トップアイドルは白衣の天使に恋をする

ソファに並んで座ったまま、しばらくどちらも何も言わなかった。

打ち上げの喧騒が遠くに残っているみたいで、静かな部屋との落差が余計に現実感をぼやけさせる。

陽貴くんはネクタイを緩めながら、ふっと息を吐いた。

「やっと終わったな、本当に」

「うん……」

私も同じように息を吐く。

張り詰めていたものが一気に抜けて、体の奥が少しだけ重い。

でも、その重さすら嫌じゃなかった。

隣を見ると、陽貴くんがソファの背もたれに腕をかけて、ぼんやり天井を見ている。

いつもステージやカメラの前で見せる顔とは違う、完全に“素の顔”。

「今日さ」

ぽつりと陽貴くんが言った。

「メンバーやスタッフ達が紗凪のことすげー褒めてて、それがめちゃくちゃ嬉しかった」

「え?」

思わず振り向く。

その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。

「なんかさ」

陽貴くんが視線をこっちに向ける。

「紗凪の頑張りがみんなに伝わってるんだなと思った」

「そんな大したことじゃないよ」

「大したことだよ」

「紗凪ってさ」

陽貴くんは続ける。

「いつも当たり前みたいにやってるけど、当たり前じゃないことばっかやってるよな」

「……褒めてる?」

「めちゃくちゃ褒めてる」

そう言って、軽く頭を撫でてくる。

その仕草が自然すぎて、もう何も言えなくなる。

少しだけ沈黙。

外の車の音が遠くで聞こえた。

「ねぇ」

私が先に口を開く。

「陽貴くんも今日すごかったよ」

「どこが?」

「全部」

即答すると、少しだけ目を細められた。

「ざっくりしすぎ」

「ほんとだもん」

そう言うと、陽貴くんが小さく笑う。

「じゃあさ」

少しだけ体をこちらに寄せてくる。

「ご褒美ちょうだい」

「……なにそれ」

「頑張った人へのやつ」

「子供みたいなこと言わないで」

言いながらも、距離は離れない。

むしろ近い。

「じゃあ紗凪も頑張ったから一緒に」

「巻き込まないで」

そんなやりとりをしているうちに、自然と笑いがこぼれる。

気づけば、さっきまでの疲れが少し軽くなっていた。

「ほんとさ」

陽貴くんがぽつりと呟く。

「この数ヶ月、長かったようで一瞬だったな」

「うん」

「でも濃すぎ」

「それはそう」

笑うと、陽貴くんも笑う。

そのまま少し沈黙が落ちて。

ふいに、陽貴くんの手が私の指先に触れた。

軽く、確かめるみたいに。

「……これからもさ」

低い声。

「こういうの続くのかな」

「どういうの?」

「忙しくて、すれ違ったり」

少しだけ間。

「こうして、2人の時間を大切にしたり」

その言葉に、胸が静かに温かくなる。

「うん」

自然に頷いた。

「続くと思う」

「そっか」

陽貴くんはそれだけ言って、少しだけ安心したみたいに息を吐いた。

そして、何気なく肩を引き寄せてくる。

抵抗する理由もなく、そのまま寄りかかる。

そして陽貴くんが小さく笑う。

「こういう“帰ってくる場所”あるの、悪くないな」

その言葉に、何も返せなかった。

ただ、少しだけ目を閉じる。

静かな部屋の中で、隣の体温だけがやけにはっきりしている。

何も特別なことはしていないのに。

ちゃんと満たされていく感じがした。