トップアイドルは白衣の天使に恋をする


「……じゃあ、次はこの患者さんのルート交換やるから奏くんはそこで見ててね」

その呼び方に、自分で少しだけ違和感を覚える。

でも――

「っ……はい」

隣にいる彼は、分かりやすく反応していた。

一瞬だけ固まって、すぐにいつもの笑顔に戻る。

……けど、耳、ちょっと赤い。


ベッドサイドに移動し、患者さんに声をかける。

「田中さん、今から点滴の入れ替えしますね。
ちょっとチクッとしますけど、すぐ終わりますからね」

不安そうだった患者さんの表情が、少しだけ緩む。

私はそのまま手際よく準備を進める。

駆血帯を巻いて、血管を確認。

アルコールで消毒して――

「大丈夫ですよ、ゆっくり呼吸してくださいね」

そう声をかけながら、針を刺す。

スッと、迷いなく入る感覚。

「はい、もう終わりです。お上手でしたよ」

「……え?もう?」

患者さんが驚いたように目を丸くする。

「全然痛くなかったよ、ありがとうね」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます」

にこっと笑って応えると、患者さんも安心したように笑った。

ふと横を見ると、奏くんがじっとこちらを見ていた。

「……どうかした?」

「いや……」

少しだけ間を置いて、彼は言った。

「すごいっすね。技術もですけど……
ああやってちゃんと声かけてるの、めっちゃ印象的でした」

「え?」

「患者さん、めっちゃ安心した顔してたじゃないですか」

そう言われて、少しだけ照れる。

「うーん……でも、それが普通だと思うよ。
不安なまま処置されるのって怖いでしょ?」

「……そっか」

納得したように頷く彼の横顔が、少しだけ真剣だった。

その時――

ピピッ……ピピピッ……

モニターのアラーム音が鳴る。

「っ!」

すぐに音の方を見る。

別のベッドの患者さん。

「っ!」

即座にモニターへ視線を向けた。

……VF。
※致死性不整脈のこと

不規則に乱れた波形。

鳴り響くアラーム。

ベッドサイドでは2年目の看護師の子が青ざめた顔で固まっている。

「先生呼んで!」

私は走りながら叫んだ

患者の肩を叩き、反応確認。

頸動脈触知なし。

「CPR入ります!」

すぐにベッドへ上がり、胸骨圧迫開始。

一定のリズム。

深く、速く。

ICU特有の張り詰めた空気が一気に変わる。

「除細動器準備!」

「酸素全開!」

周囲が一斉に動き出す。

その数秒後。

カーテンを勢いよく開けて医師が入ってきた。

「状況は!」

圧迫を続けながら即答する。

「モニター上VF、反応なし、CPAです。発見直後からCPR開始、まだショック未施行!」

「了解、ありがとう」

医師はすぐ波形確認。

「200Jチャージ」

「はい、200チャージします!」

2年目の看護師が慌てながら操作する。

手が震えている。

「大丈夫、落ち着いて。先生の声聞いて動こう」

「……はいっ」

充電完了音。

医師が患者全体を見回す。

「みんな離れて!」

「クリア!」

バチンッ――!!

患者の身体が大きく跳ねる。

「すぐCPR再開!」

ショック後、私は一切迷わず再び圧迫へ入る。

医師がルートを確認しながら指示を飛ばす。

「アドレナリン1A準備」

「準備します!」

「採血も出そう。ABGお願い」

「はい!」

ICUスタッフたちが無駄なく動く。

「圧迫交代まであと30秒」

「了解、次入ります」

「挿管物品開けますか?」

「お願いします。波形次第でそのまま入れる」

短い言葉だけで噛み合う。

「リズムチェック」

圧迫停止。

全員の視線がモニターへ集まる。

……。

さっきまで荒れていた波形が、ゆっくり形を変える。

「……洞調律戻ってる」

誰かが息を呑む。

医師はすぐ脈確認。

「……触れる。ROSC」

その瞬間、ICUの空気が少しだけ緩んだ。

けれどまだ気は抜けない。

「血圧測ります、ノルアド準備しておきますか?」
※ノルアド:血圧を上げる薬

「あぁ、お願い」

ひとまず安心ね。

振り返ると奏くんが呆然としていた。

「びっくりしたよね。ごめんね」

そう謝った。

「……俺、もっと知りたいです」

「え?」

「一ノ瀬さんのこと」

一瞬、心臓が跳ねた。

「……あ、いや、その……看護師としてって意味で!」

慌てて付け足す彼。

……ふふ、分かってるよ。

「うん、いくらでも教えるよ」

そう言って笑うと、

彼は少しだけ照れたように視線を逸らした。

――この時はまだ、気づいていなかった。

彼のその言葉が、

“それだけの意味じゃなかった”ことに。