トップアイドルは白衣の天使に恋をする

雨音が、さっきよりも強く耳に残る

「……帰したくないって思ったの、初めてかも」

その言葉だけが、やけに頭の中で反響していた

「……っそれ、どういう意味ですか」

思わず聞いてしまった声は、自分でも分かるくらい小さい

陽貴くんは少しだけ目を細めて、困ったように笑う

「そのままの意味だよ」

「……」

その“そのまま”が一番分からない

雨は相変わらず強いまま、屋根を叩いている

このままここに居ても濡れるだけで、状況は変わらない

「ほんとに、家行くの……?」

恐る恐る聞くと、彼はすぐに頷いた

「うん嫌ならちゃんとやめる」

その一言だけは、妙に真っ直ぐだった

「……嫌、じゃないですけど……」

言いかけて、言葉が詰まる

嫌じゃないのに、行っていいのか分からない

安心したいのに、近づくのが怖い

そんな顔をしていたのかもしれない

「大丈夫」

彼が、少しだけ距離を詰める

「変なことしないって約束するちゃんと、紗凪ちゃんが安心できる場所にするから」

その言い方は軽くない

ふざけてもいない

だからこそ余計に逃げられなくなる

「……分かりました」

小さく頷いた瞬間、彼の表情がふっと柔らかくなった

「よし」

それだけ言うと、彼はスマホを取り出して短く操作する

「タクシー呼んだから、もうちょいだけここで待ってて」

手際が良すぎて、さっきの“感情”とのギャップがすごい

しばらくすると、黒い車が静かに止まる

「行こっか」

彼が自然に手を差し出す

さっきよりも少しだけ、ためらってからその手を取る

今度は、しっかりとした“移動するための手”だった

車の中は静かだった

外の雨音だけが、ガラス越しにぼんやり響いている

「寒くない?」

「……大丈夫です」

そう答えると、彼は少しだけ窓の外を見てから小さく言った

「ほんとはさ、もっとちゃんとしたタイミングで誘うつもりだったんだけど」

「……え?」

「なんか今日、全部ズレた」

そう言って、苦笑する

「でも結果的には、良かったのかもね」

その意味はよく分からないまま、車は静かに走り続けた