「いらっしゃいませ、佐野様」
案内されたのは、鉄板焼きの超高級店だった
目の前でシェフが料理を仕上げるカウンター席
静かで、落ち着いた大人の空気が漂っている
席に案内されると、陽貴くんがメニューを開いた
「紗凪ちゃん、お酒は飲む?」
自然な声に少しだけ緊張がほどける
「そんなに強くなくて……今日は烏龍茶にします」
無理して飲んで迷惑をかけるのは絶対に嫌だ
酔って介抱されるとか、絶対無理…
梓にも人前では飲まないようにって念を押されてる
自分に言い聞かせるように小さく頷く
「じゃあ僕も烏龍茶で」
その一言が、少しだけ嬉しかった
ウエイターが静かに頭を下げて去っていく
「お酒、よかったんですか?」
思わず聞いてしまう
「うん、明日も撮影あるしね」
軽く笑うその横顔は、やっぱりどこか遠い世界の人みたいだった
「紗凪ちゃん、今日は仕事だったんだよね。おつかれさま」
その優しい声に、少しだけ肩の力が抜ける
「はい、ヘリの日でした」
「そうだったんだ」
陽貴くんが少し目を細める
「今日の撮影場所でヘリ見えたんだよ」
「え……見てたんですか?」
「うん」
さらっと言うその声が、なぜか胸に残る
「紗凪ちゃんだったらいいなって思って見てた」
一瞬、時間が止まった気がした
「どうしてですか?」
気づけば、聞いてしまっていた
陽貴くんは少しだけ笑って、まっすぐ言う
「だってそれ見たら、“今日会えるかもしれない”って思えるでしょ」
「早く会いたくて、たまらなかったんだよ」
胸の奥が、静かに跳ねる
「……私も、早く会いたかったです」
気づけば、そう言っていた
ほんの少しの沈黙
そのあと、陽貴くんが小さく息をのむ
「……なにそれ」
声が少しだけ掠れていた
「反則でしょ、それ」
顔を赤くした彼が視線を逸らす
その仕草すら、どこか余裕がない
「反則…?」
「紗凪ちゃんは分からなくていい」
そう言って、軽く頭を撫でられる
その瞬間、なぜか心臓がまた落ち着かなくなる
「お待たせいたしました」
料理が運ばれてくる声で、ようやく現実に戻った
鉄板の上で音を立てる食材と、立ちのぼる香り
他愛もない会話をしながら、ゆっくりと時間が流れていく
でもその間もずっと
さっきの言葉だけが、静かに胸の中に残っていた
