トップアイドルは白衣の天使に恋をする

そのあと。

追加の鎮痛が入ったことで、呼吸は少し楽になった。

SpO2も94まで戻る。

若いICUナースがほっとした顔をした。

「よかったぁ……」

小さく呟く声。

すると梓さんが、その子の肩をぽんっと軽く叩いた。

「ちゃんと変化気づけてたから大丈夫」

「早めに動けてたし、すごく良かったよ」

その言葉に、後輩ナースの表情がぱっと緩む。

「……ありがとうございます」

嬉しそうに笑う姿を見ながら思う。

やっぱりこの人、周りを見るのが上手い。

患者だけじゃなくて。

スタッフのこともちゃんと見てる。

「じゃ、私は一回ER戻るね」

梓さんがカルテを閉じながら言う。

「何かあったらまた呼んでください」

「あ、はい!」

後輩ナースが元気よく返事をする。

そのまま出ていくのかと思った時。

梓さんがふと、もう一度こっちを見た。

「神崎さん」

「はい?」

「寝れそうですか?」

少し考える。

正直、まだ痛い。

でも。

さっきまでの息苦しさはだいぶマシだった。

「……さっきよりは」

そう答えると。

梓さんが小さく頷く。

「ならよかった」

その言い方がやけに柔らかくて。

不意に、胸の奥が少しだけ温かくなる。

「夜って、痛み強く感じやすいんですよね」

「周り静かだから余計に」

「だから遠慮しないで言ってください」

そう言いながら、点滴ラインを軽く確認していく。

その横顔をぼんやり見てしまう。

綺麗、とかそういうのとは少し違う。

いや、もちろん綺麗な人なんだけど。

なんていうか。

安心する顔だった。

「……七瀬さんって」

気づけば声が出ていた。

「はい?」

「ER忙しいですよね」

「忙しいですねぇ」

「なのに、こんな感じで上がってきてくれるんですね」

そう言うと七瀬さんが少し笑った。

「まぁ、ERって他部署との連携多いので」

「あと」

そこで少しだけ言葉を切る。

「神崎さん、無理して“大丈夫”って言いそうだから」

図星だった。

思わず苦笑する。

「そんな信用ないですか」

「ないですね」

さらっと言われる。

でもその声には、どこか優しさが混ざっていた。

「だから一応様子見にきました」

その一言が思っていたよりずっと嬉しくて。

なんだか変な感じになる。

たぶん。痛みとか、入院生活とか。

そういうので少し弱ってるせいもある。

でもこの人が来ると、空気が少し落ち着く。

それは確かだった。

その時。

PHSが鳴る。

梓さんが画面を見て、小さく息を吐いた。

「あーER呼ばれちゃいました」

一気に仕事モードの顔へ戻る。

「じゃ、今度こそ戻りますね」

「はい」

「ちゃんと寝てください」

「努力します」

「カルテ見て見張ってますからね」

少し笑いながら言われる。

そして梓さんはICUの出口へ向かう。

でも扉を出る直前。

ふと振り返った。

「神崎さん」

「はい?」

「痛い時は我慢しないで」

「ちゃんとナースコール押してくださいね」

その言い方が。

子供に言い聞かせるみたいで。

思わず少し笑ってしまう。

「……分かりました」

そう返すと。

梓さんはようやく満足したみたいに小さく頷いて、ICUを出ていった。

静かな夜のICU。

またモニター音だけが響く。

でも不思議と。

さっきまでより息苦しさも、孤独感も薄れていた。

そして気づく。

……また会えたらいいな。

そんなことを、自然と思ってしまっている自分に。