トップアイドルは白衣の天使に恋をする

しばらくソファでくっついたまま過ごしていると。

陽貴くんがふと思い出したみたいに顔を上げた。

「あ、そうだ」

「ん?」

「ツアーのリハ、本格的に始まった」

その言葉に、私は少し目を瞬く。

「……もうそんな時期なんだ」

来月から始まる全国ツアー。

打ち上げの日。

黒騎士のみんながくれた、あのプレミアムチケット。

まだ一般公開もされていない特別なもの。

思い出すだけで胸が熱くなる。

「梓誘ったら、めちゃくちゃ喜んでた」

そう言うと。

陽貴くんがくすっと笑った。

「梓さん意外とテンション上がるタイプなんだ」

「“え、やば、え、本物?”ってずっと言ってた」

「かわいい」

陽貴くんが楽しそうに笑う。

その顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。

「でもさ」

私は少し迷いながら言う。

「ライブ行くの、なんか不思議」

「不思議?」

「うん」

だって。

私にとっての陽貴くんは。

こうしてソファで甘えてきたり。

スーパーでトマト選んだり。

“紗凪不足”とか真顔で言ってきたりする人だから。

でも。

ライブの陽貴くんは違う。

ステージの上で。

何万人もの人を惹きつける、“アイドル”なんだ。

その世界を、私はまだちゃんと見たことがない。

そう思っていると。

陽貴くんが私の手をそっと握った。

「楽しみにしてて」

その声が少し嬉しそうで。

少しだけ照れてるみたいで。

「俺、紗凪にライブ見てもらうの初めてだし」

「……そうだね」

「絶対かっこいいから」

自信満々に言われて、思わず吹き出した。

「自分で言う?」

「言う」

即答。

でもそのあと。

陽貴くんが少しだけ真面目な顔になる。

「ほんとは、ちょっと緊張してる」

「え?」

意外すぎて聞き返す。

すると陽貴くんが苦笑した。

「だって紗凪って、普段の俺しか知らないじゃん」

「家で甘えてる俺とか」

「紗凪にくっついて離れない俺とか」

「それは事実でしょ」

「否定できない」

また笑い合う。

でも陽貴くんはそのまま続けた。

「だからさ」

「ステージ立ってる俺見て、どう思うかなって」

その声が少しだけ静かだった。

私は陽貴くんを見る。

たぶん。不安、というより。

大事な人に、自分の“仕事の顔”を見せる緊張。

そんな感じなんだと思う。

私は握られた手を軽く握り返した。

「楽しみだよ」

「陽貴くんが大好きな場所、ちゃんと見てみたい」

そう言うと。

陽貴くんが一瞬、目を見開く。

そして。

ふっと優しく笑った。

「……好き」

またそれ。

でも今度は、少し照れたみたいな笑い方だった。

「ライブの日、絶対俺のことちゃんと見つけてね」

「見つけるもなにも主役でしょ」

「いや、紗凪って意外と周り見てそうだから」

「ちゃんと陽貴くん見ますー」

そう返すと。

陽貴くんが満足そうに頷く。

「よし」

その顔が子供みたいで。

思わず笑ってしまう。

来月。

初めて見る、ステージの上の陽貴くん。

どんな顔をするんだろう。

どんな景色を見てるんだろう。

そう思うだけで。

胸が少し高鳴った。

……楽しみだな