トップアイドルは白衣の天使に恋をする

陽貴side

エレベーターに乗ったのを見届けて、病院へと戻る。

静かになった廊下なのに、さっきまでの感覚だけが妙に残っていた。

……俺、ダッセェな

まじで、そう思う。

奏くん呼びに少しだけ嫉妬して。

それだけで距離を詰めるみたいに名前を呼ばせて。

お礼って言葉に甘えて、ディナーの約束までして。

気づけば連絡先まで交換している。

どんだけ必死なんだよ、ほんと。

自分で自分に呆れるのに、足は軽いままだった。

恥ずかしそうに手を振るあの顔。

小さく揺れる声。

全部が反則みたいに可愛くて、危うくそのまま連れて帰るところだった。

……いや、さすがにそれはアウトだけど。

分かってるのに、理性のブレーキが一瞬遅れる。

時間をかけて、ゆっくり距離を詰めるつもりだったのに。

全然、余裕なんてない。

あの子の前に立つと、全部崩れる。

「陽貴くん」

さっきの声が、頭の中で何度も再生される。

あんな顔で、あんな声で呼ばれたら——

普通に無理だろ。

抱きしめたい、なんて感情を必死に押し殺した自分を誰か褒めてほしい。

病院の扉を開けながら、息を吐く。

あーあ

ほんと、バカみたいだ。

でも。

もう一度思い出してしまう。

さっきの、少し震えた声と、見上げてきた目。

そして、心の奥で静かに落ちる。

早く俺のものにならないかな

なんて。

誰にも聞こえない声で、そう思ってしまった。

病院の廊下を歩きながら、スマホをポケットに入れる。

さっきまでの空気がまだ残っている気がして、ため息が一つこぼれた。

……さて、仕事モードに戻らないと

そのまま控室に戻ると、すでに奏たちが待っていた。

「陽貴さん、お疲れさまです」

軽く頭を下げてくる奏。

「お疲れ」

短く返しながら、隣に座る。

「さっきの件なんですけど、一ノ瀬さん……無事に帰れました?」

少しだけ前のめりになる奏の声。

心配しているのがすぐ分かった。

「あぁ、ちゃんと送って帰したよ」

そう言うと、奏の表情が少し緩む。

「よかったっす……あの人、今日ほんと大変そうだったから」

「……そうだな」

俺は短く返す。

奏は少し迷うように口を開いた。

「陽貴さん、もしよかったらなんですけど……一ノ瀬さんと連絡先とかって——」

そこまで言った瞬間。

「ダメ」

即答だった。

奏が一瞬固まる。

「え?」

「仕事以外の個人連絡は必要ない」

淡々と返す。

自分でも驚くくらい、声が冷静だった。

「いやでも、今日あんなことがあったし、心配で——」

「だからこそだよ」

少しだけ間を置いて続ける。

「今は病院側が関わるべき案件。外部から個人的に連絡を取るのは違う」

正論を並べながら、自分でも分かっている。

半分は嘘だ。

奏は納得しきれない顔をしたまま黙る。

「……でも、あの人めちゃくちゃ頑張ってましたよね」

「知ってる」

即答する。

誰よりも、な

心の中だけで続ける。

「だからこそ、今は変に距離詰めない方がいい」

そう言って視線を外す。

一瞬、空気が重くなる。

奏は少しだけ悔しそうに息を吐いた。

「……分かりました」

そう言った声は、少し納得しきれていない。

でもそれ以上は何も言わなかった。

俺もそれ以上、言えなかった。

……あいつが優しいのは知ってる

だから余計に、困る。

守りたいって気持ちと、近づけたくないって気持ちが同時にある。