャーである私でさえ声をかけられないほどの、研ぎ澄まされた静寂が漂っている。

 照明が落とされ、カメラの準備が整う。
 監督の「スタート!」という声が、張り詰めた静寂に爆音のように響いた。

 シーンは、親友同士であるはずの二人が、一人の女性を巡って対立する緊迫の場面。

「……本気なのか」

 如月さんのセリフが、空気を震わせる。
 けれど、それに応える一条さんの「目」を見た瞬間、現場の全員が息を呑んだ。

 そこには、さっきまでの「素」の不機嫌さなど微塵もない。冷徹で、けれど奥底に狂おしいほどの情熱を秘めた、役そのものの男が立っていた。

「本気じゃなきゃ、ここにいない」

 低く、けれど鋭く突き刺さるような一条さんの演技。
 如月さんの表情が一瞬、怯んだ。同期としての余裕を剥ぎ取られ、一条さんの圧倒的な熱量に飲み込まれていく。

「カット! オッケー!!」

 監督の声がかかった瞬間、スタッフからため息のような歓声が漏れた。

 如月さんは肩で息をしながら、「……参ったな、本気すぎるだろ」と苦笑いして一条さんの肩を叩いた。

 撮影の合間。機材の影、少しだけ人目が届かない場所で、一条さんに呼び止められた。

「おい」

「あ、お疲れ様です、一条さん! 今の演技、本当にすごくて……」

 興奮気味に駆け寄る私を、彼は冷ややかな、けれどどこか焦れったそうな目で見下ろした。

「……あいつと、なにを話してたんだ」

「えっ?」

「如月だ。あいつは誰にでもああだ。お前みたいな隙だらけのやつは、すぐに付け込まれる」

 説教くさい言葉とは裏腹に、一条さんの指先が、私の髪に少しだけ触れた。

「私はマネージャーですし、如月さんは共演者の方ですから、失礼のないようにって……」

「……いいか、お前は俺のマネージャーだ。俺以外の男に、あんなに近づくな」

 真面目な顔で、とんでもないことを言う。
 けれど、その言葉の強さに心臓が跳ねた。

「……わかりました」

 小さく返事をした私を見て、一条さんは「……分かればいい」と、ぶっきらぼうに顔を背け去っていった。

「なにこのカップルみたいな会話……」

 一瞬、脳内にそんな言葉がよぎって戸惑ったけれど、すぐに首を振って思考の隅に追い出した。自意識過剰は禁物だ。そう自分に言い聞かせ、私は仕事モードに意識を切り替えた。

 その後と撮影は続いた。けれど、現場の空気は次第に重く沈んでいく。

「――カット! ……うーん」

 監督の、納得のいかないような唸り声が響く。これで何度目だろうか。

 モニターを見つめるスタッフたちも、困惑したように顔を見合わせている。

 一条さんの演技は、素人の私から見ても完璧だった。セリフの間、視線の動かし方、指先の震えに至るまで、台本に描かれた以上の感情が乗っているように見えた。

 共演しているほかのみんなも、一条さんの熱量に必死に食らいついている。

 なのに、監督の首は縦に振られない。

「一条、悪くない。悪くないんだが……何か、違うんだ」

 具体的な指示が出ないまま、時間だけが過ぎていく。撮影現場において「何がダメかわからない」という状態ほど、神経をすり減らすものはない。張り詰めた糸が今にも切れそうな、痛いほどの沈黙。

 結局、監督の決断で、今日の撮影はそこで打ち切りとなった。

 その瞬間だった。
 さっきまで役の苦悩を背負い、鋭いオーラを放っていた一条さんの表情が、するりと変貌した。

「皆さん、僕の力不足で時間を取らせてしまって、本当にすみません」

 柔らかく、けれどどこか一線を引いたような、非の打ち所がない笑顔。

 それは、ファンやメディアの前で見せる、徹底的に作り込まれた「俳優・一条玲央」の顔だった。

「いえいえ、一条さんのせいじゃないですよ!」

「僕のNGなんて笑えないくらい多いですから」

 スタッフたちが口々にフォローを入れ、現場の刺々しさが嘘のように和らいでいく。彼は一人ひとりの目を見て、丁寧に頭を下げて回る。その完璧すぎる立ち振る舞いは、まさに「誰もが憧れるスター」そのものだ。

 けれど、その背中を一番近くで見ている私には分かってしまう。

 今の彼の笑顔が、どれほど冷たく、感情の籠もっていない「仕事用」のものなのかを。

 帰宅してからも、一条さんは一言も発さず、リビングのソファに深く腰掛けて台本を凝視していた。

 めくられる紙の音だけが、やけに大きく部屋に響く。その横顔は、現場で見せた「人気俳優」の影もなく、ただ険しく、何かに取り憑かれたように鋭かった。

「……一度、休憩しませんか? ご飯、何かリクエストありますか?」

 努めて明るく声をかけたけれど、返ってきたのは氷のような短い言葉だった。

「ご飯はあとにする。先に食べてろ」

 視線は一行たりとも台本から外さない。その頑なな背中を見ていると、胸が締め付けられるようだった。ストイックなのは知っている。けれど、今の彼は努力の範疇を超えて、自分を追い詰め、削り取っているように見えた。

 私は意を決して、彼の元へ歩み寄った。
 そして、その白く長い指の間から、滑り込ませるようにして台本を取り上げた。

「――おい」

 低く、地を這うような声。一条さんがゆっくりと顔を上げ、私を睨み据えた。眉間に深い皺が刻まれる。

「行き詰まった時は、何をしてもダメなんです。こんな時は一度、息抜きしましょう?」

 必死に言葉を紡ぐ私に対し、彼の瞳にはいら立ちの色が濃く滲んでいく。

「返せ。……邪魔をするな」

 突き放すような、拒絶の響き。
 一瞬、心臓が跳ねた。

(……この感じ、久しぶりだ)

 マネージャーになったばかりの頃。彼に「お前なんて必要ない」と言外に突きつけられ、透明な壁に阻まれていたあの頃の、凍てつくような空気。

 縮まったと思っていた距離が、また絶望的に遠のいた気がした。

 一条さんは、私から強引に台本を奪い返すと、吐き捨てるように言った。

「……お前に何がわかる」

「すみません。でも、どうしても心配で……」

 絞り出すような私の声に、一条さんはハッとしたように目を見開いた。険しかった眉間の皺が、わずかに解ける。

「……悪い。言いすぎた」

「いえ。私に演技のことは何もわからない、それは事実ですから」

 自嘲気味にそう返すと、一条さんは力なくソファに沈み込み、肺の空気をすべて吐き出すような長い溜息をついた。

「……俺には、これしかないんだ」

 台本を握る彼の指先が、微かに震えている。

「それすら満足にできなくなったら……俺には何の価値もない。誰にも見向きもされなくなる」

 その声に含まれたのは、剥き出しの焦燥感だった。
 完璧主義で、誰よりも高く美しくあろうとする一条玲央。けれどその裏側には、常に「何者でもなくなること」への恐怖が、あることに気づいた。

 その脆さに触れた瞬間、私の胸の奥が熱くなった。

「そんなこと、絶対にありません。一条さん」

 驚いたように顔を上げた彼に、私は一歩踏み込む。

「たとえ、明日あなたが演技を辞めたとしても、私の前には『一条玲央』という一人の人間が残ります。不器用で、口が悪くて、でも誰よりも仕事に誠実で、私の成長をちゃんと見ていてくれた人です」

 一条さんは、言葉を失ったように私を見つめている。

「それに私、この仕事をしていて、演技が上手いだけの俳優さんが埋もれていくのをたくさん見てきました。この業界、演技『だけ』では生き残れない」

 一条さんが、驚いたように動きを止める。私は畳みかけるように、彼がこれまで積み上げてきたものを言葉にした。

「共演さんとの関係作り、スタッフさん一人ひとりへの配慮、現場がピリついた時の空気作り……。今日だって、あんなに自分が悔しいはずなのに、周りに気を遣って完璧に振る舞ったじゃないですか」

 私は一歩、彼との距離を詰める。

「それって、誰にでも、簡単にできることではありません。技術だけじゃない、一条玲央っていう人間がこれまで誠実に仕事に向き合ってきたからこそ、みんな、あなたと仕事がしたいって思うんです」

 台本にすがっていた彼の手が、ゆっくりと力を失っていく。

「たとえ、もしも今日うまく演じられなかったとしても、あなたの価値は一ミリも減りません。……そんなの、私が一番よく知っています」

 静まり返ったリビングに、私の心拍音だけが響く。
 言いすぎたかな、と急に不安になったけれど、一条さんの瞳からは先ほどの凍てつくような色は消えていた。

 彼はゆっくりと立ち上がり、私との距離を詰める。
 大きな影が私を覆った。

「……お前は、本当に」

 低い声が、至近距離で降ってくる。

 一条さんは、私の手から台本を奪い返す代わりに、その大きな手で私の頭を乱暴に、けれどどこか愛おしそうにかき回した。

「……生意気なマネージャーだな」

 乱暴に撫でられた髪を整えながら見上げると、彼は少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。

「……お前のせいで、ペースが狂った」

「それは、いい意味でですか?」

「さあな」

「……あと、演技について、ひとつだけ思ったことがあるんですけど」

 おずおずと切り出すと、一条さんは少しだけ意外そうに顔を上げた。

「なんだ?」

 思わず口にしそうになって、私は一度踏みとどまった。

 (……私が、彼の演技に口出しなんてしてもいいんだろうか)

 さっき言われた『お前に何がわかる』という言葉が、鋭い棘のように胸をかすめる。

 迷う私の沈黙を、一条さんはじっと、優しく見つめていた。

「……言ってみろよ。お前の言葉なら、聞いてやる」

 その真っ直ぐな信頼に背中を押され、私はゆっくりと言葉を紡いだ。

「一条さんの演技は……完璧すぎるのかもしれません」

「……完璧すぎる?」

 一条さんが、不思議そうに眉を寄せる。私は、バッグの中からボロボロになるまで読み込んだ原作本を取り出した。

「さっきの告白のシーン……あそこはもっと、必死で、カッコ悪いくらい余裕がないはずなんです。相手が好きだからこそ、完璧ではいられない。そんなシーンだと思うんです」

 一条さんは、私の言葉をなぞるように、手元の台本へ視線を落とした。

「好きだからこそ、完璧ではいられない、か……」

 一条さんは、ぽつりと私の言葉を繰り返すと、そのまましばらく沈黙した。

 深夜の静かなリビング。ページをめくる音すらしないその空間で、彼の思考が深く、鋭く潜っていくのがわかった。

 やがて、彼はふっと憑き物が落ちたような顔で、私を見た。

「……白石、相手役のセリフ、読んでくれるか」

 その言葉に、私は弾かれたように顔を上げた。

 今まで、彼は一度だって私に「練習相手」を頼んだことはなかった。完璧主義の彼は、いつだって一人で役を完璧に作り込み、現場に現れるのが常だったから。

「もちろんです……! 喜んで!」

 頼られたことが、彼の一部になれたようで、胸の奥が熱くなる。

 私は急いで自分のバッグから、書き込みで真っ黒になった台本を取り出した。

「どのシーンからやりますか?」

「ラストの、告白の前のシーンから頼む」

「わかりました」

 このドラマの最大の見せ場。ずっと想いを隠してきた彼が、ついにヒロインへ感情を爆発させる重要な場面だ。

「始めます。……『どうして、私を助けたの? 理由を教えて』」

 ヒロインのセリフを口にし、一条さんの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 すると、一条さんの瞳の色が、スッと変わった。

「……理由なんて、一つしかないだろ」

 一歩、彼が私に踏み込む。

 いつもなら完璧に計算された「美しい視線」を投げる彼が、今は少しだけ視線を泳がせ、必死に言葉を探している。昨日、私のアドバイスを受けて彼が見つけ出した、完璧ではない、泥臭いまでの「恋心」。

「お前が、俺のすべてだからだ。……他の誰でもない、お前じゃなきゃダメなんだ」

 まっすぐに見つめるその目は、ひどく熱く、真剣で。

(……ダメだ、これじゃまるで……)

 まるで役としてではなく、一条玲央本人が、私自身に想いを告げているような錯覚に陥る。

 胸が苦しいほどにきゅんとして、台本を持つ指先に力が入った。私は必死に、震える声で次のセリフを絞り出す。

「『……嘘よ。そんなの信じられない』」

「嘘じゃない。……信じてくれるまで、何度でも言う」

 そこまでが、台本のセリフだった。

 けれど、一条さんは止まらなかった。

「……俺は、お前が欲しい」

「え……?」

 思わず、私は台本から目を離した。

「……そんなセリフ、台本にはないですけど。……アドリブ、ですか?」

 顔を上げ、彼の真意を確かめようとした、その瞬間だった。

 視界が、一条さんの顔で埋まった。
 柔らかな感触が、唇に触れる。

「っ……!?」

 あまりの衝撃に、頭の中が真っ白になった。

 驚きで固まった私の背中に、彼の腕が回される。私に触れるその腕には、拒絶を許さないような強い力がこもっていた。

 数秒の後、ゆっくりと唇が離れる。

 至近距離で、一条さんの熱い吐息が肌に触れた。

「お前は……これがセリフじゃないって言ったら、困るか?」

 大きな手が、私の頬に添えられる。
 その手のひらは、私の心臓の音と同じくらい、激しく波打っていた。

「……もー、何言ってるんですか。練習が、熱入りすぎですよ……っ」

 冗談めかして笑って、この場を誤魔化そうとした。

 けれど、一条さんの瞳が――あまりにも真っ直ぐで、真剣で。

「俺はマネージャーとしてじゃなく、お前が好きだ」

 静まり返ったリビングに、一条さんの声だけが深く響く。

(……一条さんが私を好き?)

 逃げ場のない告白に、私は心臓が壊れそうなほど早鐘を打つのを感じながら、必死に言葉を探した。

「一条さんが……本気でそう言ってくれてるのなら、ごめんなさい」

「……どうしてだ」

 低く抑えられた声に、胸が締め付けられる。一条さんの強い視線に耐えられず、私は逃げるように視線を床へ落とした。

「私たちは、俳優とマネージャーです。……今の私にとって、あなたの輝きを守ることが何よりの仕事なんです。仕事に恋愛を持ち込むことは、できません」

 それは、自分に言い聞かせるような言葉でもあった。

 一分一秒が永遠に感じられるような静寂が、二人の間に流れる。拒絶された彼が、またあの頃のような氷の瞳に戻ってしまうのではないかと、私は指先を震わせた。

 けれど、返ってきたのは、予想だにしない熱を帯びた声だった。

「そうか。なら、俺はお前から好きと言ってくれるまでアプローチし続けるしかないな」

「……え。一条さん、話聞いてましたか?」

 あまりに斜め上の返答に、思わず顔を上げる。そこには、落ち込むどころか、不敵な笑みを浮かべた一条さんがいた。

「ああ、聞いた。だがお前は『俺が嫌い』だと言ったわけじゃない。『仕事が理由で無理だ』と言った。……それなら、俺にはまだ可能性はあるよな?」

「そ、そういう意味で言ったんじゃ――!」

 反論しようとしたけれど、一条さんはさらに距離を詰め、私の逃げ場を塞ぐようにソファの背もたれに手を突いた。

「俺は伝えたからな。……これから覚悟しろよ、白石」

 耳元で囁かれた、宣戦布告。

 これまでの「俳優とマネージャー」という壁を、彼は壊すのではなく、力技で乗り越えようとしている。

 真面目な顔で、なんて強引なことを。

 呆気にとられる私の前で、彼は何事もなかったかのように台本を手に取った。

「よし、練習再開だ。……次は、今よりもっと必死に口説いてやる」

 真っ赤になった私の顔を見て、彼は満足そうに目を細めた。

 明日からの仕事が、とんでもなく大変なことになる――そんな予感に、私の心臓はまた激しく音を立てた。